第3章 塔からの脱出
僕たち マズロの塔の信者は漏れなく左手首に監視用のチップが埋め込まれている。
組織側はそれぞれ信者の安全の確保と謳っているが、本当の所はこの塔からの脱獄防止と監視が主な目的だという事は誰の目からも明らかだ。
もし脱走を試みても、監視用のチップの情報がONENESSへ共有される事になる。
このチップが埋め込まれた時の事は良く覚えている。
左手首を医療担当のアンドロイドに預け、メスで切開する。僕たちの皮膚は特別なゴムを加工して作られている。痛みは無い、もちろん血液など出ない。
チップを埋め込み、綺麗に縫合すると施術を行ったアンドロイドはこう言った。
「おめでとう。これで私達、家族の一員ね」
僕はそれを聞いて妙な嫌悪感を覚えた。その嫌悪感の理由は未だにわからないし、わかりたくもなかった。
リリは僕に左手首を預けていた。細く美しいリリの左手首、僕は熱を持たない肌を優しく包み込む。
「シン、綺麗に切ってね」
リリはイタズラな表情を浮かべ僕の顔を覗いている。右手に持ったメスの刃先は微かに震えていた。
リリの左手首にメスを入れる事へ、罪悪感と背徳感が入り混じる不思議な感情に戸惑う。
綺麗な肌にメスを入れる。ゆっくりと音も無く肌に刃が入る。もちろん痛みは無い。
コの字型に綺麗に開き、埋め込まれた監視用のチップを取り出して机の上のへと置く。
開いた肌を戻し、特殊な接着剤で傷を閉じる。リリの左手首は綺麗に元に戻ると、僕の緊張はやっとほぐれた。
「シン、うまいね。傷なんてわからない、ありがとう」
「緊張した……次は僕だ。リリお願いしていい?」
僕はリリへ左手首を差し出す。リリは両手で僕の左手首を優しく包み、何度も撫でた。
「シンの手首は綺麗だね」
それだけを呟き、何度も僕の左手首を見つめて優しく、何度も撫でている。
しばらくするとリリの瞳から涙が落ちる、感情の起伏によって起こる、アンドロイドにプログラムされた現象。
「リリ、大丈夫?」
「ごめんね……どうして涙が出るのかわからない」
「大丈夫……辛いことを頼んでしまった。僕がやろう」
僕はメスを右手に取ると、少し乱雑に左手首を切開する。
どうせ処分される体だ、チップさえ外せれば何も問題はない。
チップを取り外し机の箱にしまうと、リリと同じように傷を閉じる。
「これで問題無い、塔から出ても感知される事もないよ」
「シンばかりにやってもらってごめんね……どうして涙が出るのかな?……シンの肌を触っていたら、確かにシンは存在してるって強く思えてきて、涙が止まらなかった」
肌に触れ合い存在を確認しあう、人間が持っていた習性が何かしらのプログラムへ影響したのだろうか?
悲しいのか嬉しいのか涙の正体は分からない……
「プログラムのバグかもしれない、でも大丈夫チップは綺麗に取れた」
「ありがとう……ついてきて」
僕とリリは監視用のチップを外すと部屋を出た。顔の見えない教祖を崇める信者を横目に、フロアの裏側にある真っ暗な空調室へ忍び込んだ。
この空調のダクトは外に繋がっている。体がなんとか入れるほどの隙間が空いていた。
「リリ、良くこんな所を見つけたな。こっから出れるなんて知らなかったよ」
「実はね、ずっとスラムに行きたくて外への出口を探していたんだ。このダクトはこの塔の上の階層にも行けるみたい。怖くて行けないけどね」
このマズロの塔では出入りできるのはエントランスのみだ。エントランスでは警備と受付が在中していて、塔から出るには少し面倒になる。
「塔から出れるように探っていたのか……やるなリリ」
「教えを繰り返して教祖を崇めるだけじゃ時間を持て余すからね」
そう言いながらダクトの中へ体をねじ込む。埃まみれのダクトを通ると、心地よい外の風が徐々に感じられる。
「もうすぐだからね」
リリは進みながら僕を気遣ってくれる。
やっとの思いで外に出ると、太陽の眩しい日差し、頬を撫でる風、広がる青空……それぞれが五感のセンサーを刺激した。どれも新鮮に感じられる。
「シン……気持ち良いね。これが外の世界か」
リリは瞳を輝かせた。僕も新しい体験に不安よりも喜びを感じている。
初めての外の世界、窓から眺めていた憧れの外の世界。
「リリ……さぁ行こう」
僕はリリの手を繋ぐとスラムの方角へとゆっくり歩き出した。
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