第8話 九美果ちゃんと念願のお出かけ
九美果ちゃんへの宣言通り、私は帰宅してから武器やら防具やらの手入れをした。
本当はもう少し遅くに行うのだけど、帰って手入れをしないと、と言った手前、「手入れしてる噛子お姉ちゃんが見てみたい」と言われてしまってはやらない訳にはいかないじゃん?
どうやら九美果ちゃんは手入れをしている姿自体見るのが初めてだったようで、必要最低限の手入れしかしていないのに、まるで一流の職人みたいだって九美果ちゃんは「すごい」「キレイ」「憧れちゃうなぁ」なんて褒めてくれて、つい気持ちよくなって長々と作業してしまった。
ついで、ダンジョンを出たのが久しぶりだからということで、九美果ちゃんをお風呂に入れて洗ってあげていたら、夕方通り過ぎて夜。日も落ちていた。
普段の私なら、このくらいの時間から夜配信をして、終わったら帰って寝るところなのだけど、装備の手入れは終わってしまったし、ドローンはすでに故障品。残念ながら、こちらの修理技術は私にはないので、新しいものも買わないと配信はままならない。
スマホでできるやんと言うやつがいるけれど、私の配信内容の都合上ドローンの方がやりやすいと気づいた瞬間から戻れない。
と、いうことで、ドローンの購入はネットにしようかどうしようか迷っていたけれど、せっかく九美果ちゃんがいるのだ。
買い物ついでに九美果ちゃんの楽しみも提供できたらいいじゃない。孤児院へ行くのは明るい時間がいいだろうし。
そんな風に自分に言い聞かせつつ、意気揚々と誘おうとしたら、まるで美術館の展示品が気に入って食い入るように見ている子どものように、九美果ちゃんは私の剣を眺めていた。
油断も隙もありまくり。
私はそんな九美果ちゃんの脇腹にそっと手を伸ばし……、
「わしゃわしゃわしゃー!」
「あひゃっ! く、くすぐったい、ひぃ、か、噛子お姉ちゃん!」
「ほれほれー」
「い、息できない。ひひ、苦しっ、ひっ!」
こうやってじゃれるのも前はなかなかできなかったな。
九美果ちゃんがおすましさんだったから、他の子がいる前だと我慢するか、かわすかされちゃっていた。
それに、ほぼ2人きりになれなくてこうやって遊んであげることはできてなかった。
「なにー? いきなり。見ちゃダメなの?」
ブー、とほほをふくらませて抗議してくる九美果ちゃんにチッチッチ、と私は舌を鳴らした。
「そんなものより、いいものがあるよ」
「なになに!」
抱きつくように体を寄せてきた九美果ちゃんが、きらきらした目で私を見上げてきた。
よし。興味は完全にこちらへ向いている。
「外へ出たならお洋服買ったりとか、お食事したりとかしない?」
これらは当然ダンジョンではできなかったことだと思う。それくらいは想像に難くない。本人も言っていたような気がするし。
ただ、残念ながら、私は小さい頃の服どころか、まともな服の持ち合わせもない。そして、家の冷蔵庫もほとんどすっからかんだ。
ならば新しく買えばいいじゃない。
私の予想通り、というか本人のご希望通り? 九美果ちゃんは喜びに目をグワーっと広げてくれるスローモーションみたいな顔を見せてくれた。
だけど、それは一瞬のことだった。
すぐに、私の部屋を見回して、シュンと押し黙ってしまった。
おや? もしかして、私の質素な部屋を見て、センスを心配されていらっしゃる?
「もし私のチョイスが不安なら、服もご飯も自分で選んでいいよ?」
「本当に、大丈夫?」
「全然問題ないよ。むしろ選んで選んで!」
「わたしが心配してるのはそっちじゃなくて。お金のこと、なんだけど……」
「ああ!」
おそらくは孤児院時代に身につけた金銭感覚ってところだろう。
あとは、私の質素倹約な家がボロ風一軒家ということもあっての心配ってことか。
理解理解。
「お金のことなら大丈夫だよ。前の仕事のお金と今の副業で貯金はたんまりあるから」
「そうなの?」
「そうそう。配信機材ってお金がかかるからね。でも、そこそこできる探索者って結構お金が入るんだよ」
「本当にぃ?」
じとーっと、明らかに疑わしげな目を向けてくる九美果ちゃん。
どうやら無理をしているところまで心配してくれているらしい。
なんていい子なんだろう。
「たとえば九美果ちゃんが見てたその剣とか。オーダーメイド、私のために作ってもらって200万円だよ」
「に、200万円!? ……って、お寿司がいくつ食べられるの?」
「スーパーのやつなら、いーっぱい、かな」
「いーっぱい!? で、でも、スーパーのやつでしょ?」
「宅配のやつでもいっぱい食べられると思うよ?」
「た、宅配のやつでも!?」
九美果ちゃんもあわあわとし出した。
その凄さがわかったのか、今まで興味深そうに見ていた剣からちょっと距離を取るように背中で私のことを押してくる。
「大丈夫だよ。Bランクダンジョンで使うような予備のやつだから」
「予備のやつに、そんなにお金がかけられるの?」
「予備もないと色々困るからねぇ」
特に私は色々なランクでちょうどいいくらいの装備を揃えておかないといけないから余計にお金はかかっていると思う。
でも、娯楽的なもので特に欲しいものはない。
探索にほとんどお金を使っているけれど、使い方にも限りがあるからお金は自然と余ってくる。
そんな生活がようやく伝わったようで、九美果ちゃんも「わかった」と納得してくれた。
私を見る目が少し変わってしまった気がする九美果ちゃんを引き連れて、私は近所のショッピングモールへと向かった。
まずは、九美果ちゃんが着てみたい服を着てもらおう。
やってきたショッピングモールは複合施設としてさまざまな店舗が入っている優良店。
おそらくは九美果ちゃんの要望もだいたい満たしてくれるはずの大型店舗といったところ。
ただ、休日がないような生き方をしている私は忘れていたけれど、どうやら連休と重なっていたようで家族連れで店内はごった返していた。
「人、多いね……」
そんな様子を見ては、手をつなぐ九美果ちゃんが力なくシュンとなってつぶやいた。
家族というものに憧れているのかもしれないな。
「私たちも姉妹みたいだね」
人の流れに乗って歩きながらおどけた調子で言ってみると、右手にいる九美果ちゃんがぱあっと顔を上げてくれた。
「お姉ちゃん」
「うふふ」
噛子お姉ちゃんじゃなくて、純粋にお姉ちゃんって言われるのはすごくくすぐったい。
「なんだか変な笑い方だよ」
「そう? うふ」
「もしかして、大人なのにわたしより浮かれてるの?」
「そうかも。だって九美果ちゃんとお出かけだからね」
家にいた時よりおすましさんが戻っている九美果ちゃんだったが今の瞬間はまんざらでもなさそうに鼻を鳴らしたように見えた。
楽しんでくれていれば何より。
とかじゃれつつ、私たちは服を見て、スシを食い、ついでにドローンを買えそうな店を見て回った。
それから、少し休憩して、「アイスを食べたい」と言う九美果ちゃんにお駄賃をあげて送り出した。
「おかしいな」
アイスを買いに行ったきり、20分も帰ってこない。
すぐ近くのお店で食べているにしても、もういい頃な気がする。そうでないなら遅すぎる。そもそもお店で食べるなら私のことも誘う子だ。
買った服を汚してしまったとか、その程度のことも脳裏をよぎったけれど、気づいた時には私は走り出していた。
人の多さで魔力による感知は難しいが、人の隙間をぬいながら近くにある反応をいくつか当たることくらいならできる。
「どこだ? どこ? 九美果ちゃん」
右手に一際大きな魔力量。
急ブレーキをして反射的に右を見ると、行き止まりへ続く細い通路。その角に、三角座りで小さくうずくまり膝に顔を埋めている九美果ちゃんの姿があった。
「う、うふうぅ……、うぅ、あああああ…………」
「九美果ちゃんっ! やっと見つけた!」
思わず抱きつきたくなるのをこらえて、私はそっとしゃがみこんだ。
「勝手にどこかに行ったらすっごく心配するよ……どうしたの? 何かあった?」
「……う、う」
九美果ちゃんは泣いたままで何も話さない。嗚咽の音が通りの足音に負けないくらい私の耳に響いてくる。
買った花柄のワンピースが涙や鼻水で汚れることも気にしないで九美果ちゃんは泣き続けている。
「誰かにやられたの?」
九美果ちゃんはフルフルと首を左右に振る。
そのままの姿勢で震える声がぽつぽつと響いてきた。
「わたし、やっぱり人間じゃないんだって。だって、みんなわたしをモンスターだって。みんな怯えた目でわたしを見てる。今の新しい服もおかしいってみんなきっと思ってる」
「そんなこと」
「あるよ。言われたもん。アイス食べてたら、モンスターだ、って。キメラのモンスターだって」
私は安易だったかもしれない。
喜んでくれると思って外に連れ出したけど、私が買ってくるべきだったかもしれない。
そんなこと今考えたってもう遅いけど、でも、後悔してしまう。
すぐに私は九美果ちゃんを抱きしめた。今もそれしかできなかった。
そうしないと、なんとなく、追ってしまいそうな気がしたから。モンスターだって言った人間を。
別に悪人でもないのだろうけど。
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