第6話 危なかったら守るのは当然でしょ?

 私からテイムの誘いを受けて、九美果ちゃんはパチパチとまばたきを繰り返し出した。


 口もパクパクとさせて、私の顔をじっと見てくる。


 その顔は明らかに驚き。

 その目は徐々に潤み出して、ついに目からポロポロと涙がこぼれ出した。


「嫌、いやあ! そんなの、そんなのモンスターみたいじゃん!」


 九美果ちゃんの震える声は裏返り、まるで私から逃げるように一歩あとずさった。


「でも」


「なんで噛子お姉ちゃんがそんなこと言うの! 噛子お姉ちゃんだけは違うって思ってたのに!」


「九美果ちゃん。違うの。私は九美果ちゃんを傷つけようとした訳じゃなくて」


「噛子お姉ちゃんなんて、知らない!」


 声を振り絞るように叫ぶと、九美果ちゃんは私に背を向け走り出した。


「九美果ちゃ……痛っ」


 走り出しざまに大きく振られた鎌状の腕。

 私はとっさに避けきれず、腕に切り傷を受けてしまった。


 深追いしていたら、もう少し深く肌を切られていたかな。


 じんじんとして血がにじむ腕の痛みは、手で鎌を掴んだ時よりも確実に鋭い。


 やっぱり、かなり力をセーブしている印象だ。構えていたら我慢できると思っていたけど、感情でタガが外れるとそうでもないかも。

 うん。魔力消費からして、全力なんて出せたことないだけじゃないかな。

 それでこのパワー……、Sランクでもやっていけるんじゃないかな……。


 っと、冷静に分析している場合じゃない。


「本当なら、九美果ちゃんが落ち着くまで待っていてあげたいけど、そろそろ時間帯的に探索者が増えてもおかしくない頃合いだからね。九美果ちゃんを安全な場所へ誘導する方が先かな……。なんだか嫌な気配がするし」






 私はすぐに魔力を頼りにして九美果ちゃんを捜索した。


 九美果ちゃんがフロアをまたいでいないことはすぐにわかったので、同じフロアを走りながら魔力を巡らせた。

 時間が経つほど胃の奥に居心地の悪い感じがし出して、私は急いで九美果ちゃんの魔力を探り当てた。


 九美果ちゃんの元までやってくると、案の定、3人パーティの探索者に取り囲まれていた。


 魔力量は全員ギリギリAランク。

 スキルは優秀かもしれないけど、立ち姿からするとAランク上層のボスをこのパーティが攻略するのは難しそうに見える。


 まずいな……。この状況は最悪かもしれない。


「おい。こいつって、あの獅子狼が食いついてたやつじゃね?」

「ちげーねー! キメラっつったっけ? こいつさらしたらオレらも時の人になれっかな」

「ありえるぅ。てかさ、ウチらの方があの無名底辺配信者より絶対獅子狼の相手に相応しいから」

「そらそうよ。あの獅子狼と絡んでた女、昼の配信でドローン壊されてんだろ? どんくせえよな」


「「「キャハハハハハ!」」」


 気色悪い笑い声をあげながら、九美果ちゃんとの距離を詰める3人。


 とてもじゃないが、魔力量を測ったように見えない。


 どう考えても3人じゃ敵わないのに。


「こ、来ないで」


 怯えたように、表情をこわばらせて九美果ちゃんはあとずさった。


「は?」


 それを受けて、リーダーらしき男は苛立たしげに声を出した。


「来ないで。傷つけたくないから」


「は? 傷つけたくないから?」

「ぷ」

「ククク」

「プギャーっクククク」


「け、傑作ね。自分がどんな目に合うかも知らずに」

「しゃべんのかよ。てか命令すんなし。追い詰められてるのはお前だから」


 3人が武器を抜こうとしたのを見て、私は全速力で走り出した。


 一瞬の溜め動作を見逃さず、自分の手に魔力を込める。

 それから、カメラや武器を構えようとしている3人の手から、道具を全て引っこ抜き一瞬にして奪い取った。


 代わりに、適当な棒握らせる。いわゆるひのきの棒だ。


「てめー! 覚悟しろよ! ……って、なんじゃこりゃあ!」


「あの、いい加減にしてくれますか? 多勢に無勢で小さい子をいじめて、恥ずかしくないんですか?」


「噛子お姉ちゃん……」


「大丈夫。ここは私がなんとかするから」


 怯えた九美果ちゃんは庇うように、私はチンピラ探索者と九美果ちゃんの間に割って入った。


「このアマァ! ちょっと人気になったからって調子に乗んなよ?」


「あ、いいんですか? 抵抗するなら、死なない程度に身ぐるみを剥いでいきますよ? 私これでもギルドに顔が利くので、先に武器を抜いたあなたたちの今後を簡単に潰すことだってできるんですからね」


「んだとぉ?」

「ど、どうします? 嘘だとしても。ダンジョン内での喧嘩だし、やっちゃいます?」

「でも、武器奪われた時見えた? ウチら本当に勝てるのかな?」

「……」


 ここまで演出して、ようやく実力差がわかったようで、リーダーらしき男は顔を真っ赤にしてプルプルと肩を振るわせながらもすぐには突っかかってこない。


 しばらくこちらをにらんだかと思うと、リーダーは舌打ちして私たちに背を向けた。


「帰る。ひよった訳じゃねぇからな。お、お前の実力にビビったとかじゃねぇから!」


 声を震わせながら叫ぶとリーダーらしき男は一目散に逃げていった。


「あ、待ってくだせぇ!」

「お、置いていかないで!」


 したっぱ2人も含め、脱兎の如く逃げ出した。


 3人の姿が見えなくなるまで目で追ったところでようやく、ふう、と息を吐き出せた。


「ああいう人たちが武器とか道具とか落として、モンスターの突然変異を誘発するんだから。そうなると後始末が必要になるんだよ。本当、感謝してほしいわ。ひのきの棒大切にしてよ?」


「噛子お姉ちゃん……」


 うつむき加減のまま、九美果ちゃんは私の手を引いてきた。


「何?」


 私は九美果ちゃんと目線が合うようにその場にしゃがみ込んだ。


 そんな私を見て九美果ちゃんは気まずそうに視線を泳がせると、そのままでぺこりと頭を下げてきた。

 それから震える声でなんとか言葉を出すように話し出した。


「あ、あの……ごめんなさい。わたしが嫌だからって、わがまま言ったから、噛子お姉ちゃんに迷惑かけちゃって」


「ううん。迷惑だなんて思ってないよ。私こそごめんね。九美果ちゃんの気持ちを考えてあげられてなくって」


「噛子お姉ちゃん……」


 目元にうるうると涙を溜めながら私の目を見てくる九美果ちゃん。

 私の手を握る力が強くなったけど、さっき泣かせてしまった時とは理由が違そうだ。


「別の方法を探してみよう。ダンジョンの中は砂っぽくて暗いからさ。外でお風呂に入ってご飯を食べられた方が楽しいでしょ?」


「……うん。……うぅああああ。噛子お姉ちゃあああん。ああああ」


「大丈夫大丈夫。私はここにいるから。大丈夫だよ」


「あああああ。怖かったよ。1人だったから、ずっと怖かったよぉ。あああああ」


 子どものようにたまっていた不安を全て押し流すように、九美果ちゃんはわんわん泣いた。

 今までのおすましさんが嘘のように感情を見せてくれた。

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