第8話 目覚めると

「お客さん」


 聞き覚えのある声で、目が覚めた。見ると、皺くちゃのオーナーが心配そうな顔をしていた。


「お客さん、いつもあの映画を食い入るように見ていたから、急に眠りこけちゃって心配して、見に来たんだ」


 オーナーがしゃがれた声でそう言うと、私の足元に視線を動かした。つられて見てみると、膝下にあったポップコーンやナチョス、飲み物までが散乱し、悲惨な事になっていた。


「す、すみません! すぐに片付けます!」


 私は慌てて立ち上がろうとしたが、オーナーが手を振って「いいんだ。それよりも、映画の続き、見たいだろ?」と言ってきた。


 すぐにお願いしますと頭を下げた。寝過ごしてしまった部分が見られるなんて、本当に親切なオーナーだ。


 そう思っていると、映画が始まった。


 主人公とヒロインが悪党共に追いかけられている場面からスタートする。


 銃をぶっ放して追いかける悪党。それを必死に飛び跳ねながら避ける二人。


 路地裏を曲がり、直進する。そして、ある店になだれ込む。


 そこには、文子にそっくりな女将が、二人の登場に驚いていた。


 この場面を見た瞬間、私は『おや?』と思った。


 文子に似た女将は二人をかくまうつもりなのか、奥の暖簾へと連れていく。


 場面が変わり、二人は座敷の中央にぶら下がっているロープに驚きつつも、急いで裏口から抜け出して、走り去っていった。


 一方、文子似の女将は悪党と対峙してしまった。『奴らをどこに隠した?!』と口をパクパクさせながら言う彼に、彼女は懐中時計を渡した。


『これで見逃してください』


 ハゲ頭の男が首を掛けるチェーンを持って、ブランと揺らして本物かどうかを確かめた後、『いいだろう』とパクパク言って、店を出ていってしまった。


 このシーンに、私はますます混乱するばかりだった。


 文子似の女将は本当は死んでいるはずだった。それなのに、今回見たのには女将が生きている――いったいどうしてなのだろう。


「あの、これって、別のバージョンもあるんですか?」


 私が振り返って聞こうとしたが、側にいなかったので、映写室にいるのだろうと思い、そこに向かった。


 が、映写機が一人で動いているだけで、オーナーの姿はどこにもいなかった。


 トイレにでも行ったのかなと思い、用を足すがてら歩いていくと、そこにもいなかった。


 頭の中にハテナをたくさん浮かべながらスクリーンに戻ると、大きな画面に『Fin』という文字だけが浮かんで、次の映画に移らなかった。


 何だか狐につままれたような気持ちにされたまま、しぶしぶこのキネマ座を出た。

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