映画の中にいるあなたに恋をした
和泉歌夜(いづみかや)
第1話 世界で一番好きな映画
私、和也は『
だけど、
『かなり古い時代に建てられたもの』だけだったら、レトロキネマ座が好きなマニアがこぞって訪れるだろうが、ここはそういうタイプではない。
外観が完全に廃墟だからだ。開けっ放しの扉に、ポスターが半分くらい破られているひび割れた壁。
夜でもネオンは光らず真っ暗で、街灯もないから、前を通り過ぎれば怨霊が何体も潜んでいそうな心霊スポットに見える。
普通の精神状態だったら、誰もそこに入ろうとはしないだろう。
だが、私はどういう訳か、思い切って入ってみたのだ。そのおかげで、私はこの映画に出逢えた。
外は壊滅的だが、奥に進んでいくと、思っていたよりも綺麗で、売店も営業していた。 チケットや売店の販売、トイレ清掃などは、全部この館のオーナーがやっている。
歯が数本しかないオーナーは、80歳越えているとは思えないほど機敏に動き、私がレジの前に立つと、すぐに来て「ハイ、ゆずこしょう味のポップコーンMサイズ、ナチョスMサイズ、ソースはハニーマスタードとサルサソース、コーラMサイズだよね」と、いつも注文している内容をしっかり頭の中に入っていて、牛丼屋並の早さで提供してくれる。 私がおぼんを持って、スクリーンの方へ行くと、いつの間にか彼がいて、親切にドアを開けてくれる。
中は、商業施設にあるほどではないが、そこそこ広い。しかも、誰もいないから貸し切りも同然だ。
照明の交換はしていないのか、いつも暗かった。が、常に映写機がスクリーンに映画を映している状態なので、足元が見えないという心配はなかった。
いつも通り、真ん中の列の中央席に腰を掛け、買ったものを膝の上に置くと、少しだけポップコーンを摘みながら待つ事にした。
このキネマ座で上映されているのは、主にカラーよりも前、白黒映画だった。しかも音声があるトーキー映画ではなく、字幕だけのサイレント映画。
今、映写機で流している映画は『アンダルシアの犬』というもので、女性の眼が
私はけっこう気に入っていて、16分くらいしかないから、次の映画への心の準備をするには充分だ。
その映画が終わると、いよいよ私が愛してやまない『秋桜の押し花』が始まる。――ガシャカラカラカラカラ 映写機の独特な音色と共に、始まるカウントダウン。
五、四、三、二、一、始まった。
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