第28話:継がれた文章、変わった言葉
《風のあとで》第5話の冒頭を、あかりは三度書き直していた。
AIの出力ログを参考にした構成――登場人物の名前も、設定も、もともと彼が残した手帳の走り書きに近いものだった。
だが、どうしても気になる一文があった。
「そんなふうに、優しくしないでくれ」
あかりはその台詞を見つめながら、眉をひそめた。
(これ、本当に秋葉くんの言葉……?)
文体はたしかにそうだった。
短く、少し棘があって、でもどこか弱さがにじむ語り口。
AIが再現した“秋葉らしさ”は、たしかにそこにあった。
でも――なぜか、あかりの中でその言葉は浮いていた。
彼はそんなふうに“拒絶”を口にする人じゃなかった。
たとえ言いたいことがあっても、どこか回りくどく、余白を残した言い回しを選んでいた。
(たぶん彼は、「そんなふうに、優しくされると困る」とか、
「それは、やさしさとして受け取れない」とか――そんなふうに、距離を置いたはず)
AIは、言葉の癖を学習する。
言い回しの傾向、語彙の頻度、構文のパターン。
でも、“その人が何を言わなかったか”は学習できない。
秋葉翔吾という作家の核心は、“言葉を選びきれなかった沈黙”にあった。
あかりが記憶している彼は、
言えないことを、あえて言わないままで置いておく人だった。
だから、あの台詞――
「そんなふうに、優しくしないでくれ」
これは、秋葉のようで秋葉ではない。
(AIが、彼に“言わせた”んだ)
そう気づいた瞬間、あかりはその一文を削除した。
自分の中にいる秋葉は、そんなふうに怒鳴らない。
そんなふうに、感情を真っ直ぐにはぶつけない。
だから、書き直す。
「……やさしいって、言えるほど、こっちは余裕ないよ」
文字を打ちながら、あかりの中で確信が生まれていく。
AIが残した文章を、ただなぞるだけではダメだ。
それは“彼が本当に言いたかったこと”ではない。
AIは秋葉を模倣しただけで、彼自身ではなかった。
(秋葉くんの声を、私は知ってる)
それは、過去の記憶だけではない。
いま自分が書いている物語の中で、彼の言葉が、彼の視線が、確かに“違和感”として浮かび上がってきた。
真似ではなく、共鳴。
引用ではなく、応答。
あかりは、ようやく“AIの代弁者”ではなく、“自分の語り手”になった。
秋葉の言葉を継ぐのではなく、
秋葉と“違う声”で物語を語る。
それが、この再構成の核心なのだと、ようやく理解できた。
画面の中の文章が、ゆっくりと変わっていく。
構成も、台詞の選び方も、細部が少しずつ“あかりの声”に置き換えられていく。
かつて、秋葉が選べなかった言葉。
AIが拾えなかった言葉。
それを、いま、あかりが書いていく。
“継ぐ”とは、模倣ではない。
“違うまま、隣に立つ”ということだ。
文章の最後に、彼女はひとつの台詞を置いた。
「あの日、言わなかった言葉が、今もずっと風に残ってる気がするんだ」
その言葉には、秋葉の影があった。
でも、語っているのは紛れもなく、柚木あかりだった。
そしてその違いこそが、
本当の“継承”だった。
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