第14話:あの人は、まだ生きてる

「最後に彼を見たのは、もう……五年くらい前ね」


 紅茶を飲みながら、文芸サロンの女主人がふと遠くを見るように語った。


「原稿とUSBを置いて帰った日。あの子、少し笑ってたのよ」


「笑ってた……?」


「ええ。でもね、それは嬉しいとか、楽しいって顔じゃなかったの。“なにかを切る”ような表情だったわ。ほら、切り離すとか、終わらせるとか、そういう……」


 あかりは、言葉を失っていた。


 秋葉が消えた理由。

 彼は自分の意思で創作から離れ、誰にも読まれない場所に言葉を遺した。

 それが、AIに拾われ、再構成された《風のあとで》になった。


 だが、その原稿がUSBに入れられていたという事実は、ただの“諦め”では説明がつかない。

 まるで、誰かに拾われることをどこかで想定していたような――そんな含みを感じさせた。


 (本当に、彼は消えたの?)


 帰宅したあかりは、パソコンの前に座ると、なかば反射的にブラウザを立ち上げていた。

 「秋葉翔吾」で検索しても、相変わらず有力な手がかりは出てこない。

 しかし、「Chronocode社」「AIsis」「AI文学イベント」とキーワードを組み合わせると、数年前の技術系イベントの記録ページに行き着いた。


 ――第3回 AI創作技術サミット/協賛:Chronocode社

 スタッフ欄にある名簿の一番下に、見覚えのある名前があった。


「澄川空(すみかわ そら)」:技術サポートスタッフ/アーカイブ管理


 名前に聞き覚えはなかった。

 けれど、その文字の並びを見たとき、心の奥が微かにざわついた。


(“空”……?)


 秋葉がかつてサークル内で使っていたペンネームの一つが、確か**「秋空」**だった。

 大学の合評会用に投稿した掌編にも、よく「空」をタイトルや登場人物名に入れていた。


 試しに、「澄川空」でさらに検索をかける。

 すると、Chronocode社の過去の登壇記録の中に、その名が見つかった。

 ただし、スタッフとしての裏方扱い。写真も掲載されていない。


 にもかかわらず、短い登壇紹介文に、こう記されていた。


「AIによる感情再構成モデルにおいて、“記憶の形を再編する文脈技術”を担当。」


 ――記憶の形を、再編する。


 あかりは背筋が冷たくなるのを感じた。

 AIが“偶然”あの言葉を再現したのではなく、意図的に“記憶の形”を操作する設計思想がそこにあったとしたら?


(彼は……AIに“奪われた”んじゃない。自分で、“託した”んだ)


 USBを文芸サロンに残したのも、原稿を未完のままにしたのも。

 すべて、AIに“続きを任せる”という決断だったのかもしれない。


 なぜ、そんなことを?

 なぜ自分の名前を隠し、“別の名”で裏方として関わることを選んだのか。


 分からない。けれど、少なくとも――

 秋葉翔吾は、まだ“どこかで生きている”可能性がある。


 あかりの中で、探していたはずの“過去の人”が、現在へと静かに更新された。


 もう、追憶ではない。

 これは、いまもどこかに存在する“彼”との対話のはじまりなのかもしれない。

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