11月 🌕ビーバームーン ― 雪が降る前に ―

 北風が吹いたその日、

 私たちは秘密基地を作ることに決めた。


 「ほら、ここ。枝がいい感じに組まってるじゃん」

 姉の瑞希(みずき)が、落ち葉を踏みしめながら振り返る。


 私は、少しだけその後ろを歩く。

 妹の花音(かのん)、小学五年生。寒がりで、でも姉には逆らえない。


 瑞希は中学生になって、前よりちょっと大人びた。

 髪をくくるゴムが変わったり、持ち物が地味になったり。

 でも、こうして秘密基地を作ろうって言い出すところは、相変わらずだ。


 「なんでまた、秘密基地なの?」


 「冬ごもりよ、冬ごもり。ビーバーだってやってるんだから、私たちもね」


 彼女がふざけて笑うと、木漏れ日が髪に落ちた。

 その一瞬が、なんだかとても暖かく感じた。


 私たちは、今、母の実家に仮住まいしている。

 両親が離婚してから、こっちに引っ越してきた。

 父とは時々電話をするけれど、それ以外は、あまり話題に出さないようになっていた。


 秘密基地の場所は、裏山の中腹。

 近所の子も知らない、ふたりだけの場所。

 太い枝と、風除けの落ち葉、拾ったブルーシート。

 手をかけるごとに、それはただの小屋ではなくなっていった。


 「ここにホットチョコ置いて、あっちには寝袋。んで、壁に貼るのは……詩!」


 「詩?」


 「詩よ。“冬をこえる魔法の言葉”みたいなやつ!」


 瑞希はそう言って、古いノートを開いた。

 ページの隅には、鉛筆で書いたポエムや落書きがあった。

 きっと、離婚のことも、引っ越しのことも、全部ここに書いてるんだろうなって思った。


 11月の終わり。

 初霜が降り、空気はきりっと張りつめていた。

 私たちは夜の秘密基地に、小さなランタンを持ち込んだ。


 「今日、満月らしいよ。ビーバームーンっていうんだって」


 「なにそれ。ビーバーが月にいるの?」


 「……かもね。ほら、月っていろんな名前あるんだって。狩人の月とか、収穫の月とか……。今日は“冬ごもりの準備の月”。」


 瑞希は空を見上げた。

 その横顔は、少しだけ母に似ていた。


 そのときだった。

 基地の隅っこ、濡れた板の下に、何かが挟まっていた。


 「……あれ? 手紙?」


 私は拾い上げた。封筒は茶色く変色し、でも名前が読めた。


 「瑞希・花音へ」


 差出人は、父の名前だった。


 「……なんで、こんなとこにあるの?」


 瑞希の声がかすれた。

 私はそっと、封を切った。

 中には一枚の便箋と、小さな写真が入っていた。


 便箋には、少しだけ癖のある父の字で、こう書かれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

|瑞希、花音へ。

|いつか、この手紙を見つけてくれたらうれしい。

|この裏山には、昔、ママと僕が一緒に秘密基地を作った場所があるんだ。

|君たちがそこを気に入ってくれたなら、きっと、何かの縁なんだと思う。

|離れても、僕たちはずっと“家族”だよ。冬が来ても、心は一緒にいられるように。

| パパより

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私たちは、しばらく黙っていた。

 でも、不思議と悲しくはなかった。


 瑞希が、ポケットからハンカチを出して目を拭いた。

 その仕草が、なんだか頼もしく見えた。


 「パパ、知ってたんだ。私たちが、ここに来るって」


 「……うん。ちゃんと、見ててくれてたんだね」


 満月が、頭上で輝いていた。

 白くて、やさしくて、全部を照らしてくれるような月。


 その光の中で、私たちは写真を見た。

 若い頃の父と母が、笑いながら秘密基地を作っていた。

 今の私たちみたいに。


 瑞希が、ぽつりとつぶやいた。


 「ねぇ、またここに来ようね。冬でも、春でも、いつでも」


 私は頷いた。


 「うん。“私たちの秘密基地”なんだから」


 ビーバームーンは、冬を迎える月。

 寒さの前に、心を支える絆を確かめる月。


 私たちはもう、バラバラじゃない。

 きっと、これからも。


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