第16話 可能性と手がかり

ガチャン!


連れていかれた先はアグリアに近い森の中だった。ひっそりと現れた小屋の中には頭と呼ばれる仏頂面の豚のような男が大量の酒をグビグビと口に含んでいた。


『頭、いい商品が見つかりましたぜ』

『…ふん、まあいいだろう。これでもう一度デュロ様に献上すれば、俺たちはまたウハウハ生活の幕開けだ。こいつらを裏小屋に閉じ込めておけ』

『はいよ』


それから三人は薄汚い部屋に押し込められ、外には鍵を掛けられてしまった。

静かに部屋の端に座るルナの隣に、途中で起きたルクヴェスとエイルは挟むように座った。


「エイル君たちがいますからね」

「う、ん…」

「悪い…俺のせいで」

「もう何回も聞きましたよ〜。気にしないでください。妹ちゃんはいなかったみたいですが…」


部屋を見回してみても、自分たち以外には人一人いなかった。流石にこの現実を見て騙されたと気づかないほど馬鹿ではない。元気のないルナは、ぼそりと呟く。


「私たち、帰られるのかなあの人、”デュロさま”って人に渡すとか言ってたけど…」

「…大丈夫ですよ。きっと先生達が迎えに来てくれます」


デュロという言葉に、エイルとルクヴェスは少し動揺してしまったが、大丈夫だと自分に言い聞かせるように告げる。


ーだってそいつは、俺が殺してしまったから。


流石にそんなことは言えなかった。エイルには伝えたが、このことはあまり人に言っていい事ではない。

しかし、もしこのままいたらデュロのようなクローフィの元に戻されるのかもしれない。あの、地獄のような日々に。

想像しただけで、ルクヴェスの目のハイライトが段々と消えかかってきていた。


「ルーク?ルーク、しっかりしてください!」

「ルクヴェス?」


様子がおかしい彼に二人は心配そうに駆け寄る。

あの頃の日々をフラッシュバックして頭が真っ白になってしまったルクヴェスは、肩を揺すられても反応が出来なかった。二人で声を掛けているといきなり扉が開き、頭が不機嫌な表情で部屋に入ってきた。


「うるせぇぞガキども!静かに出来ねぇのか!」

「ひっ!ご、ごめんなさい!」

「たく、お前らのせいで酒が不味くなったじゃねぇか。どうしてくれるんだよ!なぁ!」


エイルに胸倉を掴み手を上げられ、痛みに耐えようと目を瞑るが…その痛みは来なかった。


「そこまでだ」

「みんな、大丈夫かい?」


目を開くと男の首に剣を押し当て、相手を睨みつけるジア、そして背後から現れたヒスイがルクヴェスとルナの元に駆け寄った。

エイルは助けが来たと分かるなり、その場に腰を抜かしてしまう。移動を確認するなり、ジアはそのまま相手を拘束した。


「くそ、何でここが分かったんだっ!」

「そもそもこの小屋は魔導院の提供した軍の補給所だ。多少なりとも魔力を追えることを知らないのか」

「こんなボロ小屋でかよ!いててて!」

「五月蠅い。耳障りな声を出すな」


相手の事など気にせず鎖をはめ込み始めるのを遠目に、ルクヴェスは変わらず固まっている。そんな彼をヒスイは優しく頭を撫でながら安心させるように告げた。


「ルクヴェスくん、もう大丈夫だよ」

「ヒ、スイ…?」

「うん、君たちを迎えに来たんだ。一緒に魔導院に戻ろう」


魔導院…その言葉で漸く頭が動いた気がした。目のハイライトが戻り、ヒスイは良かったと少し嬉しそうに呟いた。ルナも安心したのかポロポロと涙を流している。ヒスイはルナを抱き上げ優しく落ち着かせるように背中を撫でながら立ち上がった。


「ルクヴェスくん、立てるかい?」

「あ、ああ…」

「じゃあ、小屋の前に馬車を用意しているからそこで待っていてね。出来ればエイルくんも一緒に連れて行ってあげて」


ルクヴェスは彼の言われた通り、腰を抜かしたエイルの元に駆け寄った。

相手が大丈夫そうな様子を確認するとさっきまでの緊張感が抜けたのか、うわーんと泣き出した。


「わ、悪い。怖い思いさせた」

「本当ですよ〜!!ルークいきなりお人形さんみたいになるので怖くなったんですからね!」

「…え、そっちかよ」


予想外の答えに固まっていたが、手を伸ばすエイルの手を掴み、起き上がらせ共に馬車の元へ向かった。

二人が馬車の中で座っていると、暫くしてから 目を真っ赤にさせたルナが戻り、少ししてジアが中に入ってくるなり出せと指示をした。

馬が動き出し、目の前の男は眉間に皴を寄せながら腕を組んでこちらをジッと見つめてくる。

…これは、説教だと三人は悟った。


「何故こうなったか説明してもらおうか」

「…妹の目撃情報を調べてた」


ルクヴェスは簡略的に今まであったことをゆっくり説明した。話が終わったころにはイディナロークの寮の前に着いていた。馬車から降りた後、流石にそのまま寮に戻ろうとはせず、ジアの前に立つ。本人は最後まで静かに聞いていたが漸く口を開いた。


「お前たちは一体何をしているんだ!」


肩を震わせるほどの怒鳴り声に三人はビクッと反応を見せる。しかし、自分たちのしてきた事に後悔は無かった。


「でも俺たちは、早く妹の情報が欲しくて…」

「盗賊に捕まったのはだめだったかもしれないけど、聞き込みくらいはいいじゃん!」

「ちゃ、ちゃんと次は夕方までには寮に戻りますから…」


次の瞬間ジアは少し優しめに…とは言わず、勢いよく馬鹿者と告げ各自に拳骨を交わした。


「いったぁ!」

「いた~い!」

「う”っ”…!」


頭を抱える三人をジト目で見つめた後、ジアは腕を組みながら先の応えをする。


「今のお前たちで妹を探すことは出来ない。武器も無く、魔法も出せないでどう自分を守っていくんだ。そのための勉強だろう。焦りも分からなくは無いが闇雲に走るな」

「でも俺は…!」


ジアの言い分も分かるが、ルルヴィがもしあの屋敷に戻らされていたら今すぐにでも行かなくてはいけない。どういえば分かってくれるんだと顔を歪ませていると、ルナがジアに問いかけた。


「この学院は、人探しをしていないの?」

「基本的にはしない。イレギュラーもあるがな」

「ルクヴェスの妹さんの情報が少しでも分かったら、私たちも勉強に集中出来ると思うの。…家族が無事か分からない状態で勉強に集中しろは酷だよ」

「…可能な限り調べてはいる」

「っ!本当か!」


パッと嬉しそうに見つめるルクヴェスに、ジアは少し申し訳無さそうに告げた。


「元々クローフィ領の屋敷にいたらしいがそこから抜け出したのかそれ以降目撃情報がない。しかし、クローフィ領のどこかの屋敷に戻された可能性は低い。今は近くの街等に軍経由で捜索依頼を学園長がしている。考えたくないが、死体の確認も現状されていない事からどこかで休を休めている可能性がある」


ジアからの情報にルクヴェスは安堵したようだ。ほっとした様子を横目に、ただしと後付けをする。


「お前が魔導院生の間は、何かしら情報を得られれば教えるようにしてやる。しかし、生活態度や校則違反が増えれば退学の道もあり得る。…後は言わなくても分かるな」


そう言えば今日はもう戻れと告げ、ジア自身は魔導院の本館に向かい歩き出す。

せめて妹が生きていると分かっただけでも有難い。ルクヴェスはジアの背中に頭を下げ、ありがとう…と告げるのだった。


「妹ちゃんの情報が得られましたね!やりました!」

「ああ、二人には本当に悪いことをした。ごめん」

「気にしないで。…確かに少し怖かったけど、これで少しでも早く妹さんと会えるといいね!」


じゃあね!と手を振りルナは女子寮の方へ向かっていく。ボクたちも帰りましょう、と呟き二人もまた寮へ向かうのだった。





__翌日…。


「何だよこれ…!」

「反省文だ。これを書き終えるまで寮には戻させないぞ」

「え〜!そんなぁ!」

「もールクヴェス三人分書いてよー!」

「無茶言うなよ!!」


放課後に居残り補習を強制され、三人は大人しく反省文を書くのだった。



一方同時刻…。


「んー!このケーキ美味しいー!」

「本当だ!こんな美味しいケーキ初めて…!」

「口に合ったなら何よりだ。誘った甲斐があった」


放課後、メノウはシュアンとフェリチータに誘われお勧めされた和風カフェで女子会をしていた。

課題をする為や、雑談をする為等色々な名目で集まる中、今日は魔導院の噂を話題にしていた。


「そういえば聞いた?何かミーレスレギオンの軍からの任務を今後はイディナローク魔導院も参加するらしいよ~」

「そうなったらどうなるんだろう…」

「きっと生徒も軍の為に動くことになるだろう。だが、私たちもまだ魔法実習はしたことが無いからな。まずはそこから学ぶのだろう」

「うわーめっちゃ萎える~」


心底面倒くさそうな表情を見せる中、メノウはふと窓の外を見つめた。

この世界には”魔法”というものが存在する。

何にでもなれると学園長は言ったが、一体今の自分は何になりたいんだろう…。

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