影絵文庫
影絵文庫
影一つ 〜ただ,立ち尽くす〜
床から天井へと伸びる影が、まるで意思を持つ生き物のようにうごめいていた。電球の光が微かに揺れる度、その影は増殖し、薄暗い部屋に不安を呼び起こす。心のどこかで、この瞬間が現実なのか、それとも幻想なのかを問いかけずにはいられないが、青年、直人の指はキーボードの上で絶え間なくリズムを刻んでいた。
直人は幼い頃から物語を作ることが好きだった。紙と鉛筆で始まった創作は、やがてコンピューターの画面に移り、その中で彼の生み出す世界は際限なく広がった。しかし、それと同時に、ネット上の「いいね」やコメントが彼の創造力の糧となり始め、彼はその世界に没頭していった。
初めて自分の作品がネット上で反響を得たとき、直人はまるで空を飛んでいるかのような高揚感を感じた。「フォロワー」という形の観客が増えるにつれ、彼の創作意欲は限りなく加速した。それは彼の現実世界からの逃避でもあり、同時に誰にも理解されることのない自分の居場所を見つけたという安堵でもあった。
しかし、日が経つにつれ、直人の作品は次第にフォロワーの期待に応えるためのものに変わっていった。彼は「いいね」を得るために、読者が望むストーリーを書き続け、自分自身が本当に伝えたかったメッセージを見失っていった。現実世界の友人たちとの関係は、徐々に希薄になり、いつの間にか彼はただの観客と化していた。
真夜中、彼の部屋はますます暗さを増し、孤独な心にも不安が忍び寄った。それでも彼は返答をくれるネットの仲間たちを渇望し、画面に吸い寄せられるように書き続けた。だが、どれほど熱心に書き続けても心のどこかにぽっかりと空いた穴が埋まることはなかった。
ある日、目覚めるといつも通りの手順でパソコンを開いた直人は、慣れ親しんだプラットフォームが突然の閉鎖を告げる告知画面に驚愕した。作品も、フォロワーも、一夜にしてすべて消え去ったのだ。頭が真っ白になり、どうしようもない喪失感に襲われた直人は、初めて現実世界に目を向けた。
現実との乖離に気づいた直人は、再び紙と鉛筆を手に取った。しかし、そこに書かれる言葉は思うようには溢れ出ず、彼の心に生じた孤独の深さをひしひしと痛感させた。彼は何度も何度も試みたが、その手に戻ってきたのは以前の輝きを失った無数の断片でしかなかった。
結局、彼が得たものは、評価という名の空虚な数値でしかなかった。それどころか、ネットに没入するうちに失ってしまった時間と感情は取り返しがつかないほど深く彼を孤立させていた。創作への情熱はひび割れた夢と化し、直人は気づく。ふたたび夢見る力を取り戻せる日は来ないかもしれない。そして、彼の知らぬ間に人生の歩みは進んでしまっていたのだと悟ったその時、彼はただ一人、静かに崩れ落ちる夢の跡地に立ち尽くすしかなかった。
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