第三幕 勇む足なし警笛鳴らせ①
"トイレの花子さん"の一件から3日後。白と二人はなんら特に変わったこともない日常を過ごしていた。普段と違うことといえば、残り2日で美琴の成績をいかにして上げるかを思案中。ということくらいだろうか。
「赤点はギリギリなくらいにはなったけど、全体的に…うん、もうちょっと…ね?」
「特に国語とが致命的ね。人の心ないんじゃない?」
「二人して酷い!言いたい放題!私だって頑張ってるのに!」
「まぁ…国語は授業の模範解答を丸暗記すればなんとかなるし、取り敢えずは大丈夫じゃないかな」
二人は全体で見てもトップ層。その実力を発揮し、自分の課題や勉強をこなしながら彼女につきっきりで教えている。それを余裕ととるか、教えるのも勉強になるから自分の為と捉えるか、雲居も口を挟むことは無い。
「あ、もうすぐ下校時間じゃん。帰りにどっか寄っちゃう!?」
「「勉強しなよ(さい)」」
「…はーい」
両手の人差し指を時計の針に見立ててくるりと回し、学校が終わる時間を喜んで表情を一転させるが、一致した二人の回答に寂しく返事をする。
「もう…テストが終わったらカラオケでもボーリングでも登山でも、何でも付き合うからさ。ね、もうちょっと頑張ろ?」
「うぅ、やっぱり白ちゃんは優しいなぁ。どこかの怒りんぼさんとは大違い」
「あいも変わらず減らない口ね…関心すら覚えるわ」
そうやっていつものように美琴は騒ぎ、白は宥め、遠くから西園寺は見守る会話をして、三人は帰路へつく。西園寺はアレ以来、怪異に関しては必要以上な詮索を学校ではしなくなり、代わりに西園寺へつく監視役が増えたのを白は感じ取っている。それぞれ帰る道は早々に別れ、白は先日雇ってもらったばかりの探偵事務所へと向かう。
(…今日はお客さん、いるかな)
決して立地が悪いわけではない。最寄り駅からは徒歩で十分もかからず、人々が通る大通りや、近くには商店街もある。
にも関わらず、客足が悪いのはやはりその職種。心霊現象、改め語り怪事件の解決。表は探偵。どちらも一般の人間には遠い話で、それこそ霊感商法を疑われるのがオチである。
この数日、彼女のやったことといえば掃除や食事の支度に家計簿の作成、花子さんの話し相手や髪の毛の手の入れ、人、猫、物探し程度のものである。
あの日から自分の家には数回戻り、衣類やその他の足りないものを探偵事務所に補充している。住み込みのバイトという都合上、アパートを解約して家賃をカットしようということも彼女は考えている。
(お祖母ちゃんには問い詰められそうだけど…まぁ、その時はその時か。鏡さんに頼ろう)
「ただいま」
もはや良い慣れた言葉。言う度にその言葉の持つ数多の意味を思考の端で噛み締め、事務所の階段を上る。
静かに足音が響く、いつものように扉を開けようと考えると、視線の先にはスマホを両手で持ち、怯えるように訝しみながらブツブツも独り言を漏らす女性がいた。
「ほんとに大丈夫…?いかにも怪しげで詐欺でーすって言ってるようなものじゃない。あぁでも、あの話が本当なら…」
「入らないんですか?」
「うびぃっ!?」
後ろからの白の声に奇声を発して振り向く。丸い眼鏡に両横のお下げ髪。スマホを片手に、もう一方の手で胸元を抑える姿。驚きのあまりに言葉を失っている様子が見て取れる。
「えっと…ごめんなさい。中、入らないんですか?お客さんですよね?」
「あ、あぁぁあんたこそ、客なんじゃないの!?さっさと入ればいいじゃない!」
「いえ、私ここの従業員ですから。なにか不安なら案内しますよ」
柔らかに微笑みを作り、手を差し出して案内しようとする白の手をおさげ髪の女性は強く弾く。
「そ…そそそうやって怪しい壺とか買わせるつもりなんでしょ!わ、わわ分かってるんだから!」
「壺?一体なんのこと?」
「どうした白…客か?」
「あ、鏡さん。ただいま」
「おう、おかえり」
彼女達から見て外側に開いたドアから現れたのは180を優に超えるガタイの良い巨体と悪い目つき、語り怪であり、それらを扱うからか背景が揺らぐような、背筋がゾワリとする圧に彼女は萎縮し、そのまま直立して真後ろに倒れ気絶してしまった。
「きゅうぅ…」
「わっ、危なっ」
咄嗟に抱き寄せた白のお陰で怪我こそないものの、完全に意識を飛ばしている彼女から話を聞くことはできない。
「どうします?」
「取り合えずソファに寝かせるか、起きたら話し聞く。任せた」
「はい…よいしょっと」
白は彼女を姫抱きにしてソファへと運んで寝かせ、反対のソファに座っていつものように勉強を始める。鏡は正面にあるデスクのワークチェアに座り、資料を眺めながら白に話しかける。
「そういや白、制御の練習はちゃんとやってるか?」
「やってますけど…これ意味あるんですか、焼け石に水な気もするんですけど」
「千里の道も一歩からとも言うだろ。テスト期間終わったら夏休みだったか?丁度いいし、そっから本格的に仕事教えるからな」
花子の一件から白は毎日力の制御を行っている。
理由は二つ。今まで溜め込み続けた語り怪の力を暴走しないようにガス抜きすること、力の使い方を覚えるためである。
具体的な方法としては、鏡が指導室で行ったような小規模の語りで、力を"小分け"にして発散する。そうすることで人が読み書きを覚えるように、毎回語らずとも息をするように自然に力を使えるようになるというもの。
それと並行して、身体に力を使うタイミングを覚えさせるために、過去に祖母からもらったという、鬼灯の意匠の簪を刺すことをルーティンとしている。
「ま、能力を使う時は語った方が確実だし強くなる。計算式使ったほうが問題解きやすいのと同じで当たり前だわな」
「…鏡さんって比喩とか使うし意外と教えるの上手だよね。他人に興味なさそうなのに」
「そりゃあ、ご主人は昔ーー」
ガタンッ!
「ひっ!?ね、ねねっ、猫が喋っ!?」
「あ、起きた」
クロエが白の問いかけに答えるために膝に乗って得意げに上を向いて喋ると、目を覚ました少女は声を上げて人差しで指を指す。
「やっ、ややや、やっぱり帰る!!」
「まずは落ち着いて…」
バタバタと自分の荷物を手に取り玄関へ向かおうとするのをクロエを肩に乗せた白が宥めながら止める。
椅子から立ち上がることもせずに鏡は一言投げかけると、女性は荷物を握りしめて止まる。
「うちは別に帰ってもらっても構わないが…アンタが困るんじゃないのか?」
「ぅ、うぅ…」
「…不安ですよね、わかります。でも、勘違いでも間違いでもいいから、まずは話してみませんか?少なくとも、あの人の腕は私が保証しますから」
俯く彼女に対し、優しく手を差し伸べ、持ち前の美貌を無意識ながらにも発揮しながら白は柔らかに笑い、さながら天使のような安堵を覚えさせながら鏡を指さして説得する。
女性は上の空のような返事しか返せず、白の手を取って立ち上がりソファへ誘導される。
「は…はい…」
(なんだかなぁ……)
ソファに鏡と白が並び、白の膝にはクロエが座る。
その向かいのソファに依頼人の女性が座り、お茶を飲んで一度落ち着く。
「わ、私はこさきゆいこ《こさきゆいこ》、です。き、今日ここに来たのはお化けっていうか、都市伝説っていうか、そういうのを解決してくれるって聞いて…」
「間違ってない。俺は騙裏鏡、そういうやつの専門家でここの所長だ。あと二人と一匹の従業員。コイツがクロエでこっちが白な。もう一人いるが、そっちは気にしなくて良い」
「よ、よろしく…お願いします…」
軽い紹介で白は微笑み、クロエは猫らしく欠伸をかき、古崎は依頼の内容を話し始める。
「あの、最近噂の、"踏切の亡霊"は知ってますか…?」
「いや、知らないな。白はどうだ?」
「残念ながら私も…」
「私も知ーらなーいにゃーん」
一同は初めて聞く言葉に首を傾げるなどそれぞれの反応を示す。
「ひ、百華町、4丁目の都電の踏切…そこで、この間私の学校の生徒が轢かれて死んだんです」
「あ、その話なら私、知ってます。確か二週間前の…女子高生ですよね?人通りの少ない踏切で起きた事件だから覚えてます」
「はい…その子、私のクラスの山根さんって子で…ちょっと話すだけで、特に仲が良かったとか、凄い思い入れがあるとかじゃないんですけど、眼の前で見ちゃって…ぅ"っ」
詳細を話そうとする古崎は、当時の凄惨な現場を思い出してか、えづいてしまう。隣に移動した白は背中をさすり、クロエは膝に乗って古崎をなだめる。
「無理して当時のことを話さなくて良い。自分のことだけでいいからゆっくり話してくれ」
「は、はい…それで、その後からなんですが、色々身の回りで起こるようになって」
「へぇ。具体的には?」
「ちょ、鏡さん。ほんとに配慮してます?」
「いえ、いいんです…。その、最初は通学路の踏切りから嫌な感じがしたりとか、違和感がある程度だったんですけど、日が立つにつれてどんどんとおかしなことが増えてったんです。やたら他人の飼い犬に吠えられたり、色んな場所から人の視線を感じたり、上からプランターが落ちてきたり、直近だと…えっと、白さんちょっと…」
「?はい」
そこまで言うと古崎は白に耳打ちし、鏡に隠れて膝下まであるスカートをめくって見せる。
意図を解した鏡は上を向き、視線を外して白に状況を聞く。
「白、どうなってる?」
「誰かが強く掴んだ跡…に見えます。手の大きさと指の細さからして女の人かも」
「ふーん…ま、十中八九、アンタは霊に憑かれてる」
「そんな…」
「そう気を落とすな。見たところまだ段階的には初期の方だ。この程度なら今日中にでも解決できる」
「ほ、本当ですか…?」
「あぁ、ほんとほんと余裕余裕、無傷でアンタを助けるよ。クロエ、踏切りの事件から今日までの周辺の情報洗え。1時間後に出発する」
「了解にゃーん」
疑りつつもほっとしている古崎に、鏡はぶっきらぼうながらも安心するように言い、クロエも仕事を始めるため、二股の尾を一つに減らして窓から外に出る。
白は古崎の不安を拭うように隣に寄り添いながらテスト勉強の為に参考書を開く。
「あの、私は…ど、どうすれば…」
「鏡さん、古崎さんはその踏切に行く必要があるんですか?」
「いや?別に必要ないと思うが…あぁいや、やっぱり来てもらったほうがいいな、護衛はするからそこは安心してくれ」
「わ、分かりました…」
鏡は自分の言葉を撤回し、手招きしながら共に来るように促す。その折、白が古崎に向かって善意から口を開く。
「…良ければ膝、貸しましょうか?」
「……は、え?なんで?」
「寝不足だったり、ストレスが溜まったりすると瞼がピクピク動くんです。よく見たら、その眼鏡越しでも分かるくらい隈が酷いし、いくら驚いたからって十分以上も失神するのはあり得ないですから。当たってます?」
「えぁ…その…」
「寝辛いかもですけど無いよりマシかなと」
「えっと、じゃあ…お願いします…?」
鏡は札の準備のため沈黙。古崎は初めは緊張していたが、安心したのか深い眠りによって沈黙し、白もその寝顔を下目に勉強を続ける。無論、非情な女ではないため、思考の端では古崎のことを思ってはいるが、彼女の人生において友達はたったの2人、どこか他人事のような虚ろな感覚は拭えなかった。
その沈黙を破った一言から、語り怪の正体の見え始める。
「…あ、そういえば踏切って第1小の近くですよね。花子さんは何か知らないんですか?」
「もちろん、知ってるわよ」
ぬるりと壁を貫通して花子はその場へ姿を表し、当然のように白の背後へとついて情報を話し始める。
「二週間前の女子高生の踏切事故。当時は事故直後の目撃者は少なく、寝てるその子を含めて三人」
「じゃあ、クロエはその人達に話を聞いてる頃だな」
「無理よ。だって、二人共死んでるもの」
にこりとした笑顔で言い放つ花子。
「!」
「確かか?」
「えぇ、同じ場所で、"同じ死に方"。私達のお仲間かしらね。それも、危ない方のね」
不穏な情報が明らかにされ、死人も出ているという花子の言葉に白は声を詰まらせる。前回の花子とは違う、殺意を持った語り怪の事件に身構える。
白の冷や汗が首筋を伝った時、クロエが鏡の想定よりも早く帰還する。
「ただいまにゃーん。意外と猫達の間で噂になってたにゃん」
「成果は?」
「全員死んでたにゃん!」
「やっぱりか。まぁ、裏は取れたと思おう」
「にゃーんだ、知ってたにゃんね。被害者は二人とも轢かれて死んでるにゃ。身体が真っ二つの血がぶっしゃー!」
「真っ二つ?それはまた随分不可解な…」
クロエと白の言葉に鏡の表情は一転し、張り詰めた空気が事務所内を覆う。
「鏡さん?」
「白、予定は変更だ、依頼主は置いていく。死人と似通った噂が出てる以上は百怪談の候補。五十八番、テケテケの可能性が高い」
「足がなくて腕?が速い幽霊ですよね。しかも噂が広まるとその分被害者が増えるって言う感じじゃ無いでしたっけ」
「そうだ。だが初期段階を抑えられたのは僥倖。今まで祓い屋の連中が先に処理してたのを先取りできる。
テケテケは最初は踏切り周りで噂が広まり、成長すると踏切の外でも活動しだして危険だ。なんとしても先に怪収するぞ。クロエ、今回はお前も来い」
「了解にゃーん」
「鏡さん。質問なんですけど、祓い屋ってなんです?」
白が小さく手を上げ、鏡へ聞き慣れない単語の正体を聞く。
「丁度いい、話しておくか。怪収のことは前に話したな?俺達は語り怪を怪収して回るが、祓い屋は反対にとにかく祓って回る。百怪談に含まれない語り怪ならそれでいいんだが、生まれたての百怪談にも似たようなことをする連中だ」
「…あ、そっか。百怪談は捕まえるほうが良いんだっけ。確かに、それは鏡さんからすれば厄介かも。でも…」
九十九は言葉を続ける。
「鏡さんだけじゃ、どうしても手が届かない場所や時間だってあるはずでしょう?それなりに大きな組織みたいだし、そんなに悪い話じゃないんじゃないの?」
「「……」」
「まぁ…そう考えてもなぁ…」
「え、私なにかおかしなこと言った?」
白はクロエと鏡の微妙な反応を見て花子へと視線を投げる。
「その度量と力で忘れていたわ。貴方、語り怪を除けば普通の子供だものね。良いこと?根本的な解決をしない。つまり祓い屋は利益でやっているの。その意味がわかってる?」
「?…!そんな…嘘でしょ?だってそんな…」
「ま、そういうことだ。奴らは語り怪を自分達に利がある話が出るまで公に出ないように隠蔽する。一般人に興味なんか無いんだろう」
「事が大きくなって手に負えなくならないよう、程々に強くなって人的被害を認識させてから出番!にゃんともまぁ、醜い人間の集まりにゃん。喰い殺したくなるにゃんね」
牙を剥き出しにして笑うクロエと面白くなさそうに溜息をつく鏡。白の浅はかな考えを嘲笑、あるいは呆れたように笑う花子。
白の認識はまだまだ甘く、踏み入れた世界は鈍色だった。
「…この話はまた今度な、行くぞクロエ、白。純粋な危険度が高い語り怪だ。スピード勝負、さっさと怪収する」
「はいにゃー」
「…はい」
「…白。気にしすぎると疲れるだけだ。逆に考えろ、祓い屋よりも先に俺達が怪収を繰り返せば、いつかはそういう被害も無くなる」
浮かない顔をする白に鏡は不器用に慰め、頭をぽんぽんと叩く。
「そう…ですね。私が頑張れば、その分理不尽な被害も減るし…六華や小鳥も巻き込まずに済む」
「そうだ、やるぞ。まずは眼の前の目標から、確実に怪収する」
「了解です」
白は怒りと怯えからくる静かな震えを抑え、覚悟を決めて仕事の準備を始める。
バッグにつけた簪を握りしめ、別室で制服から学校で使っているパーカータイプの体育着へ着替える。
語りの1幕、"テケテケ"の怪収へと向かっていった。
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