THE MIGHTY・PIE

ヒロフミ

"金剛の巨人"ブリリアント娑婆編

第1話「1STPIE」

 朝、ポストに人糞が入っていた。

 多分人糞だと思う。ニラみたいなのが混じっているし。俗に言う一本グソというものだろう。

 ワビサビシティとはそういう町である。人呼んで「世界一陰湿な町」。いじめ、ネットリンチ、近隣トラブル、汚職、隠蔽なんでもござれ。犯罪とも言えぬような陰湿な嫌がらせやトラブルで溢れかえっている。


 マイティ・パイはポストに一緒に入っていた重要そうな書類をうまく使って、人糞を掬いあげて適当にポストの外に捨てた。アパートなので、この対処はこの対処で問題なのだろうが、ワビサビシティの管理人にとっては、管理するアパートのポストの前にニラが埋もれた一本グソが落ちていようが瑣末な問題でしかない。そういう町なのだ。ワビサビシティとは。


 ここ、ワビサビシティの安アパートに住むマイティ・パイは、超人で、超人狩りのヒーローである。


 まず「超人」という人種について説明しなければならない。

 わからん。全くわからん。一つ言える事はマンガのヒーローみたいなスーパーパワーを持っているという事。どういう理屈で発生して、どういう理屈でそんなパワーがでるか等は、全くの謎である。というかどうでもいい。少なくともこの物語ではそんなことは問題にしないこととする。


 問題はワビサビシティにおける超人の立ち居振る舞いにある。

 ワビサビシティの超人はその多くが非行に走る。それも特別ハデな非行に。具体的に言うとバスジャックとか銀行強盗とか、世界征服とかそういうレベルのものだ。

 なぜか。理由は諸説ある。

 まずワビサビシティという極めて陰湿な環境に反抗するため、という説。

 お互いの顔も見えないような軟弱で卑怯な嫌がらせが横行する町で、超人たちは「俺たちが真の"非道"ってモンを見せてやる!!」という心理になる。らしい。

 もう一つはワビサビシティに住まう陰湿な住人どもを粛清しようとしている、という説。

 何にしてもワビサビシティにおける超人たちは大抵が典型的なマンガのヴィラン敵役のようになる。ワビサビシティの環境から考えると、そんな犯罪の方がよっぽど健全とも言える気もするが。


 とにかく、そんなヴィランとも言える超人を狩る超人がマイティ・パイである。

 マンガ的に言えばヒーロー(女なのでヒロインだが)なのかも知らないが、そこは世界一陰湿な町、「出る杭は打たれる」ということで、民衆の視線は冷たいなんてものじゃない。

 SNSでの誹謗中傷は当然、ネットの超人アンチスレッドの数は上から数えて4番目の多さになるし、住所も15回は特定されているし、ネットの海にはパイのエッチなアイコラや盗撮画像が大量に流れている。

 住所の特定自体は当初気にしていなかったが、ある日身に覚えのないデリヘル嬢が150人単位で家に押しかけたときには流石に閉口した。


 そんなようなことが幾度となくあったが、パイはヒーロー(?)としての自分を気に入っている。


 朝の日課として、ヒーローコスチュームを着て姿鏡の前に立つ。きめ細やかでサラサラな長い白髪はくはつと、パッチリ開いた大きな目。自分でも惚れ惚れする程美しいと思う。

 とはいえその容姿に世間では賛否両論ある。美しい髪と可愛らしい顔はともかく、背が低く童顔なので、小学校高学年生と言われても信じられるだろう。

 体型とはアンバランスに胸は大きい。本人は「胸が大きい=スタイルがいい」という認識を持っているため、「自分はギリスタイルが良い部類に入る」と思っているらしい。

 そんな自信過剰な所があるから、ヒーローコスチュームを着る際に顔を隠さない。


「普段はメガネで過ごしているから大丈夫」


 というのは本人の談。「そんなもので」と思われるだろう。しかし意外とバレない。多分、ヒーローとはそういうものなのだ。


 顔と胸囲に恵まれていても、生まれて28年間男ができたことはない。良いセンまで行くには行くが、どんな男も彼女の内なる狂気に触れるにつれ自然に離れていく。

 男には「女であれば誰だって抱いてやりたい!」というのが大半だろうが、彼女もまた他の超人たちと大差ないほど狂っていた。

 何より彼女のそばにいるとネットの掲示板に「マイティパイの彼氏、ヒョロガリチー牛だったwww」みたいなタイトルで晒される。週に3、4回は盗撮されて「マイティ・パイ オープンチャット」に晒されるし、自宅を特定されて様々な嫌がらせを受けるので、大抵の男はそこで病む。


 姿鏡で自己肯定感を高めた後は、ヒーローコスチュームのまま朝食を食べる。色鮮やかなサラダと目玉焼き。そして大根の味噌汁の猫まんまにナッツをペースト状にしたものをぶっかけてかっこむ。マイティ・パイの見た目に反して屈強な肉体は、この食生活から作られる。のかもしれない。

 朝食をとりながらテレビを見ていると、大抵超人が何かしらの事件をリアルタイムで起こしてる。刑務所から脱走した者がコンビニでクダを巻いてるとか、市役所を占拠したとか。

 事の大小に関わらず、その日の気分でしばく超人を決める。

 そもそもマイティ・パイに平和への関心などない。超人をしばくのも他の超人たちのような「憂さ晴らし」の一環であり、エゴ以外の何でもない。そんな気持ちでなければこんなクソッタレた世の中でヒーローコスチュームに身を包む発想には至らない。


 どうやら超人ブリリアント娑婆しゃばが銀行強盗をやらかして、今、機動隊を相手に大立ち回りしているらしい。

 この町で超人を狩っていると超人と顔馴染みになることも珍しくない。ブリリアント娑婆しゃばとも2、3回は戦ったことがある。全身がダイヤモンドでできていて、普通に殴る蹴るをしようものならこっちの骨にヒビが入る。巨漢でパワーもあり、まさしくマンガのヴィラン敵役といった男だ。

 そんな男にも弱点があり、関節部分がめちゃくちゃ脆い。全身が硬いせいで柔軟性がなく、ローキックを上手く決めればポッキリ脚が折れる。

 よし。今日はコイツにしよう。


 出撃は決まったが……決め台詞を───考えあぐねていた。

 マイティ・パイは、自分がこの物語の主人公であることを知っている。それは、彼女の超人としてのスーパーパワーの一つである。

 だからヒーローとして人気者になる為には、メディアに取り上げられやすいキャッチーな決め台詞が必要だと考えていた。

 以前、超人との戦いの最中、一晩かけて考えた決め台詞をマスコミの前で披露したことがあった。


「お前の運命は……私が決める!!」


 マスコミは「マイティ・パイが何か言っています!!」とだけ報じた。そこにいる誰もがこの台詞を決め台詞と認識しなかった。敵の超人は一瞬呆気にとられたが、すぐに気を取り直して襲いかかってきた。

 その夜、SNSを見ても誰もその台詞について言及しなかった。あの陰湿なワビサビシティの住人がディスりもしないのはことである。

 一つだけ、たった一つだけこんな書き込みがあった。その日の戦いを撮影した動画にて、


「11:03 これ決め台詞じゃないよね?」


 誰もこのコメントに反応していなかったが、パイは名前に反して真っ赤に染まり、直ちにこのコメントのIPアドレスを特定してコメ主を粛清。コメントはもちろん削除。ドス黒い衝動の赴くまま町中の公園の遊具を破壊してまわった。


 それ以来不用意に決め台詞を言うことを控えてきた。しかし、彼女のスーパーパワーが「そろそろ決めた方がいい」と告げていた。なぜかは本人にもわからないようだが。


 朝食を終え、今日のターゲットをブリリアント娑婆しゃばと決めると、歯を磨き、髪を梳かし、顔を洗い、薄く化粧をして外に出る。

 透き通った白髪はくはつがぬるいそよ風で靡き、朝の湿っぽい匂いが肺を満たす。こんなクソ溜めみたいな町でも朝の空気は美味しく感じるんだから、人間の気力ってすごい。

 ウンチが落ちているポストの前を避け、アパートを背にすると、誰も見ていないことを確認し、


白星はくせいの裁きを……あなたに!!」


 と、今後一生擦られるかもしれない決めポーズをとった。


 その日、ネットの掲示板では「[動画あり]マイティおっぱいさん(28)、朝からドギツイ決め台詞をほざくwwwwww」というスレッドがPart4までのびた。

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