#15-2 OVER THE TOP

 あたしたちが向かった先は、フルールフェルトの中心――大聖堂。

 フルールフェルトの街の中心に立つその大聖堂は、まるで空から降ってきた白い要塞みたいだった。

 石造りの外壁は、真昼の光を受けて淡く輝き、広場に影を落としている。

 白く輝く双塔、空に向かってそびえるドーム、広場を見下ろすように構えるその建物は、あたしが知っているどんな城よりも静かで、でも、どんな戦場よりも重い空気をまとっていた。

 大理石のファサードの青銅の扉、その左右には聖シルバーベルグと聖ヤーコプの像はこちらを見下ろしていた。まるで、「ここから先は、覚悟のある者しか通してはならぬ」と言っているかのように。

 あたしたちが扉を開くと、冷たい空気が頬を撫でた。中は静かで、広くて、厳かな空気に満ちていた。


 頭上には、遥か彼方にあるような天井。

 金の装飾に彩られたドームには、古の物語がフレスコ画で描かれていた。

 正面には高い祭壇。両脇にはいくつもの小さな礼拝堂と蝋燭の灯り。

 その奥、バルコニーのように張り出した場所に、巨大なパイプオルガンがそびえていた。


 ステンドグラスから差し込む光が床の大理石に反射して、赤、青、緑の模様を描いていた。

 その模様が、まるで“神に選ばれた場所”を示すように、あたしたちの足元を照らしていた。

 だがその光は、まるで“選ばれし者”を讃えるのではなく、“裁きを与える者”を選んでいるようだった――。

 

 ――ここはもう、聖なる場所なんかじゃない。

 

「ここに……ユニがいるんだね」


 あたしは小さく呟く。


 扉を押し開けると、ステンドグラスの光が一斉に差し込んできた。

 赤、青、金、紫――色とりどりの光が、床の大理石を染める。


 柱の陰から見覚えのある人影が出てきた。


「やっぱり来たね! リナちゃん!」


 ピンク色の髪。自分の身体の魅力を最大限引き出す服装。そして、高すぎるテンションの女。ユスト。

 

「ユスト……。ユニは……どこ?」

「ふふ、聞いても無駄だよ? あのコは、”役割”を終えて、“秩序”の中に戻ってきたの。アナタに用なんて、もうない」

「あたしの監視がユニの”役割”だったというのなら、それでもいいの。でも、あたしにとって、ユニの役割は”親友”だった。それは伝えたい」

「はぁ? ”役割”は教団が”秩序”のために与えるものでしょ? 何を言っているの?」

「でも……ッ」


 ユストの瞳がギラリと光る。いつものおどけた表情の奥に、奇妙な狂気がある。


「ワタシはうれしいんだ……リナちゃん。ワタシの“役割”は、ここであなたを止めること。つまり、今この瞬間、あなたたちとワタシが向き合うのは、神の計画ってわけ! これは”秩序”を守るための聖なる戦い。それもこんなにきれいな、フルールフェルト大聖堂の中で、ワタシはワタシらしく戦って、”秩序”を守るの!」


 そう言ってユストはおもむろに小瓶を取り出すと、迷いなく中身を飲み干した。


「最初からキメてイくからね♡」


 瞬間、彼女の身体に変化が現れる。血管が浮き出て、目が充血していく。


「かわいいは、強さなの♡」


 いわゆる”赤白目”。真っ赤に充血したその目は明らかに異常だ。


「なにそれ……ヤバ。でも、物理攻撃だよね? 〈岩障陣壁ジオウォール〉!」


 あたしたちの前に、岩の壁が現れ、ユストのリボンを防ぐ。


「魔法なんて! そんなもので、アタシの努力は負けない!」


 そういって、ユストはリボンを振りかざす。


 パンッ――。


 また、例の乾いた音が響き、リボンとは異なる打撃が与えられてく。そして――。


 ドンッ――。


 衝撃波がシラの 〈岩障陣壁ジオウォール〉を打ち破り、マティアに直撃した。


「な、なんだあれは……。見えない何かに殴られたみたいだ……。」

「なるほど……。土属性の壁をこんなに簡単にサックリ貫通するってことは、あのリボンの攻撃は風属性ベースってことね。この前の遺跡じゃ、碑文に夢中で無視してたけど、今見ればあれは衝撃波だね。タネさえわかれば対抗はできるのが魔法だよ」


 シラはにやりと笑う。


「ど、どういうことだ?」

「ま、天才魔法少女たるゆえんをご覧入れましょう~。〈閃雷斬サンダースラッシュ〉ッ!」


 シラの放つ雷撃がユストを襲いかかる。


「そっか! ユストの武器は長い金属。あれが避雷針になってて、雷の魔法は必中になるんだ!」

「ま、それもあるけど、魔法工学的に言えば、ユストは木属性なんだよね。木属性の人は雷属性に弱いから、ダメージも大きいはず」


 実際、ユストには効果てきめんだ。


「くっ。だからなんなの? 天才かなんか知らないけど、努力をすれば必ず報われる! それが、”秩序”でしょう!? ワタシは努力でここまで来たの! 才能だけの人間なんかに負けない!」


 そういってユストは、シラに襲いかかるが――。

 

「〈電盾障壁シェルスパーク〉。私ね。それなりにあなたにはムカついてるんだ」


 雷の防壁がユストの攻撃を防ぐ。


「あんな貴重な遺跡をメチャクチャにして、私の研究の邪魔をした。あれで、この国の研究は数十年遅れた。あなたにはその重大さがわかっていないともうけど、旧世代の遺物は貴重なものだった。それをわけのわからない薬で暴れ、駄目にした。雷迅槍サンダースピアッ!」

「ぎゃっ!」 

「あなたが使ってるその薬は、メルキオール様が研究途中で辞めたものでしょう? それを盗んで、使っているのだろうけど、その薬は筋肉の増強と気持ちが高ぶらせる効果があるだけで、体に、特に心臓への負担が大きいの。そんなものを使っても、あなたは私には勝てないよ。諦めて道を譲りな。〈雷鳴轟嵐ボルテックスサンダー〉ッ!」

「ぐぁぁ!」

 

 金属製のリボンでは雷撃はかわすことはできず、ユストは成すすべがない。


「『この薬は痛みなんて忘れる』って……ッ!」

 

 ユストはこれまでの液体とは違い、ポシェットから紫色の錠剤を大量に取り出し、ボリボリと食べ始めた。あんな色の錠剤がまともな訳が無い。


「私は、私はぁ! 私が私でいるために”役割”が絶対なの! だから、私は死んでも”役割”を果たす!」


 ユストは怒気混じりに叫ぶ。

 

「これは、ラルヴァンダード様がくれた新薬……。どうなるか、私でもわからな……ぐ、ぐぅぅう!」


 これまで見せた液体の薬とはまったく異なる反応。白かった肌の色はより白くなり、目の赤さと元来のピンク色の髪の毛がより際立つ。しかし、明らかに異様な姿だ。


「ふふふ。気分いい! イイよ! これ!」


 そういってユストはリボンを放つ。まるで踊るかのように、ユストが舞い、その攻撃は手が付けられない。シラも防戦一方だ。


 しかし、 軌道が、次第に乱れ始める。最初は正確で鋭かったのに、今はまるで酩酊したダンサーのように、意図のないステップを繰り返している。


「ふふ。見て……リボンがきれい……ああ。まるで、あたしの心そのもの……」


 ステンドグラスに映るユストの姿は、頬が赤く、瞳が開ききっていた。けれど、その笑顔の奥には、明らかに“自分を失っていく恐怖”が見えた。


 バキィ!


 リボンの一つが、吊るされていたシャンデリアを破壊する。崩れた色ガラスが、床に散らばる。反射した光に、ユストの顔が無数に映った。


「え。こんな白い蛇みたいな化け物みたいな女いた……?」

「……え? やだ……これ、あたし? 違う、こんなのあたしじゃない……こんな顔、誰も見ないで……!!」

「え。最初から、あなたはそんなでしょ? 〈雷鳴轟嵐ボルテックスサンダー〉ッ!」


 容赦のない、シラの極大雷魔法がユストに炸裂する。


「アタシはただ……”秩序”を守り……」

「君は自分を見失った。誰かに見てもらうために、必死に努力し、その”役割”に自分を見出したんだろう。だけど、その”役割”は、誰かのためのものだ。教団の”都合”のためのものじゃない。君がするべき努力は、自分の本来の力を伸ばすことだったんだ」

「説教なんかいら……な……小さい頃……アリスタルコ様が言ったんだもん。『可愛い子は役に立つ』『娘は大きくなったらお前みたいだったかもな』って……だから、アタシは……」

 

 そう言いかけて、ユストは気を失った。


「……あなたの努力は、本当は間違ってなかった。ただ、向ける先が、違っただけだよ。ユスト」


 あたしは、そう言ってユストの髪と服装を整えてやって、ユニがいる地下に向かった。


「ユニは、この先にいる」

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