#13-5 DESTINATION

「おい、後を追うぞ! 奴らの来た通路がどこかにあるはずだ!」


 ビッグスが焦ったように叫ぶ。だが――。


「ダメっ! この碑文……なにかある……! 今、ここで写しておかないと、もう二度と見られないの! あと五つ!」


 シラは地面に膝をつき、崩れかけた碑文を写ろうとノートに必死でペンを走らせていた。


「死んだら意味ねーだろ! もう天井がヤバい! 崩れるぞ!」


 ビッグスはシラの腕を乱暴に掴み、強引に立たせようとする。


「やだっ、やだやだやだっ! こんなチャンス、もうないんだよ!? すごいの! すごいのに! これ見れないくらいなら……死んだほうがマシ!!」

「シラ……お願い。あなたの力が、この先も必要なの。ここで死んだら、誰があたしたちを支えてくれるの?」


 あたしはシラの肩をぎゅっと掴んだ。


「そうだぞ、シラ! お前がここで死んじまったら、『魔法のヤバい真髄』は、誰も見れなくなるじゃないのか!」


 マティアも言葉を投げる。


 ――数秒の沈黙。


「……わかったよ。でも……せめて。あの小さな板だけ、あれだけは……取ってきていい? 何かある気がするんだ」


 視線の先には、今にも崖から落ちそうな、『deus ex machina』と書かれた小さな板。けれど、足元はすでに不穏な音を立て一部は崩れている。


「なんだ。あれくらい。俺が取ってきてやるよ! ちょちょいのちょい、だ」


 ビッグスが軽口を叩きながら、駆け戻り、あの小さな板を手にした――その瞬間。


 ゴウン、ゴウン、ゴウン……!


 低い唸りと共に、床全体が軋み、崩れ――そして、その半分が落ちた。


「やっべ」


 ビッグスが、孤立した。向こうとの距離は、人間が飛べる範囲じゃない。


「これは……さすがに”想定していない想定外”……だな……。まさか透明な橋があるわけでもねぇしな……」

「ビッグス……」

「シラ! この板、投げるぞ! 絶対、落とすなよ!」


 ビッグスが投げた小さな板を、シラはギリギリでキャッチする。


「ナイスキャッチ。……それと、リナ。お前の上着のポケット、見てみな」

「え……? ポケット?」

「ユストの持っていた手紙だ。ちょいと失敬しといた」

「いつの間に……!」

「んじゃ、そろそろお前たちは逃げろ。こんなとこ、長居は無用ってな」

「ビッグス! お前はどうする気なんだよ!」


 ビッグスはこの状況の中、ゆっくりと煙草を取り出して答える。

 

「どうするって? お前らとは、くぐってきた修羅場の数が違うんだ。俺のことは心配すんな」


 そう言ってビッグスは、煙草を燻らせながら、崩れかけた入口の方へと歩いていく――。

 その瞬間――。


 ズドォォォン!!


 大きな崩落音が響き、土煙が巻き上がった。視界が晴れた時には、もう――彼の姿はなかった。


「ビーーーーッグスッ!!」


 あたしたちは叫んだ。でも返事はなかった。


 ・


 アリスタルコたちが来たと思われる扉を進むと、そこには細いけれど整備された階段が続いていた。

 長く、狭く、そしてひたすら上へ――。

 やがて階段を登り切ると、ラコナの街の外れに出た。


「……こんな場所に繋がってたんだ……」


 あたしたちはしばらく言葉が出なかった。あまりにもいろんなことがあり過ぎた。


 ・


 宿に戻ったあたしは、ユニと一緒に部屋の片隅に座り、お父様の手紙を開いた。

 そこに綴られていたのは、優しい思い出話だった。

 小さな頃のあたし。お母様と一緒に作った、このペンダント。プレゼントした嬉しそうに笑うあたしを、きっと思い出しながら書いてくれたんだろう。

 自分が滅ぼされる未来を覚悟していた。それでも、娘に伝えたかった気持ち。

 あたしは、その手紙の文字から、お父様のぬくもりを感じた。

 涙が頬を伝ったまま、あたしは眠りに落ちた。


 ・


 ――そして、朝。

 目を覚ますと、枕元からお父様のペンダントが消えていた。これまでずっと一緒にいた、ユニの姿と一緒に。

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