#10-2 LOOKING FOR A RAINBOW

 アリスタルコが川に流されていくのを確認したあたしたちは息をつく暇もなく駆け出していた。

 追手の黒服たちが橋の向こうで何かしているのが見えたけど、そんなのに構っていられない。

 早々に宿屋にいたシラと合流して、有無を言わさず馬車を走らせ街を離れる。


「マティア、どこ行くの!?」

「外だ。街に泊まったらすぐ捕まる」

「え、ええぇ……! この宿、取ったんじゃないのぉ……!」


 シラが嘆いている。わかる。あたしだって、疲れた体を柔らかいベッドに沈めたかった。けど。

 今は逃げるのが先だ。

 人気のない農地へと抜けていった。遠ざかる街の灯りを見ながら、胸の奥に重い不安が広がる。


(大丈夫、きっと、大丈夫……)



 夜。

 どうにか農地を越え、湖畔の道を進んだあたしたちは、森の中に小さな野営地を作った。といっても、ただの木陰に毛布を敷いただけ。空には満点の星。風が枝を鳴らし、体温を奪っていく。


「マティアぁ……」

「うー、寒い……。眠れない……」

 

 その中で、ひときわ文句を垂れているのが――シラだった。


「せっかくあったかい宿があったのに! 温かいご飯と、ふかふかのお布団があったのに!」

「……うるさい……」

「し、しかもお風呂あったのにぃぃぃ!! 何でこんな、葉っぱの匂いしかしないところにいるのぉぉ!!」


 もはや半泣きのシラ。でも、正直言って、あたしもちょっと泣きたかった。

 だって、疲れてるし。

 寒いし。

 不安だし。


「ご、ごめんね……。巻き込んじゃって」

「あー! リナは悪くないよぉー! 悪いのはアリスタルコと黒服どもぉー! 私が一緒にいたら、〈超激爆裂火炎フレア・バースト〉で橋ごと焼き払ってやったのに……」


 手足をバタバタさせながら、なおも文句を言うシラ。

 そんなシラに、マティアが毛布をもう一枚、肩にかけてやった。


「朝までここで我慢してくれ。今日はもう寝ろ。火の番と見張りは俺がしてやる。夜明けと同時に出発するから早く寝とけ」

「むぐぅ……」


 大人しくなるシラ。やっぱり、マティアは頼りになる。


(……でも)


 あたしは空を仰いだ。

 広がる無数の星。

 遠くで、フクロウの声が響いている。

 こんなに世界は広いのに、あたしの進む道は、こんなにも狭くて苦しい。


(……これで、いいんだよね、お父様)


 ぎゅっと膝を抱えた。

 どこかに、お父様の想いに続く道があると信じて。

 ――あたしは、ここにいる。


 ・

 

 夜が明けた。

 湖に朝靄が立ち込め、まるで別世界みたいだった。


「あいたたた……。うーん……寒い……。でも、朝ごはんないの……?」

「ない」

「ええぇぇぇ……!!」


 朝からシラの悲鳴を聞きつつ、あたしたちはまた馬車を走らせた。

 マティアが言うには、次の村――アレンツ村までは半日もかからないらしい。


「山越えの前に一度装備を整えよう。そこで温かいものも食える」


 その言葉に、ユニとシラの目が輝く。


「本当に!?」

「やったぁぁぁ!!」


 あたしたちだって、希望がほしかった。

 湖畔の道が終わると、そこは大きな山間の牧草地だった。やわらかな緑。風に揺れる小さな花々。

 だんだん山の幅が狭くなり、徐々に山道になっていく。どんどん登っていくと向こうに小さな村が現れた。

 石造りの家々が、山の裾野に寄り添うように並んでいる。


「――アレンツ村だ」


 マティアが指差した。


「……着いた、んだね」

「ここは村の人口も少ないし、旅人もそれほど多くない。前に来た時の知り合いも多いから、怪しい奴が来たら教えてもらえるよう頼んでおこう」


 あたしは小さく息を吐く。なんだか、ここまでたどり着けたことが、奇跡みたいに思えた。

 村に入ると、温かいパンの香りが鼻をくすぐった。

 小さな広場では、市が立っていて、村人たちが穏やかに品物を売り買いしている。

 まるで、追われている自分たちとは別世界みたいだった。


「おなか、すいた……」

「もうだめぇ……」

「……しょうがないな。パンだけ買っていくぞ」


 マティアが小さなパン屋に入り、あたしたちにも温かい丸パンを一つずつ渡してくれた。

 かじると、バターの香りと、ほんのり甘い生地が口に広がった。


「……おいしい」

「しあわせ……!」


 あたしも、目を閉じて、パンの温かさを味わった。


 少し歩いたところで、鮮やかな刺繍が施されたマントを羽織った一団が集まっていた。


「……渡り鳥の民リンドバーグの連中かな。きっとシルベルグ峠を越えてきたんだろう。峠の様子が聞けるかもしれない」


 マティアが呟き、リーダー格らしき男に話しに行く。何やらしばらく談笑した後、戻ってきた。まるで昔からの友達みたいだ……。あのコミュ力はどこから来るのだろうか。


「彼らは渡り鳥の民リンドバーグ一団名ノーツネームは『ジュピター』だそうだ。彼らは薬も売っていることがあるから、分けてもらおうと思ったんだけど、彼らの仲間のひとりがシルベルク峠越えの途中で高山病になってしまって、その薬の材料の花を探しているらしい。俺達もその薬が欲しかったんだけど、材料があれば作って分けてくれるらしい。どの道必要になるかもしれないから、探しに行こう」


 一団名ノーツネーム……。懐かしい。『マーキュリー』のみんなは元気かな……。


「その薬の材料になる、探したい花は小さくて黄色い花で、茎の部分が太くて赤っぽいやつ。石がゴツゴツした北側の斜面とか、風がよく通る場所に多いと思う。花の名前は、ロディオラ・ロゼアだ」

「ロディオラ・ロゼアかー。私、ハーブも興味あるんだ。魔法の効果が上がる成分とかあるからさ。ロディオラ・ロゼアは寒冷地の高山地帯に生息する多年草で黄緑色の花が特徴。これの根っこがハーブになるんだけど、疲労軽減、集中力向上、気分改善、運動能力向上、魔法能力向上、心臓病予防なんかに役立つって言われてる。根っこを乾燥させるといい匂いがするんだよね。私も欲しいかも。探すなら、多肉質のぷにぷにした葉っぱが特徴かな」


 シラは植物にも詳しいんだ…‥。本当に魔法に関することは何でも知ってるんだな……。

 こうして、あたしたちも手分けして、ロディオラ・ロゼアを探すことになった。 春の光に照らされて、雪の間から可憐な花が顔を覗かせているが、黄緑色の花はなかなか見つけられない。


「リナー、このへん違うかも……」

「大丈夫、こっちだと思う」


 ユニと手を取り合って、小道を進む。 途中、道を間違えたり、小さな雪崩に足を取られそうになったりしたけど――。


「見つけた!」


 ユニが叫んだ。

 そこには説明通りの黄緑色の花、葉っぱがぷにぷに、茎が赤っぽい花が咲いていた。

 あたしたちはロディオラ・ロゼラの花を何輪か残して、持ち帰ると、渡り鳥の民リンドバーグたちは大喜びで迎えてくれ、薬を作ってくれた。

 その夜。小さな広場で焚き火を囲み、簡単な宴が始まった。あたしたちは地元のパンと、温かいスープを振る舞われる。顔を火に照らされながら、あたしたちはようやく安堵の表情を浮かべた。


「ね、リナ、こういうの、なんだか旅っぽくていいね」


 ユニがほわっと笑った。

 研究小屋であの女と黒服たちに追われ、アリスタルコと会ってから、なんだか元気のなかったユニがやっと笑った。よかった。あたしはユニにはいつも笑顔でいてほしい。

 そう思ってユニの笑顔を眺めていると――。


「うへへへぇ……リナぁ、ユニぃ……」


 シラが地酒のワインに酔い潰れている。


「ねぇねぇ。こないだ街を凍らせた時、くまちゃんから連絡が久々に連絡があってさー。これが笑っちゃうの。ぷぷぷ」

「え、くまちゃんって……? 何?」

「くまちゃん? 喋るぬいぐるみ。小さい頃、メルキオールしゃまのところに行くまでずっと一緒にいたの」

「え? ぬいぐるみ? ぬいぐるみから連絡あるの?」

「うん、そう。くまちゃんは、次の子に『身の回りの世話をさせる』って言ってたけど、今の子、おとなしいから面白くないみたいで……。あ。くまちゃんの話はみんなには内緒だよー。くまちゃんが喋れるのは誰にも言っちゃいけないんだ。ふふふ……」


 シラの話は誰の話をしているのかわからない。それは人間の話なのか、酔っ払った夢の話なのか……?

 私達は目を白黒させるしかなかった。


「でねー、ほんとはねー、私のおうちも……でも、だめー。言っちゃだめって、くまちゃんが……」


 そこまで言うと、シラはコトンと音を立ててテーブルに突っ伏した。


「……寝たみたいだね」

「うん……」

「くまちゃんって何?」

「さぁ……」


 あたしとユニは顔を見合わせて、小さく笑った。

 夜空に星がまたたいていた。

 あたしは焚き火のそばで、ぼんやりと空を見上げた。

 旅に出て、色んな景色を見た。でも、こうやって、見知らぬ人たちと焚き火を囲んでいると、どこか寂しくなる。


(あたしは、どこへ行くんだろう)


 そんなことを、ふと考えてしまう。でも――。


「大丈夫だよ」


 隣でマティアが、何でもないみたいに言った。

 あたしは小さく笑った。  今は、それでいい。


 そして翌朝。

 太陽が昇りきる前に、あたしたちは荷物をまとめ、シルベルク峠を目指して出発した。

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