#02 BELIEVE IN LOVE

 あたしは――”魔王の娘”リナ。

 この手で、きっと復讐を果たしてみせる——。


 あの日のお父様はおかしかった。


 「リナ。大丈夫だよ。秘密の部屋に隠れていなさい。私は私の役割を果たさねば。でも、どんな時もきっと私が迎えにくるよ」

 

 思い出すだけで、胸が焼けるように熱くなる。お父様がそういって部屋を出ていった後、誰かの来る声が聞こえた。

 轟く剣戟。魔法の爆裂音。

 

 (……怖い)

 

 うずくまり、耳を塞いだ。お父様の言いつけ通り、ここでじっとしていれば——。

 どれほど経っただろう。ふと気づくと、あたりは静まり返っていた。

 あたしはふらふらと立ち上がり、お父様に入ってはいけないと言われていた扉を開けて、玉座の間へ向かう。

 

 そして——。

 あたしは動かなくなったお父様を見つけた。

 冷たい指。血に濡れた鎧。あの優しい手は、どこにもない。

 あたしは拳を握りしめる。

 爪が食い込み、じわりと痛みが広がる。

 

 

 お父様がいなくなって、どれくらいの時間が経ったのか、わからない。

 足元の石畳が剥がれ、草に覆われた道を、あたしはただ歩き続けていた。

 壊された部屋、血に濡れた父、あの日の景色が頭から離れない。

 でも、立ち止まってしまったら、何もかも終わる。


 お腹が空いていた。

 喉もカラカラだった。

 どれだけ歩いたのかわからない。


 城の周りの森を越え、険しい山道が見える頃には、あたしの意識は半分朦朧としていた。


 その時、森の奥にわずかな明かりが見えた。

 火……? 人がいる……?


 ぼんやりとした意識のまま、あたしはその明かりに引き寄せられるように歩を進める。

 だが、近づくにつれ、低く響く声が聞こえてきた。


「へへ……、今夜は何を襲うんスカ?」

「もうすぐ街道に塩を売り歩く商隊が通るって噂がある。そいつらは国中で塩を売ってたんまり金を持ってるんだ」

「なーるほど。商人の皆様が汗水垂らして働いて集めた金を俺たちがいただくってわけッスね。ビッグスの兄貴は頭いいや」

「ウェッジ。俺たちは少数精鋭だ。カモが気が付かれぬうちに襲い、カタをつけるのが肝だ。油断するな」


 焚き火を囲む二つの影。

 ――盗賊。


 (まずい……)


 あたしは息を殺してその場を離れようとした。


 ――パキッ。


 足元で小枝が折れる乾いた音。


 「ん?」

 「……今、何か音がしたな」


 気づかれた。


 あたしは反射的に身を伏せたが、時すでに遅し。

 背後から、にやついた男の声がした。


 「おいおい、いまさら隠れても無駄だよ。お嬢さん」


 振り向く間もなく、乱暴に腕を掴まれた。

 金髪を後ろに撫でつけ、青い瞳で睨むその男はひょろりとしていたが、異様なほど指が長い。

 骨ばった手が蛇のようにあたしの手首を締め上げた。


 「……っ」


 痛い。けど、それ以上に――怖い。

 男の顔には下卑た笑みが浮かび、その目があたしを値踏みするように舐め回していた。

 

 「おお。戻ったかピエット。どこのガキだ? 黒い髪に茶色の瞳……まさか、城から逃げてきたんじゃねぇだろうな?」

 「へへへ……こりゃあいい獲物ッスネ! ビッグスの兄貴!」

 

 焚き火の明かりがちらちらと揺れ、彼らの視線があたしの姿に集中するのがわかる。

 ぼさぼさになった黒い髪、震える茶色の瞳、擦りむけた膝、そして薄汚れたパジャマ――。

 あたしを見て、金になると思ったのだろうか。細めの目が光を反射し、常に何かを企んでいるような雰囲気を醸し出すビッグスと呼ばえた男、体型こそ丸みを帯びているが、足音を立てずに忍び寄るウェッジと飛ばれた男。二人も焚き火の向こうから立ち上がり、じりじりと近づいてくる。


 「ちっ……」


 あたしは必死に腕を振り払おうとするが、まるで鉄の枷に繋がれているみたいに動かない。

 ――怖い。

 ――誰か助けて。


「大人しくしてなよ。そうすりゃ高く――うぐっ!」


 ピエットが突然、手を離した。

 まるで、熱湯でも触ったかのように。


 「……な、何だ? 手が……!」


 あたしの肌の表面が、ほんのりと白く凍りついている。

 指先がじんじんと冷え、周囲の空気が急に冷たくなったように感じた。


 ――え?


 あたしは驚いて自分の手を見た。

 けど、何もしていない。

 魔法なんて使えないのに……。

 

「なんスカ……?」

「いや、手がいきなり冷たく……」

「チッ、魔法か……? このガキ、ただの迷子じゃねぇな」


 三人の盗賊は一瞬、間合いを取るように後ずさったが、それも束の間だった。


 「でも、ガキはガキッス」

 「確かにな。仮に魔法でも大したことはできねぇだろ」


 ピエットが短剣を抜いた。

 細い刃が焚き火の明かりを反射して、鈍く光る。


 ――やだ。

 ――死にたくない。


 「じゃ、いくッスよ」


 短剣が振り下ろされる――!

 その瞬間、風が一瞬にして冷たくなった。

 地面に広がる焚き火の赤い炎が、まるで氷の息を吹きかけられたようにチリチリと凍りつく。


 「……こいつ、なんか冷たいッス。これは……氷……?」


 ビッグスが眉をひそめる。


 「氷……。魔王も氷の魔法が得意だとか言っていたな……こんな小娘が……まさかお前が……魔王の……?」


 あたしの背筋に冷たいものが走った。

 違う……これは、あたしがやったんじゃない……。


 けど――怖がっている場合じゃない。

 この力が何なのかはわからないけど、少なくとも、こいつらを怯ませることはできる。


 あたしは両手を握りしめ、必死に強がるように睨みつけた。


「……面倒なことになりそうだな」

「お、俺たちの相手じゃねぇッスよ、こんなの……!」

 

 ビッグスとウェッジも剣を構える。

 

「ガキ相手でも、油断はしない……こっちは命懸けで盗賊やってんだ……!」


 大人三人があたしを取り囲んだ。


 その時――。


「パン!」


 破裂音が響き、盗賊たちは反射的に身を引く。


「……あ?」

「こんな場所で何をしている!」

 

 闇の中から、武装した男たちが続々と現れる。

 彼らは荷馬車の周囲を固めるように配置され、手には長剣やクロスボウを持っていた。


「おいおい、こんな時間に子供相手に盗賊か? 物騒だな」


 先頭の男が呟く。

 ビッグスは苦虫を噛み潰したような顔になり、仲間たちに目配せする。


「……この人数じゃ勝ち目はねぇな。『想定していない想定外のことが起きた場合は撤退』だ」

「……運のいいガキッスネ」

 

 そう吐き捨てると、盗賊たちは森の闇へと消えていった。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


 あたしはぼんやりと目を開いた。

 ――そこには、特徴的な四枚の羽を持つ鳥の模様のついた民族衣装を纏った七人の大人たちと一人の子供がいた。

 渡り鳥の民リンドバーグだ。


 「……誰もいなくて……ひとりなの……」


 あたしは、アランと名乗る柔らかな茶髪に優しい目元をしたリーダー風の男にそう言うのが精一杯だった。

 あたしの言葉を聞いた渡り鳥の民リンドバーグの男たちは、顔を見合わせる。


 「……こんなところに……孤児か?」

 「……さあな。けど、身寄りがないガキを見捨てるのは寝覚めが悪い。何より、まだあの連中が近くにいるかもしれないしな」


 バンダナをしたスコットと呼ばれたクロスボウを構えていた男があたしの様子をじっと観察する。


 「どこかの家の子か……それとも、どこからか逃げてきたのか……」


 問い詰めるような言葉ではない。でも、その目は、何かを見極めようとしていた。

 あたしは震えながらも、できるだけまっすぐに男を見つめる。

 

 「……」


 少しの沈黙の後、荷馬車に座っていた美しい長い髪のサリーという女の人が、あたしに手を差し伸べた。


 「お嬢ちゃん、きっと、だれもが乗り越えなきゃならない悲しみの夜はあるさ。今はキツイかもしれないけど、顔を上げな」

 「うちの連中は厳しいけど、悪い人間じゃない。ひとまず、一緒に来るかい?」


 その手を取ると、腕を引かれて荷馬車に乗せられる。

 荷馬車の中は温かかった。

 そして、誰かが水をくれた。

 水が喉を通るたびに、焼けるような渇きが潤されていく。


「名前は?」

「……リナ」


 奥からあたしと同じ年頃の女の子が顔を出す。その子は金色の髪を短く切り揃え、澄んだ青い瞳が夜空の星のように輝いている。

 

「ね、ね、あんたいくつ?」

「六歳。あなたは?」

「あたしはユニっていうの。八歳だよ。あたしのが少しおねーさんだね。よろしく!」

「ユニ。仲良くしてやんなよ」

「もっちろんだよ!」

 

 気が抜けたあたしは、目から涙がこぼれ落ちた。

 お父様はもういないんだ――。どうしよう。涙が止まらない。


「あたしたちは、涙の数だけ強くなれるんだよ」

 

 ユニはそれだけ言って、何も詮索してこなかった。そうして、その夜、あたしは泣きながら眠りについた。

 

 それから、あたしは食べ物をもらう代わりに、荷物を運んだり、道具の手入れをしたり、簡単な仕事を手伝った。

 それで食べさせてもらえれば十分だった。


「お前、なかなか仕事ができるじゃねぇか」

「……ありがと」


 かつて大きな渡り鳥に乗ってやってきたという始祖リンドバーグの名を引き継ぎ、旅を続ける渡り鳥の民リンドバーグには故郷がない。

 彼らは一団ノーツというグループで行動し、町や宿場に立ち寄って物を売り買いして旅を続けている。彼らの一団ノーツは塩を手に入れて各地に売っているのだという。

 あたしはそこで、少しずつ 『普通の人間の世界』 に馴染んでいった。


「リナ。ほら見て、星が綺麗だよー」


 あたしは広大な星空を見上げて思った。


(あたしは、ずっとお父様と一緒にいた。あたしはお城の外に出たことがない。あたしが見ていたのは狭いお城の中庭の四角い空だけだったけど、外はこんなに広かったんだ――)

(こんな世界を、お父様はどんな気持ちで見ていたんだろう――)


 アランは星についても教えてくれた。

 

「あの星だけは動かない。あっちが北だ。あれを目印にすることで、夜でも迷わず目的地に進むことができる。空は何でも教えてくれる」

「しっかりとした目印があれば、どんなに迷っても、俺達はどこにでもいけるんだ。忘れずに覚えておくといいぞ」

 

 そう――忘れちゃいない。

 

 あたしの目的は、「勇者を見つけ出して、仇を討つこと」。それだけだ。お父様……。待っててね。

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