第21話 サラマンダー
「おら、火を起こせ!こんな馬車は燃やしてしまえ!!」
信じられないことに、山賊は中型のサラマンダーを連れていた。サラマンダーが、赤と黒のコントラストが美しい珍しい魔物である。
そのために、絵の題材になったりするが本物を見たことがある人間は少ない。
私も数体のサラマンダーを一度に見るのは初めてだった。なにせ、彼らは縄張り意識が強い。自分の縄張りに違う個体が入ってくるだけで、壮絶な縄張り争いが勃発するのだ。
サラマンダーは、最大で成人男性よりも大きくなる魔物だ。見た目は巨大なトカゲのようだが、炎を吐くという特徴がある。
山賊たちが連れている個体は成体ではないが、サラマンダーたちは吐き出す炎は厄介だ。その上、珍しい魔物なので弱点があまり知られていない。私も戦ったのは数度のみである。
「エナ様、ローザ様。馬車から降りないでください!」
私は馬車から飛び降りて、サラマンダーを扱う山賊に向かって剣を振るう。
サラマンダーたちは首輪を付けられて、山賊の一人の命令を聞いているようだった。山賊のなかに、よっぽど腕の立つテイマーがいるらしい。
これは、少し厄介かもしれない。
サラマンダーは、凶暴な個体が多い。
しかし、成人しきっていない雄の個体ならば、かろうじて飼い慣らすことが出来る。その場合は、飼い慣らす側にも相当な経験と知識を積んでいることが絶対条件だ。
私の周囲には、サラマンダーを操れるような凄腕のテイマーなどいなかった。
「もともとは誰かに雇われていたテイマーが、山賊に落ちたのでしょうか……」
一芸に秀でた者であっても、借金や人間関係といった様々ことで堕落する。そして、表舞台で活躍出来なくなった者たちが路頭に迷って、山賊などになる例は意外なほど多かった。
戦うことしか知らず、街の生活に溶け込むことが出来ないのだ。私だって明日から騎士としての役割を捨てろと言われら、何をすればよいのかも分からないであろう。
だからと言って、山賊たちに手心をかけるつもりはないが。
「リーシエル先輩!」
私の名を呼んだのは、ファルだ。彼も山賊と切り結んでいたが、体格の小さなファルは力負けしそうになっていた。
ファルは、訓練を重ねた兵である。そんなファルに力技でもい打ち勝とうとしている山賊は、やはり私兵くずれなのかもしれない。
「どきなさい!!」
私はファルを下がらせて、下卑た笑みを浮かべる山賊の首を切り捨てた。
首が空中を飛んでいったせいなのか山賊たちから悲鳴が上がる。仲間を首が飛んできたら、それは怖いであろう。
この恐怖心を煽るようなやり方は、それなりに効果的である。相手が死を強く意識して、戦意を喪失してくれるからだ。
そのせいもあって、普段から私は最初の一人こそ派手に殺すようにしている。
「訓練不足ですよ。城に帰ったら、走り込みから始めますからね!」
隊長だった時の癖でファルを叱咤して、私は剣を構える。私の剣技に腰を抜かしている山賊もいるが、大多数は戦意を喪失してはいなかった。
山賊たちは各々が好きなように暴れ回っており、連携は取れてはいない。大方、豪華な馬車に乗った宝物に目が眩んでやってきたのであろう。
ここまで豪華な馬車で移動しているということは、相手の身分がどれほど高いと想像が出来ないのだろうか。
王族を襲ったら、まず間違いなく死刑だ。その上、護衛も凄腕ばかり。襲ったところで、失うものが多すぎる。
私は、サラマンダーを操っていると思われる者から始末することを決める。
サラマンダーが吐く炎が馬車に飛び火したら、とても厄介だからだ。それにサラマンダーを排除できるような騎士は少ないであろう。
私がサラマンダーに向かって剣を振り上げれば、サラマンダーは尻尾を高く上げる。これはサラマンダーの威嚇行動であり、炎を吐く前に行う習性である。
尻尾を上げているサラマンダーは、私に炎を浴びせようとする。だが、未熟なサラマンダーの炎は射程が短い。私はバックステップで、サラマンダーの炎を避けた。
サラマンダーは、炎の連射が出来ない。数秒間だけだが、次の炎を吐くまで隙ができるのだ。私は炎が吐けなくなったサラマンダーの一瞬の隙をついて、頭を剣で貫く。
サラマンダーの生命力は凄まじく、頭を貫かれても炎を吐こうとする。
サラマンダーと戦うときは、首を切り落としてはならない。頭だけになっても敵に噛みつこうとして、とても危ないのだ。
私はサラマンダーから剣を抜いて、何度も斬りつける。
サラマンダーはまだ炎を吐いていたが、徐々に動きは鈍くなっていった。そして、しばらくするとサラマンダーの動きは完全に止まった。これで、ようやくサラマンダーを始末することが出来た。
「こっ、このやろう!」
サラマンダーを操っていた山賊の一人が、私に向かってくる。テイマーであった山賊だが、彼も剣を持っていた。
護身用のものなのだろうが、剣の扱いには慣れていないようだった。腰が引けており、力も剣に乗り切っていない。
サラマンダーを操れるようなテイマーならば、剣など覚えなくて当然であろう。剣を覚えなくとも、魔物を操ることで身を守れるからだ
私は剣を構えて、息を吐く。
久しぶりの緊張感だ。けれども、体が剣の動きを覚えている。頭ではなく、身体が示す方に動けば良いのだ。
私の剣は、戦を思い出して動き出す。
しばらくは実戦に出ていなかったので、剣の腕は鈍っているかと思った。だが、問題はなかったようだ。
私の剣は、山賊の眼球を貫いていた。
その一突きで眼球を通して脳を破壊された山賊は、悲鳴もあげられずに絶命していたのだった。
「流石です。リーシエル先輩の剣さばき!」
ファルの興奮した声が聞こえた。
私の戦いを見て、自分の戦いに集中が出来ていない。悪い傾向だ。
私は大声で「集中!」と叫んだ。その声にはっとしたファルは、ようやく目の前の敵に集中してくれた。
たるんでいるので、現隊長のエーゼルに基礎の訓練を増やしてもらうようにしよう。
私と縁があった元部下たちだ。真面目に訓練をしてもらって、早死にしないで欲しいと思う。
改めて周囲を見れば、山賊たちや他の兵士たちも私を見ている。私は、首を傾げた。
私は、なにか不味いことをしただろうか。私は、自分の愛刀を見る。
ふむ、血汚れがいけないのだろうか。私の髪は白いので、地の赤が際立つ。もしかしたら、それが必要以上に恐ろしく見えているのかもしれない。
ならば、僥倖だ。
敵を怯えさせれば、その分だけ逃げ出す者が増えるというものである。
「静かなリーシエル……」
誰かが、私の二つ名を呟いた。今では、ほとんど呼ばれなくなった懐かしい二つ名であった。
その名に、山賊たちがざわめく。
「おい、本当かよ……」
「しばらく名前を聞かなかったから、死んだもんだとばっかり」
「やべえぞ。殺される!」
山賊は、私の二つ名を聞いていてざわめき出す。
私の若い頃の二つ名は、実のところはあまり名誉なものではない。
とある賊の殲滅作戦時に、彼らが悲鳴を漏らす間もなく全員を殺したことがあった。
血気盛んな若い頃の記憶で、隊の連携を乱して一人で突撃したことが発端になった二つ名である。
当時の上司には、大いに怒られてしまった。
そのため『静かなリーシエル』は、私にとってはあまり良い意味の二つ名ではない。何故ならば、静かに命令違反をしたという意味なのである。
敵が悲鳴を上げる前に仕留めていた、というわけではない。
「嘘かよ。そんな物騒な奴がいるなんて……。逃げろ!!撤収だ!目玉をえぐられるぞ!!」
山賊たちは、私の二つ名を恐れて逃げていく。
本来の意味とは違うふうに、私の二つ名を解釈したのだろう。仕方がないことだ。私の二つ名の本当の意味は、もはや同期ぐらいしか知らない。
ともかく、山賊たちは逃げた。
なにはともあれ、無駄な血を流さずにすんだのは喜ばしい。
「まぁ、山賊程度には遅れをとりませんが……」
そんなことを呟いていたら、逃げていく山賊たちとは反対方向に走る人間が見えた。背格好で女と分かるが、顔にはスカーフを巻いている。
女は、エナとローザがいる馬車に向かって走っていた。私は女の進路を妨害するように、立ちふさがる。
この馬車には、私の主が乗っているのだ。
絶対に、触れさせない。
「静かなリーシェル……」
私の二つ名を呟く女からは、殺気がほとばしっていた。生半可な殺意ではない。皮膚がピリピリするほどの殺気だ。
その姿に、私は舌舐めずりをしていた。
こんなにも殺意を向けてくる人間は、実に久しぶりであった。
女は、私に向かって剣を振り上げる。私は自分の剣でもって、女が放つ必殺の剣を受け止めた。
至近距離での鍔迫り合いになったせいもあって、顔には巻かれたスカーフから女の青い瞳が見える。その瞳は、怒りで燃えていた。
殺された山賊のなかに、恋人でもいたのであろうか。だとしても、戦場において冷静さをなくした時点で負けている。
女は、最初の一撃を失敗した時点で距離を取るべきだったのだ。
男と女には、埋まらない体力の差がある。
その差を埋めるために、女は速攻で勝負を仕掛けてきたのだ。その速さで、私の急所をえぐってしまえば良かった。
だが、それは失敗した。
女は懐から、なにかを取り出した。嫌な予感がして、私は後ろに下がる。女は、地面に何かを叩きつけた。
火薬が弾ける音が響く。それと同時に、煙がわき上がった。煙玉の一種だ。
この隙に逃げるのかとも思ったが、さらに女は私に噛み付いてくる。煙に姿を隠して、私を翻弄しようとしていた。
切っては煙のなかに隠れ、切っては煙のなかに隠れを女は繰り返す。そうやって、私の体力を削りたいのだろう。
舐められたものだ。
「しかし……山賊にしては、強くて速いですね」
女の剣技には、しっかりとした基礎があった。
我流ではない剣技は、女が兵士として教育を受けた印だ。私の剣に付いてこれていることから、騎士として活躍したことだってあったかもしれない。
女は、恐らくはアルファだろう。
普通の女よりも明らかに体力がある。私の脳裏にはとある可能性が過っていたが、それを追求するべきかを迷った。
女が、煙に紛れて逃げていく。
私との実力差に気がついたのであろう。逃げ足の速さはそれなりだったが、女の実力から考えれば遅すぎた。
「リーシエル先輩!助太刀します!!」
ファルの声が響いた。
血気盛んなファルは女を追うような動きを見せたが、それを私は制した。複数人で追うべきではない。私たちの仕事は、あくまでエナとローザの護衛だ。
女は、森の方に逃げていく。一瞬だけ、女は私の方を見た。やはり、私のことを誘っている。
彼女の正体は、やはり……。
「ファルは、エナ様たちの護衛を。私は、彼女を追います!」
ファルは「分かりました!」と返事をする。他の人間もエナたちを守っているので、私の主が危険にさらされることはないだろう。
「リーシェル!」
エナの声が聞こえた。
後ろを振り返れば、私の主が馬車から降りてきていた。そして、私に向かって叫ぶのだ。
「忘れるなよ。お前は……俺を」
分かっている。
エナが王族として責務を怠ったら、私は主を殺す。
その時は、私も死ぬ。
エナを主にすると決めた時に、私は誓ったのだ。
ルア失った今の人生はいわば、おまけのようなもの。本来ならば、ありはしない人生。
いつ失っても未練はない。
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