第10話 三人の王子


「ということで、これが俺の騎士だ」


 うららかな午後の陽射しを浴びながら、私の主になったエナは得意げに語った。


 天気が良いからという理由で城の自慢の薔薇園で行われている茶会は、さながら葬式のような空気となっている。風が少し肌寒いくなってきたのは、気の所為ではないだろう。


 それらの原因は、エナの向かいに座る大柄の男だった。彼が、葬式のような雰囲気を出しているのである。


 うら若い女騎士を従えた男は、見るからにがっかりとしている。亜麻色の髪をポニーテールでまとめた女騎士に、これでもかと心配されるほどに。


「エナ……。お兄ちゃんが用意した騎士候補は、どうしたんだい?」


 獅子を思わせる金髪のバートル殿下は、口元を引きつらせる。予想外な事が起こったときの表情は隠せていないが、彼の若さを考えれば合格点だろう。


 式典などですましている顔より、こちらの顔の好感が持てるのは人間味があるからだろう。弟の自分勝手に脱力している兄としてのバートルは、街にいるような若者の顔をしていた。


 バートルは、二十歳の若い王太子だ。


 王と王妃に次ぐ貴人だったが、弟のエナに向ける感情は心配性の兄以上でも以下でもない。異母兄弟だが、歳の離れたエナの存在が可愛いのであろう。


 気持ちはすごく分かる。幼いエナは賢いが、少し危なっかしいところがあった。なにせ、私に王族としての務めをはたせなければ殺してくれというほどだ。


 エナが身内であったのならば、私も心配していたことであろう。バートルの気苦労は、よく分かる。


 バートルのような立場の人間は、創作物では優秀か無能かの二極化をしているような気がする。


 バートルは、そのどちらでもない。


 私には、極普通の青年に見える。突出している勘の良さや洞察力はない。あるのは、平均的な頭脳である。


 性格も愚かなほど優しいわけでもなければ、厳しすぎるというわけでもない。身内のエナに対しては甘いところもあるが、許容範囲内だ。


 執務は全て臣下任せの愚王と呼ばれる父親に比べたら、平均的な人物であっても喜ぶべきだろう。


 愚王の興味があることは女体のみで、病気のために体力なくなった今でも美女をはべらしている。


愚王は性病を患っているので、相手をしている美女たちが可愛そうだ。しかし、そこに思いやりというものを持ち込まないのが、愚王が愚王たる由縁である。


 バートルは仕事に興味を持ち、国の発展に尽くしている。愚王の息子とは思えないぐらいに、バートルは仕事熱心な青年だった。若さ故の愚かさなどは、許容範囲内であろう。


 バートルは、エナの傍らに立ち続ける私を恨めしそうに見ている。私は置物であるかのように、その場から一歩も動かなかった。


 自分に敵意を向けられても、王族相手では弁解することは出来ない。王族の護衛というのは、そういうものだ。


「綺麗な経歴の人間を他国に嫁ぐことになるオメガにあてがえるかよ」


 エナは完璧な所作で、優雅に紅茶で喉を潤す。


 普段のエナは王族あるまじき雑な言葉遣いと粗暴な態度だが、礼儀知らずということではないらしい。先ほどから音を全くたてずに、用意されたマドレーヌを沢山食べていた。


 エナは成長期なので、今が人生の中で一番腹が空く時期なのだろう。そんなことはバートルも私もお見通しなので、マドレーヌが次々と消えていく光景には何も言わない。


 華奢なエナの身体の何処にマドレーヌが入っていく光景は、ちょっとばかり謎だったが。


「あてがうだなんて……。エナは、他国に嫁ぐことなんて考えなくていいんだ。この国にずっといて良い」


 バートルの言葉に呆れたように、エナは口を開く。バートルはエナを甘やかす傾向が強いようだが、その分だけ弟は己に厳しい。理想的な関係ではないか、と私はひっそりと思っている


「兄上は、俺の甘すぎる。他国に高く売れるのが、オメガの強みだろ。俺だって、覚悟ぐらいはしている」


 エナの言うとおりだ。


 これまでも王族にはオメガが産まれた記録があり、全員が他国との政略結婚をしている。その結果、ルーディニア国は平和と利益を手に入れてきた。


 エナにとっての結婚は、国を富ませる方法の一つでしかないのであろう。


 ルーディニア国の利益を考えれば、エナも相応の国に輿入れをするべきだろう。


幸いにして、エナの顔立ちは愛らしい。


性格だって愛嬌があって、共にいて退屈を感じることもない。どんな国が嫁ぎ先になったとしても大切にされるはずだ。


「私は……エナに恋愛結婚をさせてあげたいと思っているんだよ」


 バートルの言葉に、私は表情にこそ出さないが少し驚く。王族の家族関係は詳しく知らないが、いくらなんでもバートルはエナに甘すぎる。


 オメガであるエナを欲しがる国は今から名乗りを上げているはずだし、エナ本人も乗り気なのだ。普通だったら、結婚による利益が一番大きな国の人間との婚約をすましてしまっても良いだろう。


「気遣いは不要だ。俺は健康体だから、しっかり嫁いで、しっかりアルファを産んでくる。俺の人生は、そんなものだ」


 人生を諦めたような物言いだが、不思議とエナの口調に暗さはない。エナは発言通りに、自分のオメガとして人生を受け入れているのだろう。そして、それを王族の義務だと考えているようである。


 十三歳にして、エナは自分の人生から逃げないことを決めている。私は、その強さを敬愛していた。


 一方で、バートルは拗ねていた。


これでは、王位継承第一位の王子だとは思えない。年相応どころか歳よりも幼く見える。そばにいるのが家族のエナだから、リラックスしているのだろうか。


「今日は俺の騎士の顔を見せるだけのつもりだったし、この話は止めようぜ」


 エナは、楽しそうに私に笑いかけた。


 王族は、一人に付き何人かの護衛を持つ。


 その護衛のなかでの花形を務めるのは、騎士の位を持つ者たちだ。王族の護衛に選ばれた騎士は、常に護衛対象の側にいる。それは、普段の生活でも変わらない。


 王族の騎士は普通だったら家柄と強さの両方を鑑みて選ばれるので、平民あがりの私は珍しい採用であったことだろう。


「それに、俺の母親も元は平民だ。貴族出身の騎士と一緒だと肩がこるんだよ」


 たしかに貴族出身の騎士ともなれば、普段のエナの言葉遣いや立ち振る舞いは耐えきれないだろう。思わず注意してしまうだろうが、エナが求めているのはあくまで護衛だ。


 礼儀作法は、家庭教師が教えるというのが役割というものだ。それに、求められさえすればエナの所作は完璧だった。


 見惚れるほどに優雅に振る舞うことが出来ている。普段の生活であっても、それは随所で発揮されていた。今だって山と盛られたマドレーヌを食べているのに、下品さというのものはまったくなかった。


「リーシエルは、元は中隊の隊長をやってた騎士だ。平民からの成り上がりだから、実戦経験も豊富。掘り出し物だろ」


 エナの言葉に、バートルは何か言いたそうだ。


 バートルは自分が選んだ騎士に、エナを守らせたいようである。だが、エナの意思も尊重したいと思っているようだ。


 王族としてというよりは、兄としての心配のように感じる。平民上がりの騎士には、大事な弟を任せたくはないのだろう。


「そう言えば、兄貴の花嫁が来る時期が近づいているんだろ?」


 エナの言う通り、バートルは結婚を控えている身だ。来月には、海を渡ってきた花嫁と式を上げる予定であった。


 花嫁は、リテール国という大国の第二王女だ。歳は、十五歳だと聞いている。


 バートルは二十歳だが政略結婚としては、歳が釣り合っている方だと言えよう。世の中には、幼女と中年の結婚話も珍しくはないのだ。


「ああ、そうだ。花嫁が海を渡った後の陸路は、我が国の馬車に乗り換えてもらう予定だ。無論、護衛なども一部が入れ替わる」


 第二王女ともあれば、嫁入り道具や侍女といった使用人の数はかなりのものとなるであろう。私は、豪勢な馬車が列をなす光景を思い浮かべた。


 姫が旅してくる道は、きっと華やぐことであろう。それぐらいに、王族の結婚はおめでたい。


「それに、エナも同行して欲しい。王女はオメガの女性だから、オメガ同士ならば話も弾むだろうし……」


 バートルが、私の方を見て目を見開く。なにか驚く事があっただろうかとも思うが、私に思い当たる節はない。


「エナの騎士は、アルファなのかい?それは、駄目だ。エナの発情期に事故があったら困る」

 

 バートルは慌てだすが、エナは私に目配せをする。私の口から、自分が無害なアルファだと説明しろという事だろう。


「私は、運命の番を亡くしたアルファです。番を亡くしてからオメガの発情期に出くわしたこともありましたが、魅惑されることはありませんでした。発情期のフェロモンすら、悪臭に感じるほどです」


 それは、真実だった。


 番であったルアを亡くしてから、私は他のオメガの発情期のフェロモンに誘惑されなくなった。それどころか、他者のフェロモンを悪臭とすら感じてしまう。


これは亡くなったオメガに対して、未だに強い執着を抱いているせいだろう。フェロモンが悪臭に感じるのも、私が独占力が強いアルファだからだと思われる。


 主であるエナのフェロモンですら、生ゴミのような匂いに感じている。本人には、非常に言いづらいが。


 医者曰く、運命の番を失ったストレスが原因らしい。治療法は不明で、私自身も治す気はない。


 オメガならば、契ったアルファがいなくなった場合は精神的に不安定になることがある。その場合は、薬やカウンセリングが必要になってしまう。


 私はアルファであったが、運命の番を失ったので酷い反応があるかもしれないと考えていた。だが、実際はオメガのフェロモンを嫌うようになっただけであった。


 新たにオメガと番ことは出来なくなったが、私はルア以外の番を作る気はなかったのでちょうどいい。


「そうか……。言い難いことをありがとう。しかし、なるほど。フェロモンが効かないアルファならば、エナの護衛の騎士にはピッタリかもな」


 私は、バートルに気に入られたようだった。


 エナはオメガなので、一番身近にいる騎士にはベータを望んでいたのかもしれない。けれでも、アルファが使えるならば使いたいという思いもあったようである。


 なにせ、世間ではアルファの方が優秀だと思われている。私的には、アルファやオメガ、ベータも変わらないと思っているのだが。


「あれ……。バートルにエナ?」


 茶会に響いたのは、予想外の人物の声だった。兄弟のお茶会に表れたのは、リトリ王子だ。


 年齢的には兄弟のなかでは最年長だが、顔色が悪くて線が細い。それは頼りないというよりは、もはや病的であった。気配も薄くて、まるで幽霊のようである。


 この人もアルファなのだが、悪い意味でも良い意味でもアルファらしくない。アルファならば、身体が大きく育つ可能性が高いからだ。


 黒ぐろとした髪と黒曜石を思わせる瞳は、はるか東方の国の出身だという母親似らしい。顔立ちも他の兄弟に比べれば彫りが浅く、異国人を思わせる。


「リトリ兄さん……。今日は、エナとのお茶会なんだ。悪いけど、遠慮してくれ」


 わざわざ咳払いまでするバートルに、二人の微妙な力関係が見え隠れする。バートルの女騎士とリトリの壮年の騎士も互いを牽制しあいうように睨み合っていた。


 あまり良い雰囲気ではないが、エナは気にしていない。日常茶飯事なのかもしれない。


 エナの騎士になってから知ったことだが、王子たちの母親はそれぞれの運命をたどっている。


 エナの母親は、エナが物心つく前に毒殺。


 その犯人のだと疑われたバートルの母親は、首都から離れた館で幽閉されている。噂では毎日暴れて、気が狂ったように過ごしているらしい。


 そして、城の女主人となったのは元は下級貴族だったリトリの母である。王宮を取り仕切り、息子のリトリを王位に据えようとしているという噂があった。


 この情報だけならば、最年長のリトリが王位継承一位になってもおかしくはない。


 だが、リトリの母は側妃になる前の身分が低い。さらには、バートルの母の罪にも冤罪説などがあって、現状は複雑に絡み合っているようだ。


 そのために、今は正妃の子であるバートルが王位継承一位となっている。


 バートルの身内に母を殺されたとされるエナは、それをおくびにも出さない。物心つく前の話だという事もあるのかも知れないが、少しばかり異様なほどである。


 おかしなことに口を挟んで、王位継承権を廻る微妙な力関係を引っかき回したくないのか。それとも、自分も毒殺されることを恐れているのか。


 主であるエナの真意は、今のところ私には掴めていない。


 なんであれ、王家の三兄弟の内面は得体がしれない。


 バートルのエナに対する優しさでさえ、純粋に弟可愛さからくるものかも怪しくなってくる。バートルの母は、エナの母を殺した犯人とされているのだから。


「僕を追い出さないでよ。エナが自分で騎士を選んだと聞いたからね。バートルに、お披露目をしていたのかな。僕にも紹介してくれるかい?」


 リトリは、私の方を見た。


 感情が読み取れないリトリの目は好きではないが、政治には向いていそうだ。バートルより素直ではなさそうなところが良い。


「へぇ、アルファなんだ」


 私は、リトリにも同じ説明をした。


 リトリはあまり私に興味は持たずに、バートルとエナだけを見ている。気になるのは弟二人で、私のことはオマケだとでも思っているのだろう。


 リトリの騎士が、咳払いをした。


 人の目があろところだから何も言わないが、リトリの騎士は主人にも物申すタイプらしい。


 私よりも随分と歳上の騎士だからなのだろうか。なんであれ、騎士というよりは目敏い家庭教師のようだった。


「久しぶりに可愛い弟たちと交流したかったけど、バートルがうるさいから帰るよ」


 リトリは去ろうとしたが、思い出したようにエナを見た。


「そうだ。海にいくなら、二メアス家に気をつけて。あそこは、君の母親とは縁が薄からぬ場所だから」



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