第17話 相手を思いやること
見返りなしで常に相手を思いやること。
これが愛情という感情の一面ではないか。
僕はそう思う。
そう、見返りは要求してはならないのだ。
そして相手が喜ぶことは精一杯叶えてあげるべきなのだ。
当時僕は大学生。
彼女は女子高生だった。
*****
僕: 「はぁ・・・」
という深いため息。
財布の中身にはもう何千円かしか残っていない。
しかし次の仕送り、バイトの給料日まではまだ半月以上ある。
何度眺めてみても紙幣は1000円札であり、いくら探してもお金は隠れていなかった。
家賃別で月9万円の仕送り。それに加えてだいたい月10万円のバイト代。
可処分所得19万円は決して低くはない。
むしろ大卒初任給に匹敵する。
目の前にはUFOキャッチャーがあった。
大きめのぬいぐるみなのでチャレンジ代は一回500円である。
彼女: 「ねえ、あれ取ってよー」
すでに5回、3000円分失敗している。
ぬいぐるみが大きいのでうまくつかめないのだ。
僕: 「うん、じゃああと一回だけやってみるよ・・・」
僕は泣きそうな顔でコインを入れた。
ウィーン、ガシャ、ガシャ、
よし、うまく重心部分をつかんだ!
ウィーン、 ボト。
アームがぬいぐるみを離したら、落とし筒にはじかれて横に落ち、取り出し口には落ちてこなかった。
僕&彼女: 「あ~あ」
がっかりした表情の彼女を見て、僕も残念だったがもうゲームは続けられない。
僕: 「じゃあ行こうか」
とその場を離れようとしたのだが、彼女はその場に立ってむすっとしている。
彼女: 「・・・負け犬」
・・・え?
彼女: 「このまま終わらせて満足なん? 悔しくないんか? オトコやろ?最後まであきらめないっていう男らしさはないんか?このままやったら人生の敗北者やで?」
彼女は僕のソデを掴んでそう言った。
僕: 「・・・。」
UFOキャッチャーの敗北者は人生の敗北者なのか
一時間後、デートの帰り、クルマの中。
彼女: 「これありがとうね、大切にするね、一週間くらい(笑)」
助手席に座る彼女の胸元にはさきほど獲得したぬいぐるみがあった。
1年くらい大切にしてよ、とは言えずに僕は泣きそうな顔でうなづくしかなかった。
彼女: 「ねえ、さっきから静かだけどどうしたん? 何か悩みごととか考えごと?」
僕の財布にはさきほどまで何人かの夏目漱石さんが鎮座していた。
福沢諭吉さん、新渡戸稲造さんには月の初めの一週間しか会うことはない。
一番中がいいのは夏目さんだったのだが、もう銀色の硬貨しか財布には入っていなかった。
ついさっき、最後までいてくれた彼らも家出してしまったのだ。
腎臓って、いくらで売れるんだろう・・・?
僕: 「え?いや別に何も・・・?」
ハンドルを握りながらそう答えた。
彼女: 「そういえばもうすぐ付き合ってから一年やんなー。1周年やで1周年。二人でお祝いしよなー♪」
僕: 「うん」
彼女: 「あたしダイヤモンドの指輪欲しいなあ、こーんなでっかいやつ」
彼女は両手を大きく広げてそう言った。
そんな墓石みたいなダイヤモンドはこの世に存在しないんだよ・・・
僕: 「・・・。」
それに、くすり指がちぎれる。
僕: 「ごめん、お金がなくてさ・・・」
クルマを運転しながら、小さく、僕はそう言った。
当時日本では中小企業向けの悪質な融資が問題となっていた。
銀行の貸し渋り・貸しはがしを受けて中小企業は借り入れに困り、やむなく暴力団の要素が強い商工ローンなどから融資を受けたりしたのだ。
その後の悪質な、酷い取り立てで自殺した人が何人もいるのだという。
それらニュースの中で何回も放送されたのは債権回収者の非人間的なこの言葉だ。
彼女: 「腎臓20個くらい売れや(笑)!」
運転する僕の手が少し震えていたのは、笑いながらそういう彼女の目に、かすかに本気の色を感じたからだった。
僕: 「・・・。」
腎臓は2つしか持ってないんだよ・・・、ごめんね。
クルマは彼女の家の前で止まった。
彼女: 「今日は楽しかったよ、ありがとうね」
そういって僕の頬に軽くキスをした。
僕: 「うん」
彼女: 「指輪のサイズは9号やし」
僕: 「うん」
彼女: 「おやすみ」
僕: 「おやすみ」
その晩僕は震える指先で電話をかけた。
何回かプッシュホンを押し間違えた。
泣いていたからだった。
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