第9話 メリークリスマス

クリスマス。


それは恋しあう男女がお互いのハートの居場所を確認しあう聖なる夜。


たしかにヨーロッパでは家族で過ごすニューイヤーデーであるかもしれないが、日本ではそうではないらしい。


12月に入れば男女問わずなんとなくそわそわしてしまうもので、彼氏彼女がいる人はそれなりに、彼氏彼女がいない人はなんとなく居心地の悪い年末となる。


それでもなんとなく街が活気づくのはいい感じで、赤と緑に彩られた街のデコレーションは僕の心をうきうきさせる。


これまでの20数年間、クリスマス自体にはあまりいい想い出はない。中学、高校のときも塾の冬期講習とか受験勉強で忙しかったし、大学に入ってからもちょうどそのころにウィンドサーフィン部の年末合宿で活気づく街とは無縁だったのだ。


その年のクリスマス、僕には彼女がいた。


調子にのりまくった女子高生だった。


*****


とある11月のある日のこと。


彼女「ねぇねぇ、クリスマス、どうするの?」


関西ウォーカーを読んでいた彼女が言った。


僕「クリスマス? まだ一ヶ月も先の話じゃん。 それよりも紅葉の季節だから嵐山にドライブでも行こうか」


彼女「一ヶ月『しか』でしょ? レストランだって、ホテルだって予約で一杯なんだよ? 早い人なんて去年のクリスマスから予約してるんだって。ホラ、ここのレストランとか」


『神戸の夜景が見渡せるフレンチレストラン。


特別クリスマスディナー(要予約)、


御一人様30000円(シャンパン付き)』


おまえは何サマやねん?


僕「い、いや、それはちょっと高いような気がするかな・・・?」


彼女「え~?! せっかくのクリスマスなんだよ? 二人の初めてのクリスマスなんだよ? 絶対に不二家のケーキじゃダメだからね!」


ペコちゃんをバカにするな。


パートのおばちゃんたちが一生懸命つくってるんだぞ。


僕「あれもあれでおいしいとは思うけど・・・」


彼女「だってそんなんじゃ友達に自慢できないもん」


たしかに30000円×2=60000円も出せば自慢のメニューになるだろうけど、やっぱりおれが全額出すんでしょうか?


っていうか、自慢するためなのか?


僕「友達に自慢するんじゃなくてさ、もっと、ホラ、おれたちのためのクリスマスにしようよ」


少し考えたあと、彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。


彼女「うん、そうだね」


僕はきっとこの笑顔にホレたのかもしれない。一瞬見せるその笑顔が、いつも僕をドキドキさせたのだった。


彼女「ところで、ホラ、このプレゼント特集、見てよ。ティファニー、カワイイ~」


買えってか?


*****


結局、僕が『素敵なクリスマス』を演出することで話は落ち着いた。


今から考えると、その方が高くついた(苦笑)。


12月に入るまで、僕は結構バイトに精を出し、贅沢しないように気を使って節約しなくてはいけなかったのだ。


僕は彼女がとても好きだったから、だから彼氏と初めて過ごすというその彼女のクリスマスを一番のモノにしたかったのだ。


12月24日。クリスマスイブ。


その日の午前中、僕はスーツ姿で彼女を迎えに行った。


事前準備として必要なのは、彼女にアリバイ工作を頼むことだけだった。その日の晩、彼女は友達の家でクリスマスパーティをするということになっていた。


僕は彼女を半ば誘拐する形で、そして彼女は自ら進んで誘拐される形で、クルマに乗り込んだ。


向かう先は神戸、ポートピアホテル。


まずはそこに荷物とクルマを置き、南京街へご飯を食べに行く。


そして夕方暗くなってからルミナリエにイルミネーションを見に行き、そしてそのあとポートピアランド遊園地のクリスマスイルミネーションを見に行く、というスケジュール。


ホテルに帰ってから、最上階にあるバーへ行き、カクテルグラスを交わす。


彼女がケーキを作ってきたから、部屋に帰ってから二人でそれを食べながら、いつもとは違った会話をしよう。


いつもはバカな話しかしてないけど、今日はクリスマスだから、違う僕を見せるのもいいかもしれない。


そして2つセットのシルバーリングのうちの一つを渡すんだ。


彫ってある文字は『 In Love We Trust 』。


実際、ほとんどそういう予定通りに僕たちは遊んで、彼女はそういうクリスマスデートに感激していた。


一年前、中学生のときのクリスマスとはケタ違いなのは当然だろう。


普段はどこか大人びて見えて、こまっしゃくれたところも多かったけど、この日だけは素直に喜んでくれて、年齢相応の女のコだった。


次の日の朝。


ホテルをチェックアウトしたあとのこと。


クルマに乗り込もうとする僕と彼女。


このときまでは順調にすべてがうまくいっていた。すべてが僕らを祝福してくれていたようだった。


しかし、この言葉ですべてが台無しだ。


隣のクルマ(シーマ!)に乗り込もうとしていた愛想のいいおっちゃん(パンチパーマ!)の一言。


おっちゃん「仲良さそうでええなあ。援助交際か?」


神サマ、僕、なにか悪いことしましたか?


その後、帰りのクルマのなかがやたらと湿った空気だったのは言うまでもない。

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