ネオンで輝く町

@haruka_workroom

第1話 おはようと共に飛び込む色

 ここは、ネオンライトシティ。 某国のはるか地下に存在する、管理統制区域。

 いくつかの条件とやたら面倒な申請をクリアした者のみが住める、その名の通り人工的でサイケデリックな明かりで包まれた——不思議な町だ。


 私はそんな町で、在宅型の娯楽提供労働者……分かりやすく言ったところの漫画家として勤めている、しがない独身女性だ。

 ここでの町は刺激こそ少ないものの、ここに住まなければ決して味わえない体験が数多く存在する。 私のような偏屈なものにとっては素敵な町に映るだろう。


 さて、今からはそんな変わった町で過ごす変な人こと私の日常について話していこうと思う——



 漫画家の朝は早い。 毎日毎日急いで描いても、いつも締め切りの日ギリギリの完成になってしまうからだ。 まあ私の筆が遅いだけなのかもしれないが——そんなことは関係ない。 ほんのわずかでもいいので作業時間を確保するために、早起きは欠かさないようにしている。


 とは言っても、この町に暮らしていると本当に今は朝なのか?と思うことがしばしばある。

 ここは、はるか地下に存在する町だ。 太陽の光など届くわけもない。

 その代わりといった形で、町中を彩るケミカルチックな照明が周期的に光量を変化させ、『それっぽさ』を表現しているのだが……それでも今は何時かと分からくなる時がよくある。

 所詮は人工的なまがい物の光だ。 それで正常に人体が機能するとは、私は到底思えない。


 そんなことを言っていてもしょうがない。 今は朝だなんと言おうが朝なんだとなんとか自分の体に教え込むと、そろそろ同居人も目覚めたようだ。

 少し言うのが遅れたが、私はとある同居人と一つの家をシェアして暮らしている。 彼女は最近この町に越してきた、漫画家である私に対しての編集者だ。 定期的に敵とみなすこともあるが、普段は私の大切な味方、ようは友人として仲良く暮らしている。 ほんとだよ?


 「んふぁぁ……あ、おはようございます。 もう起きてたんですね」

 「うん。 私はいつもこの時間には起きてるけど、別に無理して合わせようとしなくていいからね」


 そんなことを言いつつも私は寝室のカーテンを全開にし、部屋中にちかちかと輝く町中の不健康な明かりを取り込む。

 ああなんと目に悪い赤紫なのだろう。 昨日は青紫の偽朝日。 毎日違う色の偽物の朝日を浴びて、この町に住む人々は目を覚ますのだ。

 ちなみに、こうして毎日朝日の色が違うのは、この町を管理する公的組織による社会実験の一つらしい。 なんでもこうして犯罪率や仕事の効率はどのように変化するのかを測定しているのだとか。 それと同じ理由で偽夕日の色も毎日違う色とされているらしい。 まあ眉唾ものだが。


 「~~~~っっ、はぁ。 ウチはやっぱり慣れませんねぇ、この変なモーニング」

 「私もそう思ってたよ。 でも割とすぐに慣れちゃうんだよ、不思議だねぇ」


 そう言って私は玄関まであるものを取りに行く。 朝に欠かせないのは、そう、朝ごはんとお供のニュース番組だ。

 玄関のドアを開け、郵便受けを開け、中の小箱を軽くラベルを確認した後に取り出す。 それが、今日の朝ごはん。

 この町に住む者はみなこうして特定の時刻に配給される水分と食糧で生活している。 いかにも小説の中の架空都市っぽい社会体制だが、実のところ私はこれをかなり気に入っている。 栄養バランスや財布と相談しながら今日の献立を考える手間も省けるし、そもそも火と刃物がそこまで得意ではないからだ。


 私が少し浮かれたような気持ちで小箱を居間まで持ってくるとすでに同居人はテーブルの上に散らばっていたゴミなどの整理を終わらせテレビを見ていた。 ネオン・テレビジョン社の放送する、いつものニュース番組。

 この町ではこのテレビ局の放送する番組しか見れないが、いうていくつも局があったところで見るものの大まかな内容は変わらないだろう。 別に飽きが来ることもない。


 『——本日は中央区の空調システムも非常に安定しており、お仕事をされる人も多いながらも絶好の外出日和となっております——』


 「今日は何ですか?」

 「テイスティ・サプリ(ペパロニピザ味)だって。 『一食一粒、水で膨らみ満腹感もバツグン! 噛んで食べるグミ食感』……」

 「わぁ、バリエーション豊かですねぇ。 昨日は水で練ってオーブンでブンって焼く粉みたいなやつでしたよね」

 「あぁ、ハンバーグステーキ味のだっけ? ある程度パターンはあるけど味や食感の種類が豊富ってのはいいことだよねぇ……それじゃ、いただきます」

 「いただきます」


 食事時間、わずか一分足らず。

 若干の物足りなさを感じるような気もするが、それでも楽しい食事の時間であることに変わりはない。 科学チックな肉の風味をしっかり奥歯でかみしめながら、ちょっとでも長くこの時間を堪能しようと努力する。


 『——休暇を申請して、一日だけの小旅行に出る、という人も最近は多くなっているようですが——』

 『——そういった人たちに特におすすめしたいスポットでしたね。 私もちょっと興味が湧いてきました——』


 「仕事、いつから始めるんです?」


 私も同居人の彼女も、机の上に頬を乗せながら食後のパックウォーターを飲みつつ、だらけ切った力ない声で会話をする。


 「もうすぐ始めるつもりだよ。 これ飲み終わったら」


 とは言いつつもなんとなく妙に冷たい視線を感じたような気がするので、手に持つパックを握りつぶすようにして残りの水分を一気に飲み干し、その勢いのままにいつもの作業部屋まで飛び移る。

 奥の方にある机の上には全体の七割ほどを埋め尽くすほどの照明付き作業台、その上に昨日までに作っておいたネーム、脇には道具入れに使っている小棚と、隣にインスタントココア専用マグカップとマグ専用ミニテーブル。

 私は部屋の電気をつけるといつもの流れでやたら座面の硬い安物の椅子に座って作業を始める。 もうこの椅子とも長い付き合いになるが、彼はどこか私とはそりが合わないところがある。 このまま付き合ってもお互いのためにならないので、次お金が入ってきたら容赦なくこちらから別れを切り出してやるつもりだ。


 すでにこの先の展開、それぞれのコマについて何をどのような構図で描くかは頭の中に入っている。 キャラのセリフも昨日寝る前に最終確認を行って、メモも……そうそう、このあたりに置いている。 いくら筆の遅い私でもこれだけの条件がそろってさえいれば今日中に一話分は描けるはずだ。


 私がこうして机に向かい仕事をしている間、うちの同居人は一体何をしているのかというと……特に何もしていない。

 ふと気になって一瞬だけ居間の方を振り返ってみるが、そこにはぼんやりとテレビを眺める彼女の姿が。 時折通話機器を手に取って何やら打ち合わせをしていることもあるが、彼女は基本的には毎日”こう”だ。

 そうか、私はこんな奴に早く仕事しろ、現行はまだかと急かされているのか……いや、それとも私が彼女に急かされるほど仕事が遅いから、彼女の仕事も滞って結果的にああなっているのか? 正直どうでもいいことではあるが。


 「——はぁ……」


 静かな部屋の中に、コメディ番組が放つ騒音に紛れてそんな小さなため息が聞こえる。 我が同居人のものだ。

 そう言えば彼女は私よりもここでの生活が短いために、この町での暇の潰し方を知らないのだろう。 それはよくない。 退屈というのはたいていのケースにおいて結果的にそれを感じた者の健康に被害を与えるのだ。

 しょうがないと、私は作業机の上を見る。 無心で作業を進めていたからか、気付けば相当な量がそこには出来上がっていた。 これなら——うん、多少は大丈夫かな?


 「おーい」

 「あ、もう漫画の最新話完成したんですか? それじゃあチェックしますね」

 「そうじゃなくて、あんたさっき暇そうにしてたでしょ」


 私がこの町での暇つぶし法を、この町の楽しみ方を教えてあげよう——

 そう言った途端、彼女の表情が変わった。 本人は気付いていないようだが、いま彼女の目は眼前に餌をちらつかされた時の小動物のように輝いている。 分かりやすい奴め。


 「大丈夫、漫画の方はもうちょっとで描き終わるから。 それじゃあ、ちょっとお出かけしましょうか」

 「この町、ネオンライトシティの楽しみ方……ちゃんと、教えてくださいね」

 「もちろん」


 私たちは久しぶりに玄関の棚からそれぞれお気に入りの靴を取り出し、外へと一歩を踏み出すのだった……

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