第五話 茶と焔と祝福と
藁や工具や防具を乱雑に積んだ荷台でリリス・ヴェイルは「んもー」と喉を鳴らすような声でヴァルターの腕をとった。
「ほんっっっとに、おっちょこちょいっていうか、おまぬけさんっていうか……かわいーんだからァ」
「おい、おっぱいチビ。そっから離れろ。その汚らわしいおっぱいをヴァルターにくっつけるな」
「あっ、ちょ、な、なにすんのよ! 裏切り者の王国騎士! あんたなんて、捕まえられてひん剥かれて、下賤な騎士どもにマワされて、全裸で広場で公開処刑よ!」
「なんて破廉恥な妄想をっ! 悪魔ッ、ゴミッ、女の敵ッ!」
「はんっ! べつに誰が敵になったとしても、あたしはヴァルターとふたりで山奥で幸せに暮らすんだから、どーでもいいものー」
「こらっ、くっつくな! 汚らわしい!」
ヴァルターを真ん中に右と左でセレナとリリスが口論を続けている。
かれこれ、もう三十分も続いているわけで。
荷馬車の御者として腰を降ろしている黒角のガルスが振り返って。
「あのさ、小さい女の子も乗ってるんだから。ちょっとは話題を考えたらどうなんだよ。いい大人なんだろ?」
山賊のわりに真っ当な指摘を受けてしまい、セレナは「うぐっ」と唇を噛み、リリスは「あたしだって子どもだい!」と謎の虚勢を張った。
世界が自分中心で廻っていると思っているのか、リリス・ヴェイルは「ふん!」と鼻を鳴らしてから、黒角のガルスに言った。
「そもそもさ、あんたらのアジトが山奥にありすぎるのがいけないんじゃないの? こんなガタガタ道をあとどれぐらい我慢しなくちゃいけないって言うの!」
「あの、リリスさん……ちょっと言い過ぎですって」
ヴァルターが言葉を挟むとガルスは「いいんだよ。こういうの、慣れてるから」と妙な耐性を示してきた。こういうのに慣れているというのは、どういう意味だろうか。
山奥のアジトに到着したのは、それから間もなくのことだった。
獣道を進み、木製の柵囲いの門を抜けると煮炊きの匂いがする森の集落が現れた。
「うわっ、これが山賊のアジトか……」
「なんか小ざっぱりしているっていうか、綺麗に整頓されてるのね」
ヴァルターとセレナはぐるりと集落を見渡した。
ちょうど集落の真ん中に大きな火場があった。石材で四角く縁どられた炉から太い薪がパチパチと音を立てて燃えていた。その上部には図太い四本の丸太が三脚構造のように組み合わされ、自在鉤を成していた。吊るされた大鍋からは、それはそれは良い匂いが漂っている。
「なんだろう。炊事場かな……?」
ヴァルターがぽつりと疑問を呈したとき、集落のあちこちから『山賊の雄たけび』のような声が上がった。ガルスも山賊なのだから、雄たけびが聞こえても不思議ではないのだが――彼らのような野太さとは違う、強烈な怒号のような声だった。
その代表的な声は――。
「おっっっそおおおい!!! どこで、なにしてたっていうの!」
先陣をきって現れたのは、若い娘だった。長い黒髪の娘で、ガルスと同様に動物の毛皮を身にまとっていた。
「あわわっ、あの、ちょ、ちょっと手間取りまして、ええ……」
「手間取るって、なにがあったのよ!」
勢い込んで黒角のガルスに挑みかかる若い娘は「うそつかないで、ちゃんと言いなさい!」と母親のように言葉を重ねた。明らかにガルスの方が年上だし、身体も大きいし、威厳もありそうなのだが――。
「その、ちょっとした手配犯の賊と会っちゃいまいて、あの、戦ったというか、なんというか」
「はんっ!? 賊と戦ったの!? あんたまさか、ケガ人でも出したんじゃないでしょうね!」
「いえいえ、あの、そんなことはなくてですね……。ええ」
大斧をふるっていた黒角のガルスはどこへやら。
年下の女の子にガミガミとどやされるガルスを見ながら、ヴァルターはほかの山賊に目を向けると――山賊の多くが女性たちにガミガミと言われながら遠征の成果を報告していた。
その様子に「な、なんなの、ここ……」とセレナが呟いた。
この疑問に解答が与えられぬまま――。
「あら、この子ねぇ……。震えてるじゃない。ちょっとガルス! あんたね、なんでもっと早く助けてやんなかったのっ! この、ノロマ、ドジ、バカっ!」
ぴしんぴしんと短い鞭のようなものでガルスの腕や腰を打つ。「す、すいません……」と大男はまた謝っていた。
生贄となった女の子を抱きかかえて「おー、もう平気だからねえ」と優し気な言葉を投げた女の人――ガルスを言葉でも身体でも痛めつけていた女性――は、ヴァルターたちに気づいた。
「ちょっとガルス! この人たちはなんなの!」
「あ、あの、悪い人じゃないんです。ただ、その、ちょっと戦った賊と言いますか。その、彼らと出会ったおかげで、女の子を助けるのが遅くなったというか……」
「わかるように!」
ガルスを叱責する女性はそう言ってから「ごめんなさいね、騒がしくって。あの、お疲れでしょうから、あちらで休憩してくださいな。いま、お茶を出しますから」と矢継ぎ早に言い、集落の中心にある巨大な野外囲炉裏を示してきた。
彼女は慌ただしく――。
「ガルスッ、ちゃんと報告ッ! それとこの子の手当とお風呂ッ! あとお客様にお茶を!」
集落の人々に指示を出して女性は奥へと消えてしまった。
ヴァルターとリリスとセレナは、集落の女性に案内されて、囲炉裏の近くにある木製の長椅子についた。それから運ばれてきた茶色いお茶で喉を潤し、集落でこんなにおいしいお茶が出てくるのか、とヴァルターは驚いた。
それから十五分ほどして、ガルスと先ほどの女性が囲炉裏を囲うように椅子へ腰を降ろした。
「セレナさん、リリスさん……で、いいのよね? この度はうちのバカが、大変なことをしてしまって申し訳ありませんでした。あの、申し遅れましたが、わたしは妻のルグナです」
妻、というコトバにヴァルターとセレナが「うぇええっ!」「えええ!」と声をあげてしまった。
セレナが「し、失礼ですけれど……」と前置いてから。
「奥さん、なんですか? ガルスさんの……!?」
「ええ、そうなの。見てのとおり、だいぶ年の差ですけども、まァ、結婚しちゃうと細かい事は気にならなくなっちゃうものなんですよね」
ルグナと名乗ったガルスの妻は、明らかに若い。
ガルスが三十代の後半だとすれば、ルグナは十代の後半に見えた。
「この辺の男どもは口下手と言うか、誤解されやすい人たちなんです。生活能力もないし、好き勝手にさせていたら、その辺の野生動物みたいになっちゃう」
ルグナが喋っている間にも、ガルスのもとに幼い少女がおぼつかない足取りで近づいてきた。彼女の小さな靴の紐がほどけていることに気づいたガルスは、少女の身体を「よっこいせ」と膝の上に座らせ、図太い指で器用に少女の靴ひもを結んであげた。
そうして「あっち行ってな」と別の女を示して、背中を軽くぽんぽんと叩いて送り出す。
ガルスのそうした行動を認めつつ、ルグナは「まァ、あたしらが生活のすべてを担っているおかげで、ここはそれなりの文化レベルを確保してるってワケよ!」と豪語した。
「だから、この集落は綺麗に整頓されてるんですね!」とセレナが大きく頷く。
「そう、その通り! 飯も、風呂も、洗濯も、就寝も、ぜええんぶ、あたしら達が仕切ってる! やるのは旦那連中だけどね」
なんという場所だ、とヴァルターは愕然としてしまった。
「ガルスから聞いているかもしれないけど、山奥のコミュニティを維持するためには、絶妙なバランスの男女が必要なの」
げじっ、と旦那であるガルスの脛を蹴った。「いでっ!」とガルスは悲鳴を上げる。ちょうどリリスの魔法で脛を強打した場所だった。
「だから、わたし達は生贄になってしまった女の子や男の子を助けては、ここで一緒に暮らしているの。だって、子どもたちには帰る場所がないわけでしょ?」
するとリリスがぶっきらぼうにも。
「んで、あんたも生贄だったの?」
「えっ、ああ……、そうよ。わたしも生贄で、村から追い出された身なの」
「そんな小娘が、いまは山賊の集落の切り盛りをしている……か。すごい出世ね」
「最初はそんなつもりじゃなかった。ただ、この人たちに生活のすべてを任せたら越せる冬も越せないってだけ」
そこまで言ってルグナは「文句ある?」とリリスをけん制するように言った。
強い言葉を受けたリリスは「……ん」と小さく言葉を切って。
「文句はない。ただ、羨ましいなって思っただけ」
そう言ってリリスは立ち上がり。
「じゃあ、歓迎メシを楽しみにさせてもらおうかしらね。あたしの旦那はお疲れのようだから、寝床も用意してくれると嬉しいんだけど」
「ヴァルターはあんたの旦那じゃない」
リリスの言葉にセレナが訂正を入れる。
ルグナは「あんた達も変わってるね」と言って。
「ま、招いちゃいないけど、なんかのご縁だ。歓迎してあげる。ただ、長居するんだったら、集落の女になってもらわなきゃ困る」
「安心して、長居はしない」
リリスの返答にルグナは「それがいい。あたしとあんたはケンカしそうな気がするから」と言って立ち上がった。
「そうそう。寝床は提供してあげるけど子作りはよして。集落での子作りは十五夜の月じゃないとダメだから。そういう規則なの」
「ありゃりゃ、そりゃ残念――。もう今すぐにでも子どもを作ろうかと思ってたのに」
「バカ言わないで」
リリスの軽口をセレナが指摘するとルグナは「じゃあ、歓迎メシの支度をしてくるから。ゆっくりしていてくださいな」と立ち去った。そのあとを追ってガルスも席を立った。
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