剣を奪うゴブリン

 僕たちは昨日と同じ道を辿り、ダンジョンの右の通路へと足を踏み入れた。


 闇の中をフェアリーライトの淡い光が照らす。

 最初の曲がり角を曲がり少し進んだが、ゴブリンの気配はない。

 静かな足音だけが響いていた。


「この辺りで、ちょっと地図に描き足しておこうかしら」


 レインが足を止め、リュックから昨日買った紙と炭筆を出した。


「警戒は任せて。

 手早くね。」

 周囲を確認しつつ立ち位置を調整する。


 レインは紙を地面に広げ、迷いなく筆を走らせていく。その手元をチラリと覗き込むと、通路や角の位置が丁寧に記されていた。


「すごい、ちゃんと地図みたいだ」


「当然でしょ。こういうのは得意って言ったでしょ、私」

 得意げなレインに、僕は思わず苦笑した。


 再び歩き出してすぐ、前方から一体のゴブリンが現れた。

 棍棒を握っている。


「来るよ!」

 距離が近すぎて、魔法は間に合わない。

 ゴブリンが走りこんだ勢い、そのまま棍棒を振り下ろしてくる。


 盾で防いで、ショートソードで横なぎに振る。


 ゴブリンは後ろに下がって、牙をむき出しにして威嚇する。

 僕もゴブリンの後退に合わせて、一歩後ろに下がる。

 ゴブリンと僕の間に十分な距離が空く。


「燃え上がれ、灯火の子! ファイアーボール!」

 直後、レインの力強い詠唱が聞こえる。

 きっとそうしてくれるだろうと思っていた。


 ファイアーボールが直撃し、ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。


「連携、慣れてきたね」


「ね。どんどんペース良くなってる」


 いつものように手早く耳を剥ぎ取る。

 目ぼしいものは持っていなかった。


 さらに奥へと進むと、今度はゴブリンが二体。こちらとの距離はまだある。


「魔法、お願い!」

 レインの魔力が練られ、火球が放たれる。一体が崩れ落ち、もう一体が向かってきた。


 落ち着いて攻撃を待ち構え、盾で攻撃を受け止めながら切り返す。

 ゴブリンの喉元に刃が届き、音もなく倒れた。


 耳は剥ぎ取り、一体はナイフを握っていたため、回収。


 やがて、昨日たどったT字路に差し掛かった。


「ここも記録しておきたいわ」


「後ろに引こう。安全な場所で」


 少し引き返し、レインが紙に新しい枝道を描き加える。

 その間、周囲に目を凝らし、警戒を怠らなかった。


 パーティメンバーがもう一人でもいれば少しは余裕が出るだろうか。

 そんなことを考えてしまう。

 二人パーティは孤独ではないが、やはり少し心細さが残る。


 描き終えた地図を丸めて仕舞って、再び右の道へ。


 しばらくすると、ゴブリンの気配。距離はあるが、一体だけのようだ。


「来るわよ、ハルト」

 レインがそう言って集中に入ったのを感じる。

 距離がある、魔法が間に合いそうだ。


「燃え上がれ、灯火の子! ファイアーボール!」

 レインの火球は、だがゴブリンが直前で横に飛び避けられた。こいつは動きが速い。

 しかも、近づいて分かったが武器が普通じゃない。

 僕と同じショートソードだ!


「来る!」

 盾を構えると、金属同士の硬い衝突音。ゴブリンの剣撃を受け止めると同時に反撃するが、相手は後ろに飛び退いて避ける。


 にらみ合いが続く中――


「燃え上がれ、灯火の子! ファイアーボール!」

 レインのファイアーボールがゴブリンに向かう。

 ゴブリンは今度は転がるようにして避ける。

 だが、立ち上がる瞬間は隙だらけだ。


 一歩踏み込み、斬りつける。傷は浅いが怯んだ。さらに一撃を叩き込んで、ようやくゴブリンは崩れ落ちた。


「はぁ……やるじゃない、こいつ」

 レインが息を吐き、ホッとしたように言った。


 ゴブリンにも個体差がある、侮れないな。


 耳を剥ぎ取りながら、ゴブリンが持っていたショートソードに目をやった。


 近くでよく見ると、やはり自分の持っているショートソードとよく似ている。

 作りからして、元は冒険者が使っていたものかもしれない。

 倒した相手の武器を奪って、ゴブリンが戦っていた――想像するだけで背筋が冷えた。


「よし、これは高く売れそうだね」

 内心の複雑な気持ちを飲み込んであえて、明るくいった。

 ショートソードをリュックにしまう。

 剣を裸のまま入れるのには少し抵抗があったが、歩くだけなら問題はなさそうだ。


「今日は……ここまでにしようか。

 この剣は嵩張るし、多分売れるだろうから稼ぎとしては十分だと思うよ」


「そうね。これ以上深入りするのはやめておきましょ。お祭りが待ってるんだし!」


 来た道を引き返し、ダンジョンの出口に向かう。

 幸い、帰りはゴブリンに遭遇しなかった。


 出口の階段を上る際、レインがそっと寄ってきて

「ハルトは大丈夫よ」

 と優しく言った。


 どうやら僕の思っていることはすっかりお見通しのようだった。


「ありがとう」

 少しだけ足取りが軽くなった。


 ダンジョンを出て、街に向かう。

 外に出て、陽の光を浴びるとダンジョン内で考えた憂鬱な考えは解けていくように消えていった。

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