第4話~川尻さん~

俺〈吉岡〉はいつも通り、会社で仕事をしている。


パソコンを打つ音が、周りから多く響いてくる。


この音は最初のうちは「会社に来たんだ」という新社会人としての意気込みが含まれていたのだが、次第に時が経つにつれて、億劫になってくる。


むしろ、パソコンを打つ音が耳障りになるほど、俺の心は曇っていた。


「吉岡君」


重たく大きな恐怖の声が聞こえて来た。


俺はデスクから立ち上がり、部長〈石塚〉の席に向かっていった。


これはどうせ叱られるのだろう。


石塚はなんだか多くの紙を一束に持っている。


以前書いた報告書や、企画書が上手く行かなかったのだろう。


これが本当にストレス以外何物でもない。


恐怖に感じながらも


「はい。なんでしょうか」


石塚は持っている書類を出し


「これを、来週までに終わらせてくれ」


「なんですか? これは」


「来月のプロジェクト会議のデータだ。これを君に任せる」


「え?」


「まぁ強いて言えば、君はプロジェクトのリーダーであり、本部長として任せるということだ」


「本当ですか!?」


「頼んだぞ」


そう言って企画書を渡された。


そこには〈新商品・新開発プロジェクト〉と書いており、我が社が誇る玩具を更に超えるゲーム企画プロジェクトを担当することになった。


これは俺にとっては喜び以外何物でもない。


最後の石塚の笑顔が、天使の微笑みに見えた。


石塚もかなり期待を込めてくれているのだろう。


これは期待を込められている分、しっかりと倍にして返さなければと思い、やる気をマックスにしつつも、デスクに戻ると


「良かったな」


そう言って同期の〈丸山〉が声をかけて来た。


「そうだよ。遂に俺も本部長の域まで来たよ」


「そうだな。でも気を付けろよ。やる気満々にして、体調壊したら元も子もないぞ」


「分かってるよ」


そんなことは分かっている。


だが、本部長を任せてもらうのに、どれだけの時間がかかったか。


この会社に入社して五年。


一切役職を設けてもらえなかった俺にとっては、これは一大チャンスだ。


これを逃したら、俺にはもう道がない。


そう感じながらも、パソコンを前に企画を考えていた。




その日の夜。

俺は徹夜覚悟でパソコンの前で考えているのだが、一切降りてこない。


やはり我が社が誇る玩具の人気が凄まじく、日本人だけでなく、外国人も多く買っているため、それを超えるとなると、かなりのプレッシャーに押しつぶされる。


しばらく考えてみるが何も浮かばない。


だが、ゲーム企画というヒントは出ているため、色々と案は浮かびそうである。


「うーん。これは参ったな」


すると誰かが肩を叩いてきた。


振り向くと、そこにはスーツ姿の中年男性が立っており、こちらを微笑みながらも見ている。


かなりの貫禄観溢れる背格好に、一瞬社長かと思い、すぐに立ち上がってから頭を下げて


「あっ、お疲れ様です」


「お疲れ様」


「今日はどうされたのですか? もう一時ですけど」


「ちょっとね。通りががったので」


「あぁ、なるほど」


俺はそう言って何をすればいいか分からずに、ただ茫然と立ち尽くしていると、男性が俺のパソコンをじっと見つめてから


「もしかして、ゲーム企画の新商品プロジェクトですか?」


「はい。例の玩具を超えろと言われまして」


「あぁ、あれね」


「ゲームというヒントは頂いているのですが、中々浮かばなくて」


「そうですか」


その男性は隣の席を使い、座り始めてから


「最近、子供たちに流行っているものはなんですか?」


俺もすぐに座り、しばらく考えてから


「そうですね・・・最近は、人気アニメとコラボした商品が多いですね」


「それだとやはり流行に乗っている気がして、あまりオリジナル性は感じないんだよな」


「やはりそうですか」


「君は今、案は浮かんでいるのかい?」


「いえ、何も」


俺は恥ずかしながらこんな言葉を、社長に伝えるとは思ってなかった。


これが部長に知れたら、すぐに本部長解任だ。


すると男性は


「よし、俺が手伝ってやろう」


「え?」


「いいか。子供はやはりスケールの大きさと、遊び心が溢れる玩具が欲しいんだ。例えば実際に小さい水堀を作って、釣りをするゲームとかあるだろ?」


「はい」


「それも玩具だから出来ないという一種の固定概念を覆した画期的な商品だ。それと似たもの、つまり固定概念を覆せば、子供だけではなく大人も遊び心に火が付くということだ」


「なるほど」


「それで何か浮かんできたか?」


しばらく考えていると、一つの物が浮かんできた。


「それだったら、クレーンゲームってどうですか?」


「クレーンゲーム? 他にあるだろ」


「いえ、クレーンゲームのものって食べれないじゃないですか。違うんです。本物に近い大きさを作って、本物のお菓子やおもちゃを入れるんです。それで本物のお金を入れるような仕様にすれば、大人も楽しめます」


「なるほど」


「それとか、まさしくアニメとコラボをして、アニメのカードとかも入れられるような発売をすれば、きっと売れると思います」


「それはいいアイデアだな」


本物のお金を使えば、子供が無駄にお金を使わずに済むかもしれない。


大人もそれを食費や家賃などに回せる可能性だって出てくる。


それが大人も子供も遊び心をくすぶられるものだ。


男性は微笑みながらも


「それで行ってみればどうだ」


「はい。チャレンジしてみます」


「それと一つ、俺からもアイデアいいか?」


「なんですか?」


「アームの強度も、本物に寄せた方が良い。取れ放題だとかえってつまらないからな。それと商品価格は、六千円から八千円前後だ。そうすれば、良い誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントになるだろう」


「分かりました」


「それじゃあな」


「お帰りになられるのですか?」


「当たり前だろ。俺も眠たくなってきた。頑張れよ」


そう言って俺の肩を叩いてから、その場を後にした。


社長にしては、こんな夜遅くまで残るということは、かなりの会社や社員想いなのだなと感じながらも、先ほど言われたアドバイス通りの企画書をまとめ始めた。




翌日。

石塚に企画書を見せた。


しばらくページをめくりながらも、何度か頷きながら見てから


「良いじゃないか。これで行こう。きっと成功するはずだ。ありがとう」


「いえいえ、これも全て社長のおかげですよ」


「社長?」


「はい。昨日スーツを着た男性が僕のデスクに来て、色々とアイデアを浮かばす手伝いをしてくれて」


石塚はしばらく考えてから


「スーツは何色を着ていた?」


「確か・・・」


あれは確か、ベージュだ。


ライトの光で確かにベージュ色が見えたため、かなりオシャレな服を着ているなと記憶に残っているのだ。


それを説明すると、石塚は目を見開いて


「それ、川尻さんだよ」


「川尻さん?」


「例の玩具を作った企画担当者だよ。これを発売した翌年にガンで亡くなったんだが」


「あぁ・・・」


俺は思わず言葉を失ってしまった。


確かにあの玩具の企画担当者が既に亡くなっていたと聞いたことがあったが、それがまさかあの方とは思いもせず、亡くなった幽霊から全てアドバイスを教わったと思うと、なんだか怖いというより、温かい気持ちになれた。


「何度かいるんだよ。川尻さんから教わったって。それに新人担当者が多いから、恐らく励ますつもりでいるんだろ」


「なるほど」


すると、石塚が立ち上がり


「ちょっとついてこい」


「え?」


そう言われて、石塚の車に乗せられた俺はしばらく遠い地方に向かった。


現在仕事中でもあるのに、何故こんな場所まで連れてこられるのか意味が分からなかった。


だが、車の中でも石塚は黙って運転を続けている。


しばらくすると、広い墓地に着いた。


仕事中に墓参りかと思い、若干引いていると


「ついてこい」


そう言われて、しばらく石塚について行くと、一つの墓の前で石塚が立ち止まった。


目の前には「川尻」と書いた墓がポツンと立っていた。


すると石塚が手を合わせて


「また現れてくれたのですね。ありがとうございます」


俺も石塚に合わせて、すぐに手を合わせると


「いいか、吉岡。俺は川尻さんには世話になった。だからこそ、現れてくれた暁には、すぐに墓参りに来ている。それを忘れるな。川尻さんは会社の困難を救った偉大な人だからな」


「はい」


ふと、目線を逸らすと石塚の近くに川尻が立っており、微笑みながらも石塚に向かって頭を下げていた。


俺は思わず感動しながらも、川尻に頭を下げると、川尻が近づき、俺にこう言った。


「ありがとうね。頑張れよ」


そう言って俺は微笑みながらも頭を上げると、川尻は笑顔で消えていった。


これは良心的な怪談として今後も受け継がれていくだろう。


今日はいい天気だ。


~終~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る