十六

 そこまで話して少し言葉を詰まらせたので、ルームミラー越しに彼女を見ると、彼女は少し辛そうな表情をしていた。

「『忌み物』に障られた物は、たとえそれが残滓でも侵食されてしまいます。特に現実との繋がりである肉体を持たない魂は侵食されやすく変質しやすいのです。お婆様は自分の変質に気付いてあなたから離れた。お婆様の魂がどうなってしまったかは、私にもわかりません。」と彼女は言った。


 話を聞きながら、目頭が熱くなり鼻にツンと来るものを感じた。そうか婆ちゃん、助けてくれてありがとうな。暗闇の中で見た影は不鮮明だったが、それでも在りし日の婆ちゃんの面影を感じた直後だったので、無性に寂しく感じた。随分昔に感じた哀惜を再び感じる日が来ようとは。


「お婆様は最後に私を呼んでくれました。私は意識が戻ると急いで車外に出て、障られて動けなくなっている貴方を受け止め、祓いの術を始めました。貴方の魂と繋がり、現実への道筋を作り、貴方に迫ってくる残滓を常世に押し込みました。」


 サラッととんでも無い事をやってのけた彼女の話を聞きながら、改めて俺は本当にここは現実かと怪しんだ。愛らしいお嬢さんだが、とんでも無いスーパーヒーローと話している気がしてきた。「漫画の主人公みたいっすね」と思わず軽口を吐いてしまったのだが、彼女の表情がふと曇った。

 

「代々受け継いできた力ですが、この力は余人には悍ましいモノに映るそうです。特に魂の存在には私そのものが忌むべきものに見えるみたいで……」


 そう言いながら彼女の声に少し震えが含まれていた。ふと気がついて彼女は目を閉じると頭を振った。

「ごめんなさい、余談がすぎました。」


 言葉を詰まらせ、窓の外に視線を向けた彼女の眦に小さな雫が見えた。きっと長い話があるのだろう。でもそれを受け止めてあげられるほど、俺は彼女のことを知っているわけではなかった。

 こんな時、気が利いた事が言える様な器用さは無かったが、礼を言うべき時は知っているつもりだ。

 

「でも俺は貴女に救われました。」

 その言葉に彼女が何を感じたのかはわからない。頭の後ろに視線を感じる。運転中なので一瞬だったが、ルームミラーに写る彼女の視線を受け止めると、「ありがとう」と目元を緩めて答える。


 しばしの沈黙の後、彼女は「はい」と小さく、だけど少し自信を滲ませた声で言った。


 

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