婆ちゃんの人影の向こうに、赤く光る何かがいた。それは最初とても小さな光のようだった。小さく揺らぎながらそれは段々大きくなっているようだった。婆ちゃんの影が後ろから赤い光に照らされて輪郭だけが明るくなり、暗く澱んだ。


 その光は焔がメラメラと揺らいでいるようにも見えた。だが炎の塊が大きくなるにつれて、その認識は間違っている事に気がついた。遠くで赤い炎が煮えたぎっている。だがそれが揺らめいて見えたのは人の動きのせいだった。無数の人が炎から逃れるようにこちらに向かって走ってくる。

 人々は何か叫んでいた。いや、叫ぼうとしていた。苦しみと悲しみを訴えようと必死に口を開けるが、その体は赤い炎に包まれ、言葉は吹き出す炎に飲み込まれた。生物が焼ける時のきな臭さが鼻腔を刺激した。

 人は次々と炎の中から現れ俺の方に向かってくる。十重二十重と人は増え、悶える人々の波は重なるように腕を伸ばし迫ってくる。

 

 俺は婆ちゃんの意図に気づくと感謝の一瞥を向け、歯を食いしばって闇の中を反対に向かって走り出した。途中振り返ると人と炎の波に婆ちゃんの人影が飲み込まれ不意に見えなくなった。俺は涙をグッと飲み込むと、恐怖でもつれる足を叩きながら必死に走り出した。

 

 いくらも行かないうちに左手に鋭い痛みが走る。あっ、と声をあげて左手を抱え込んだ瞬間、バランスを崩して地面に転がった。転んで打った痛みが気にならないほど痛みがひどくなった。

 思わず呻くような悲鳴をあげて手を抱える。目の前が一瞬白くなる。脂汗が額に滲み歯を食いしばる。霞む視線を足の先に向けると、炎と人の群れが着実に俺に近づいてくる。

 俺は這うようにして必死に進んだ。何処まで逃げれば良いのかわからなかったがひたすらに遠ざかろうとした。


 

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