14 彼女にも勝る存在
機械の部分も含まれているのだろうか? とアニタは考える。百パーセント生身の人間、人間と機械半々位の人間、最初から遺伝子操作で生まれた人造人間、途中から強化施術された人間……今や人間は様々な種類がいる。どこからどこまで人間と呼ぶのか曖昧で、自分が人間だと言ってしまえば人間という感じだ。
体温や呼吸、音など様々な要素が「そこに人間がいる」と示すことができる。一番使われているのはサーモグラフィなのだが。それを察知するには脳内にチップなどがないと無理だ。何せデルは真後ろにいたのだから。
「気配」というのが一体何を示すのかわからないが、どうやら生体反応は感知できるようだ。
「えっと、デルって人間だよね?」
「そこを疑問視するお前のセンスは嫌いではない」
「ありがと」
「だが失礼だ」
そう言うとガシ! とアニタの頭を鷲掴みにする。
「いだだだだだ!?」
「先日握力がめでたく二百キロを超えた」
「すみませんでしたああああ!」
ぱっと手を離した。あまりの痛さにその場にしゃがみこむ。その瞬間ガツン! と音がしたので顔をあげれば、彼女はデルに向かって一気に距離を詰めていた。
(殺す気!?)
アニタができることはないが慌てて立ち上がるのと、トモが「いけません!」と叫ぶのと、デルが両腕を動かしたのは同時だった。そして彼女が何かをする前に。がし! とそのまま抱きこむ。
「もが!?」
顔面を胸板に押し付けられ、そのままがっしりとホールドされる。いわゆる恋人同士が抱き合う姿ではなく。どちらかというと暴れている猛獣を取り押さえる調教師のようにみえなくもない。体格が一回り以上違うので、上半身まるまる太い腕に抱きこまれてがっちりと固定されていた。
「やっぱり! セクハラすると思いました! 放してください!」
「娘が母の抱擁を求めてきたのだ、答えるべきだろう」
バタバタと彼女は暴れている。足は自由なのでデルを蹴飛ばそうとしてきたが、デルはしゃがむと胡坐をかく体勢で彼女の足も抱きこんだ。
「むぐー!? うぐぐぐ!」
「Cか」
意味の分からない単語にアニタはきょとんとしたが。
「胸板で胸を計測しないでください! 許しません、ワイセツ罪です!」
バストサイズかよ、とアニタはがっくり肩を落とした。
「いやでも。放したら彼女、襲い掛かるし……」
「今彼女が襲われてます!」
「うん、まあ。っていうか、生体兵器の力にやっぱり勝ってるんだな……」
「筋トレは正義だ」
「はいはい」
「ぐう!」
ひときわ大きなうめき声をあげたかと思うと、デルが慈愛に満ちた顔になる。滅多に見ない表情にアニタは背筋に寒気を感じた。
「あ、嫌な予感」
「乳を吸うなら乳首はそこではないぞ」
噛みつかれたらしい、たまらずアニタが叫ぶ。
「いや肉をかみちぎろうとしてるんだろうがよ! 大丈夫!?」
「私のお肌の張りは咬合力ごときではびくともせんな」
「びくともしてくれ、人間なんだから」
そうしてバタバタと暴れていたが、やがてぴたりと動きが止まった。
「諦めた? 疲れた?」
アニタが恐る恐る聞く。何せ彼女の圧倒的強さは目の当たりにしている。これがもし油断を招くための演技だったら? そう思うと放してやれ、とは言えない。
「おや、肌の色が青紫だ」
「窒息しかけてるじゃねえか!」
「ぎゃあああああああああ!?」
アニタとトモの叫びが重なり、デルが彼女を残り二つのポットのうち片方にぶち込んだ。ガシャン、と扉が閉まり赤いランプをともす。
「し、し、心肺停止!? 呼吸なし!? 何してくれてんですかあああ!」
「嬉しくて力が入った」
「大丈夫なの!? 生き返る!?」
「電気ショックで心臓は動きました、呼吸と心拍もなんとか! 正常値ではありませんが! 七十七時間は絶対安静です! おっさああああああん!!」
とうとう口調が乱れたトモがデルの顔面にしがみつき、再び暴れる猿のようにがくがくと揺さぶる。これしか攻撃手段がないらしい。
「股間部を顔にこすりつけるなどロボには十年早い。性器を付けてから出直してこい」
「もうやだこの親父!」
「……ごめん、慣れて」
トモが人間だったら泣き叫んでいるであろう悲痛な叫びに、憐みの表情を向けながらアニタはしずかに諭すのだった。
あれからアニタに励まされてようやく落ち着いたトモは、彼女のシリンダーの前から動かず見守り続けている。データを収集しつつ、必要なことがあればアニタには教えてくれる。
ちなみにホウキとチリトリというなんともアナログな掃除道具があったのだが、それを二刀流のように携えている。曰く、変態が近づいたらこれで戦うらしい。ダメージはないだろうが。
「さて、姫がカモを秒殺してしまったので事情聴取はできずだな」
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