第7話 一日目/山賊を轢く



 帝国に着いた。

 国境警備隊に怪しまれた時は困ったけど、魔導通信で通行証が本物とわかったので無事に通過できた。

 通行証に記載された発行日と国境に到着した日付が同じなのが怪しいというのだ。

 こちとら期限が七日しかないのに、この程度の距離をのんびり移動するわけにはいかない。

 魔法を使ったに決まっているじゃないか。


 馬には身体能力強化を、馬車には耐久力増加を、荷物には防御力強化を使った。

 後は道に沿って移動しただけだ。

 ただそれだけなのに、怪しまれた。

 まったく、困ったものだ。


 ともあれ、国境を通過した。

 それから街に向かって移動する。

 ぐんぐんと進んでいく。

 進んでいると、なにかが道を塞いでいる。

 迷惑な、なんだ?

 目を凝らすと、馬車を囲んで誰かが戦っている。

 俺が乗っているのと同じような馬車だから、商人が山賊にでも襲われているのだろうか?

 うん、たぶんそうだな。

 山賊と戦っているのは、一人だけか。

 なんか、相手より強い割りにギクシャクしてる感じだな。


「おーい、危ないぞう」


 と声をかけてから馬車を駆け抜けさせる。

 山賊と戦っている方は気付いた。

 というか山賊も気付いているみたいだけど、なんか笑ってる。

 調子に乗ったゴブリンみたいな顔をしている。

 止まる必要はないな。






 故郷に戻るついでに行商人護衛の仕事を受けたら山賊に襲われた。

 まさか、本当に山賊に襲われることがあるなんて思わなかった。

 でも、別にそんなことは恐れない。

 ダンジョン討伐や野外の魔物退治なんかを繰り返して鍛えてきたけど、まったく問題なかった。

 だから、こいつらだって簡単に倒せる……はず。

 問題があるとすれば、一つ。

 ここにきて初めての、訓練以外の対人戦だということ。


 緊張する。


 その緊張を山賊に読み取られてしまった。

 一度目で囲んでいる全員に傷をつけたというのに、奴らが怯んだのは一瞬だけで、すぐに山賊頭に笑われた。


「こいつ、処女だな」

「なっ!」


 なんでいきなりそんなことを言われないといけないのか。

 やっぱり、賊って下品!


「人殺しをしたことねぇ、戦闘処女だ」


 比喩がおかしい。

 でも、真実を突かれてしまった。

 こんな賊にまで見抜かれてしまうなんて。

 やっぱり、魔物と人間では戦いの質が違う。


 人殺し。

 同じ生物を殺すのでも、魔物や動物と、人間では明確に違う。

 形は違っても、自分に近しい人と同じように動き、話す同種というのが気持ちの障害になっている。

 慣れれば違うと、戦闘術の師たちは言っていたけれど。


「くっ!」

「へっ! 隙ありだ」

「なにっ!」

「きゃあっ!」


 別の場所で悲鳴が上がった。

 しまった。

 護衛をしている行商人の娘の声だ。

 振り返れば、行商人が倒れて、まだ小さな娘が捕まっている。


「さあ、どうする? 雇い人とその娘が危ないぞ?」

「くそっ! 汚いぞ!」

「きれいな山賊がこの世にいるとでも思ってたのか?」


 周囲を囲む山賊たちが笑う。

 悔しさで歯噛みをしていた、その時だ。


「おーい、危ないぞう」


 そんな、呑気な声が聞こえてきた。

 なにかの罠かと思ったけれど、声が遠かったのと、別の音が急速に近づいてきていることにも気付いてしまった。

 馬蹄?

 それに車輪の音。

 それにしても音が激しい……え?


 見てしまって、一瞬、思考が止まった。

 馬車の列が凄まじい速度でこちらに近づいてくる。

 荷を積んだ馬車の速度ではない。

 いや、全速力の軍馬だってあんな速度は出ない。

 このままだと、ぶつかる。


 寸前で我に返って、避けることができた。

 山賊たちが馬車の群れに気を取られた隙を突いて、行商人を引っ張り、娘の救出もできた。

 途中で気付いて娘を離そうとしなかったので、蹴りを入れたらその山賊は暴走馬車の前に転がっていった。


 そして、轢かれた。

 その山賊だけではなく、他の山賊たちも全員、轢かれてしまった。

 馬も馬車も、立ち塞がる山賊なんて存在しないぐらいの勢いだった。

「ぐぎゃ」とか「ふげっ」とか、不快な音をさせながら宙を舞った山賊たちが全て落下した頃に、暴走馬車が停止した。


「おお、ちゃんと避けたな」


 馬車の先頭から降りた少年が、こちらを見てそう言った。





 ちゃんと、山賊しか轢いていないな?

 よしよし。


「ところで、こいつらって山賊だよな?」


 こっちを見ている少女に聞いてみる。

 きれいな金髪なので金髪少女ということにしよう。

 もう一組いるけど、こっちは負傷したおっさんとそれを心配する子供なので、会話をするならこっちだろう。


「ええ、そうよ。たすけてくれた……のよね?」

「そうそう。無事ならよかった」


 金髪少女と話しながら周囲を確認する。

 うん、伏兵はいないな。

 山賊どもも馬車に轢かれて全員動けなくなってる。

 死ぬか生きるか微妙な線だな。

 とどめ刺しとこ。


「地上の生き物は魔石にならんから、判断が面倒だな」

「その言い方。あなた、ダンジョンを知っているの?」

「ん? そうだよ。ダンジョン街育ちなもんで」

「ダンジョン街……もしかして、セイダシーバ王国の?」

「そうそう」


 山賊を始末していく。

 手伝うと言って付いてきた金髪少女が、すごい顔をしながら剣を振っていた。

 嫌なら俺がやると言ってみたけど、意地でもやるという顔だったので放っておくことにした。

 始末しながら話をする。


「……古くからあるダンジョンはとても危険だと聞くけど、そうなの?」

「え? 知らん」

「知らないって……」

「そこしか知らないからなぁ。他のことなんてわからないよ」

「……私、カレンっていうんだけど、あなたの名前は?」

「俺? ハロンだけど?」

「ハロン……もしかして、ダンジョン街の領主の弟さん?」

「はっはっはっ、情報が遅いな。いまは俺が領主だ」

「……ダンジョン街の領主がどうしてこんなところに?」


 隣国で、しかもこんな街の外を歩いているような少女にまで知られているなんて、意外に俺ん家て有名なのか?

 これはもしかしたら嫁探しは案外簡単に終わるかも?

 そう思いながら、俺はカレンに事情を説明した。


 そのついでに怪我している行商人も癒した。

 そしたらなんか、街まで一緒にいて欲しいとか言われたんだけど。

 急いでるのになぁ。

 まぁ、人助けだからしゃあない。

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