第5話 エイールの友だち
「はい、これはうちの
大量の上等な肉を取り出す
「わあ、ムネさんあいかわらず太っ腹ー」
「なんだかいつもすいません」
歓声を上げる
入江一家のバーベキューには、
入江藍は音大生時代にポーランドのフランチシェクコンクールで日本人最高位タイの二位(一位該当なし)を獲得した天才肌のピアニストだ。一方でその夫の奏輔はピアニストから転身し、作曲家として国内外でいくつもの映画やドラマなどの楽曲を手掛けている。
バーベキューでは主に藍と彩佳が賑やかな歓声をあげながら進行していく。
「そういや、あのエイールって彩佳ちゃんの馬、賢そうだよね」
「ふふふ、『賢そう』じゃなくて、賢いんです」
藍の言葉を受け、我がことのように得意げな表情を見せる彩佳
「あっ、そうかそうかごめん。じゃあその賢いエイールちゃんはどうしてこの牧場に来たの? ここって、引退した競走馬の牧場でしょ。あの子小っちゃくてとっても競走馬には見えないんだけど」
「あれは宮城のレジャー施設から引き取ったんですよ」
「その施設、経営破綻しちゃって。飼ってた動物たちも行き場が無くなって。馬も何頭かいるからなんとか引き取ってもらえないかと、人づてに頼まれてしまいましてね。きっと飼育環境もひどい状態でしょうから、放っておくわけにもいきません。とにかく大急ぎで見に行ったんです」
「へえ、そんなことまでするんだ」
「ええ、飼育されている動物って、ちょっとしたことで玉突き事故のようにひどい目に遭うケースが多くて。そういうのって放って置けないんですよ。動物には何の罪もないじゃないですか」
すぐ隣で上カルビを焼きながら熱く語る父親から目が離せない彩佳。また動悸が止まらなくなる。そんな自分に戸惑いながらも彩佳は野菜を焼いていた。それを見つめる克也の視線にも気づかずに。
「そうしたら案の定ひどい状態で。その中にアイスランドホースが何頭かいたんです。その仔馬の一頭をこいつが気に入って」
「『わたし、この子とお友達になりたい!』って言いだしたんです。その頃はあまり自己主張する子じゃなかったんで、びっくりしました」
ビールを持って来た
「なので、無理を言って他の馬に加えてエイールも引き取ってきたんですよ。あの時彩佳何歳だ?」
「うーん、十歳だったかなあ……」
思案顔になる空。この仲睦まじい父母の姿が彩佳には無性に
「あっ、彩佳焦げてる焦げてる」
母の声ではっと我に返る彩佳。しかし時すでに遅し。焼き野菜は炭野菜と化していた。
「ああもうっ……」
苛立ちまぎれに吐き捨てると、トングで焦げた野菜を乱暴につまんで捨てる。
「どうかしたの?」
克也が気づかわし気に声をかける。
「えっ、いや、ちょっとボーっとしちゃって、あはは……」
作り笑いをする彩佳。その姿に空は浮かない顔になる。最近、娘との間にぎくしゃくしたものを感じて不安を覚えていた。反抗期らしきものの無かった空には、今の彩佳の心境が読み解けず気がかりだった。
「手伝うよ」
すっと立ち上がって彩佳の傍に立つ克也。
「いや、そんないいです! お客さんに手伝ってもらうなんてだめです!」
「手伝いたいんだ。これってお客さんからの要望だからいいよね? だめかな?」
「いや、要望って……」
笑顔の克也にたじたじととなった彩佳は父親の方を、そっと伺う。父の目は笑っていた。
「手伝ってもらったらいいよ」
そうか、あの人は私が他の男子と仲良くしててもそうやって笑っていられるんだ。そう思うと、なんだかとても寂しくて悔しくなってくる。改めて自分がいかに子供なのかを思い知らされる。彩佳は父から目をそらしぶっきらぼうに答えた。
「じゃ、じゃあどうぞ」
「ありがとう」
並んで野菜を焼く彩佳と克也を微笑ましく見守る入江夫妻だった。克也が彩佳に優しい声で優しく言う。
「いつも作業服だから、エプロンは新鮮な感じだね」
「え? そうですか? ありがとう。へへっ」
褒められるとさっきまでの不機嫌を忘れて喜び、くるりと一回りする彩佳。
「うん、かわ――」
かわいいと言いかけて急に口をつぐんで赤面する克也。
「? どうしました?」
「い、いやなんでもないなんでもない。早く焼いちゃお」
「はい」
すぐ隣に熱を感じる克也。それは夏の暑さとは違う、どこか柔らかな温もりだった。
【次回】
第6話 星の距離
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