第11話 選ばれる者、選ばれない者

作戦室には、さっきまでの議論の熱がまだ壁に残っているようだった。

シゲルがノートPCをいじりながら、ふと顔を上げる。


「ところで……椎名さんは?」


阿久津は地図から視線を外さず、淡々と答えた。


「別任務を任せてある。あいつは潜入と心理戦が得意だからな、今のタイミングで前線に出すべきじゃない」


シゲルは小さく頷く。


「なるほど、椎名さんは『後衛サポート型』か。納得」


そのやりとりの余韻も残る中、会議室の扉がノックもなく開いた。


「……追加メンバー、到着っと」


シゲルが軽口を叩く。

入ってきたのは、黒のジャケットに身を包んだ無骨な男だった。

頬に古傷。背筋は無駄なく伸びており、阿久津と同じ空気をまとっていた。


「柿沼 誠二。元陸自、特殊作戦群」


阿久津の紹介に、シゲルがぼそりと呟いた。

「うお、来たなSSR枠……てか、『現場でSランク出せる男』って感じっすね」


晃は思わずその目線を追った。


「灰翼では、非常時の突入作戦と撤収ルートの構築を担当してもらってる」


晃は無意識に立ち上がり、頭を下げた。

柿沼は軽く頷くだけで席に着いた。


「突入は2人じゃムリ。最低でも3人。帰り道のカバーができなきゃ、片道切符と変わらん」


それは、まさに元特殊作戦群の経験に裏打ちされた判断だった。

余計な感情を排したその一言で、空気がさらに引き締まる。


会議は再開された。

シゲルがノートPCを指で弾くように操作し、スクリーンに表示されたのは施設内部の簡易マップだった。


「こっちは旧ネット経由で仕込んだ『監視妨害パッチ』のテスト結果。廃棄された配電盤に仮設EMP装置を接続して、一定範囲のカメラとセンサーを無力化できた。地味なアナログ技だけど、こういうレガシールートって、案外しぶとく生き残ってるんだよね。最新技術に全振りしてるやつほど、こういう『化石ルート』に足元すくわれるんだ。技術の進化を舐めちゃダメ、逆の意味で」

「EMP装置はハードウェア。あらかじめ仕込んだ発信端末から起動可能だ。今回は持ち込み型のミニユニットを使う」


「だが中枢系統までは届かない」

阿久津が続ける。


「制御系は物理的に隔離されてる可能性が高い。完全なサブネットだ。EMPは入口を開けるための『ノック』だと思え」


「……ええと、つまり……カメラとセンサーは持ち運びEMPで止められて、施設の中枢システムも、ネットの『裏口』から侵入して、制御できるかもしれないってことか?」


その言葉に、シゲルが笑みを浮かべる。


「お、わかってきたじゃん。そうそう、『侵入経路は死んでなかった』ってこと。ハッキングって言うより、押し入れの扉が『実は閉まってなかった』系ね」


「わかった。それと――こっちが俺の出番だ」

晃が、古い資料とメモを机に並べる。


「施設の設計は俺が関わった。だが、完成図には『消されたルート』がある」


表示されたマップの一角に、赤ペンで記された線。


「ここ。本来は搬送用の緊急通路として設計されてたが、ある時点で『意図的に』図面から削除された」

「物理的には残ってると?」

柿沼が問う。


「可能性は高い。配電経路の再調整がされた記録はない。なら、設備としては今も通れるはず」


柿沼が静かに確認する。


「……つまり、それが『物理ルート』か。外から中に入れる、数少ない穴だな」


晃はうなずいた。

柿沼はしばらく晃を見つめたまま、短く鼻を鳴らす。

「……あんた、本当に入る覚悟はあるのか? 正直言って、戦闘どころか現場の緊張にも慣れてない顔だ」


答えあぐねる晃に、阿久津が代わりに口を開いた。


「……それでも、晃には現場でしか分からない『図面の目』がある。俺たちが知らない構造の穴を、やつは嗅ぎ分けられる。それに、過去の設計記録に裏があるなら、持ち出せるのは彼だけだ」


柿沼は晃を見たまま、やや意外そうに片眉を上げた。


「……現場では役割を明確にする。それさえ守れるなら、足は引っ張らんはずだ」


阿久津が短くうなずき、再び地図へと目をやる。


「だが、もう一つ決めておかなければならない」


その声に、全員が顔を上げる。


「今回の作戦――救出対象は『沙耶一人』に限定する」


沙織が目を細めた。


「他の矯正対象者は……?」


「救えない。全員を連れ出すのは、物理的に無理だ」

阿久津の声は冷たくも、責任を背負った響きだった。


「この街全体の構造上、情報と時間が足りなさすぎる。だから、今回は『一点突破』。誰かひとりでも救えたら、その記録が希望になる」


「そう、記録さえ取れれば次につながる。今回がダメでも、『何ができて何が足りなかったか』は、次の一手を導く伏線になる。だから――絶対に無駄にはしないんだよね」

シゲルがそう言いながら、ノートPCを閉じた。

沙織は黙っていた。だがその眉は強くひそめられていた。

晃は拳を握りしめ、しばし目を伏せた。


(……最初から、どこかで覚悟はしてた。だけど、いざ言葉にされると……)


ぐるぐると、様々な思考が脳内を駆け巡る。

他の子たちは? 親は? 名前も知らないあの子たちを、見捨てていいのか?

だけど、誰も救えないよりは、一人でも……沙耶だけでも――


喉元にまで上がった声を押し込め、晃はそっと目を閉じる。


「……仕方ないのかもしれない。最初から、そうなる気はしてた」


誰か『だけ』でも救えるなら、それは無意味じゃない。誰も救えないよりは――

その言葉に、柿沼がぽつりと呟いた。


「選ばれた者だけが、生き残る。皮肉だが……現場はいつも、そうだ」


その言葉に、誰も反論できなかった。


それでも――やるしかなかった。


作戦は、動き出した。

……その直後だった。


シゲルの指が、ノートPCの上でぴたりと止まる。

「……ん? これ……なんだ……?」

誰もまだ、画面の向こうにある『異常』に気づいていなかった。


***


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