第11話『合意の上』
地底の水溜まりっつーといまいち良いイメージは無い。
そこらの宗教では結構、地の底にある泉だか川だかが死者の行き着く先みたいな神話は存在しているぐらいだ。
きっと一年中冷えきって腐りもしない死体が水中にあるのを見かけた誰かが、死ぬとここに行き着くのでは?みたいな連想で考えたんだろうな。
水溜まりを越えればそこは死者の国。
そう思うと、地底湖を突破した俺らは新たなステージに到達したとも言えるかもしれねえな。死ぬ気はさらさらないけど。
とまあ、そんなロマンチックな表現をしなくとも水で通路が遮られていたのならば、猛獣の類がこの先に居てこれまでの浅いところに出てこれなかったというのも十分考えられるわけで。
深い海峡がある左右の地域で生物相が変わってくる、みたいな。
とにかく、注意して損はねえよな。サメが出たんだ。ゾンビやアナコンダが出ないとも限らないだろ。
岸に辿り着いて舟から飛び移る。
三人とも無事に降りて──無事というのは、エリザが躓いて危うく転落しそうになったがセンセイのマジックハンドで助かったということだ──センセイは船首部にロープを巻きつけた。
そしてなんと一人で、舟をずるずると引き上げて陸の上に持って来た。
パワーアシストが付いているらしいが、凄ぇ力だな。
"エリザ"
「なんでしょうかっ」
ちょちょいと手招きしてセンセイはエリザを呼び寄せる。
センセイはくるくると舟の帆を下ろして丸め、それを布素材に分解して仕舞いこむ。
"この舟は木材のみで作られている"
「ですね! 見てました!」
"よし、それがわかったならマテリアルに戻してみなさい"
そう告げて、センセイはエリザにツルハシを渡した。
受け取りながらも眼と口と鼻の穴まで開いて間抜け面でエリザは叫ぶ。
「ええー!?」
"大丈夫。教えたことをしっかりと思い出し──いや思い出せなくても、そこはかとなく意識をして"
「で、できますかね……」
"白馬否馬論やオッカムの剃刀を技術に溶かしこむのだ"
「う、ううう……白馬は馬だけど馬じゃなくて、簡単に証明できる物事には最低限以上の要素を切り捨てて……」
それでも一応チャカポコの題目を言われればそれとなく応えられるらしい。
しかしここに来て試験、というわけか。
まあ毎晩毎晩、こっちの頭も痛くなるような座学をしているんだから成果の一つ二つあげたい時期だろう。
たった数日の勉強というが、センセイの場合は一日でできるようになったらしいので無茶というわけでもないはずだ。
エリザはごくりと唾を飲み込んで、ツルハシを手に真剣に舟板を見ている。
かなり緊張しているようだ。アレをセンセイが振り下ろしたならば、キューブ状の木材にころりと変換されるのだろうが。
もし自分がツルハシを突き立てて、そうならなかったならば。
と、考えているのかもしれない。
「おうエリザ。失敗もしてねーのに焦るんじゃねえぞ。試験なんて赤点取った後の追試で焦りゃいいんだよ」
「……ですね!」
"赤点など普通に生きていれば取ることは無いと思うが"
センセイの傲慢な声はエリザに届かなかったようだ。俺は中卒だけど普通にガクセーしてたら取るだろ赤点。俺の学校だと三分の二は赤点だったぞ。ちなみに三十点未満が赤字ってルールで。
ともあれ、ちったあ緊張のほぐれた様子でエリザがツルハシを構えて、振り上げる。
「まー……てりゃぁぁぁあある!」
こんな時まで変な掛け声を上げながら、ツルハシを振り下ろす。
俺や一般人がやったら、舟板に突き刺さるかパワー次第で割れるか、といった行動は。
ツルハシの先端が緩やかな抵抗で板に刺さったと思ったら──ぽろりと舟の一部が丁寧に鋸で切ったように消失して、エリザの足元に拳ほどのキューブ状な木材のマテリアルが転がっていた。
「でっ出来たぁー! 見てくださいアルトくん、先生! あたしちゃんと出来ましたよー!」
「おお、エリザ。頑張ったな」
"おめでとう、エリザ"
「え、えへへ……嬉しいなあ。えい! ちょらー!」
手応えを確かめるように、ツルハシを振るって舟を次々にマテリアル化していく。
速度はセンセイと比べるべくもなく遅かったが、それでも数分と待たずに一隻の舟は木材のマテリアルキューブが散らばるだけになってしまった。
"コツを掴んだから、次はマテリアルの保管技能も行ってみようか"
「はい!」
"マテリアル自体を情報圧縮して稀質量物体に登録し、オートバース固有時空間に座標的に収納。仮想した虚宇宙でゆらぎのエネルギーと存在確率が極ミクロ状態で結合して物質を現出させる。最も大事なものは魔力ではなく偶然の連続が───"
駄目ださっぱりわからん。
エリザは聞いてるのか聞いてねえのか、掌の上にマテリアルを載せていて。
「てりゃっ!」
おもむろにポケットに詰め込んだ。
すると、彼女が削って散らばっていた木材のマテリアル達が吸い込んで集められるように、エリザの尻ポケットに入っていく。
「おお……素材がエリザのケツに吸い込まれていく……!」
「うあああ!! 駄目! 駄目です!! 収納場所変更ー!!」
俺が素直な感想をいうとエリザは顔を真っ赤にしてポケットをひっくり返して再びマテリアルを散らかし、腰に巻いていた菓子が入っているポーチの中身をリュックに移して、今度はポーチをマテリアルの収納場所にしたようだ。
大量のキューブが明らかに入らなそうな容量のポーチに収まりきった。
「出来ましたぁ!」
"上出来だ"
「やったあ!」
飛び跳ねて喜ぶエリザ。教えていたセンセイもそこはかとなく嬉しそうである。
「さてと、お二人さん。授業は大変結構だが、そろそろ水辺から移動しようぜ。ほれ、騒がしいものだから上陸していいか地元民が悩んでらっしゃる」
俺が指を地底湖に向けると──。
そこには、人間大ぐらいある巨大カエルが、頭だけ出してこっちを見ていた。エリザなんざ丸呑みに出来そうな大きさだ。
エリザはぎょっとしながら後ずさり気味に俺の方へ来た。
"長居しすぎたか。先に進もう"
センセイはそう言って先頭に立って道の奥へ進み始めた。
再び隊形はセンセイ、エリザ、俺となって一行はさらなる深淵を目指す──。
「ほやぁ! ほあぁ──!」
「おい。そこら辺適当に掘るな。あとツルハシをセンセイに返してやれよ。そんなに張り切ってると筋肉痛になるぞ」
「大丈夫です! 今のあたしなら、銀行の金庫だって掘れそうな気がします!」
「それこそ逮捕されるだろ」
*******
筋肉痛になった。
「腕が痛いですぅ……」
「調子に乗りすぎだっつーの」
エリザが疲れを自覚したのはその日の終わり、小屋に入ってからだった。
だらりとテーブルの上に伸ばした手の指先はぷるぷるとアル中のように震えている。
ここに来るまでに、散々そこらの土やら石やらをマテリアルにしながら進んできていたからだ。
「あたし腕の筋肉がカッチカチになってません?」
「どれ……うわプニプニじゃねえか。なにこれ。脂肪で出来てんの?」
「うぇへへへくすぐったいですよアルトくん!」
エリザの腕を揉んでみると痛くなる程の筋肉はついていないように思えた。揉んだ感触はオパイレベルの柔らか。
女傭兵連中なんて岩にゴム巻いたような腕っ節だからある意味新鮮だ。多分あいつらのオパイも岩みたいなんじゃないかな。
"マテリアル化に殆ど腕力は必要ないが、ツルハシ自体の重さと、エリザが力んでいたからだろうな"
「なるほどな。エリザ用のツルハシって、移植ゴテとかそんなサイズでいいんじゃねえか?」
"そうだな……技工士によってマテリアル化ツールはそれぞれ違うから合ったものを使うのが一番だ。例えば技工士の中には杖をツールにする者も居るし、斧やハンマー……珍しいところでは銃を使う者も居て千差万別だ。最後はいささか荒っぽいがな"
ああ、銃の技工士は聞いたことがある。
銃つっても爆弾を発射するような手持ちの筒なんだが、それでガンガン建物とか爆破解体するらしい。普通は破片だの何だのが飛び散るから危ないんだが、ツールだから全部マテリアル化されるんだと。
クラフトよりトンネル掘りや温泉掘りで有名だったかな、確か。勿論道具のクラフトもできるらしいけどよ。
「あのう……」
おずおずとエリザがぷにぷにした腕を上げて主張する。
「すごーく我儘を言うんですけど……いいですか?」
「内容も言ってないのに許可を取ろうとしているぞこいつ」
"まさかアイドルになりたいとか我儘を言い出すなんてつもりじゃ……"
「センセイ! お前の教育が悪いからこの子がいつまでも夢みたいなことを!」
"エリザをないがしろにして顧みなかったのはあなたでしょう!"
「即興で夫婦喧嘩芝居始めないでくださいよ!? 仲いいなあもう!」
うむ、やはりセンセイもこの探検技工外装状態だと俺も気楽にジョークを飛ばせる。
いやいやいや、中身の美人状態を変に意識しているわけじゃねえけど? マジで。
「で、なんだって自称チョイワガママ系モテガールのエリザくん」
「そんな自称してないんですけど……あのですね、あたしのマテリアル化ツールはこのツルハシと同じのがいいなあって思いまして」
「そりゃお前さんにはちょっとでかくねえか。しんどいだろ。自分の身の丈にあったやつの方がいいぞ。移植ゴテとか。ハンダゴテとか。溶断機とか」
「溶断機!?」
「溶断機で悪党と犬の首をクラフトする都市伝説的な技工士の話があっただろ」
「それとあたしちっとも重ならないですよね!?」
"多分そんな奴実際居ないから……"
憧れのヒーローは非実在か。この世に救いはねえな。
ともあれエリザはツルハシを選んだ理由を言う。
「あたしの憧れの技工士は先生だから、先生にあやかった道具を使いたいんです!」
"……そうか"
複雑そうな感情を込めた声をセンセイは出した。
ああ、そういやセンセイも、その師匠に憧れて同じような外見になる外装を付けて探検をしているんだったか。
"ならそのツルハシはエリザにあげよう"
「本当ですか!? あっでも先生の使うツルハシが……」
"大丈夫だ"
センセイはリュックから木材と鉄素材を取り出して軽くクラフト。新しいツルハシを作った。
この洞窟の岩なんかは鉄を含んでいるので掘ってるとそこそこ鉄素材が手に入るらしい。
真新しいツルハシはそれまで使っていたものと遜色なく、頼れる武器って感じだ。
一方で歴戦の傷が付いているエリザに渡したツルハシは、センセイが持っているといかにもな雰囲気があったのに新米のエリザだとこう、物置に放置していたツルハシを見つけた女子中学生とかそんな感じ。
"敢えて、その古い方をエリザに渡しておく。壊れたり、自分に合わなくなったり、掘る力が足りなくなったときは自分でクラフトして新しくしていきなさい"
「──はい! わかりました!」
びしりと応えるエリザ。まあ、今みたいに簡単に作れるのならエリザが自分で材料を集めて自分に合った風に作らせるのが一番か。修行的にも。
「ま、せめて持ったときにふらつかねえようにしろよ。二の腕の筋肉カッチカチになるまで鍛えられるかもしれねえけど」
「ならないと思いますよ! だって、ええとほら……先生!」
"なんだ?"
「ちょっとその外装脱いでください!」
"……?"
エリザの要求を疑問に思ったようだが、センセイは一応外装を脱ぐことにしたようだ。
椅子から立ってやや離れた壁際に行く。
そういえば着るところと脱いだところは見ているけど、脱ぐところを見るのは初めてだな。
特別な感じではないが──あえて言うなら、センセイの外装にある目のような部分の光が失われた感じになり、人間でいうと鎖骨のラインあたりに切れ目のような隙間が現れてぶしゅっと蒸気っぽいものが軽く吹き出した。
そして後ろに首をもたげるように割れ目は広がり、センセイの中身が姿を現す。
改めてよくよく見てみる探検技工外装の中身は、ドラム缶の中に椅子をぶち込んだみたいな構造でセンセイは中に半分座っているような立っているような感じになっている。手は外に見える手の肘あたりまではキグルミのようにセンセイが腕を突っ込んでいるのだが、肘から先はセンセイの動きを感知して自動で動いているのか?
足は外装に見える部分は殆ど自動歩行らしい。フットペダルみたいなものが見える。道理でジャンプとか苦手で転ばないように気をつけるわけだ。
さて、センセイは中から出てきて再びテーブルについた。服装はいつものぴっちり紺色上下に、この前作ったスペランクラフターTシャツを重ね着している。気に入っているようだ。
"どうしたのだ?"
「見てくださいアルトくん!」
おもむろにエリザは近づいて、センセイの二の腕を両手で掴んだ。
「先生の腕だってぷにぷにですよ! つまり技工士をしていてもカッチカチにはならないんです! 多分!」
「そういうもんか? センセイの場合外装で振ってるじゃん」
「外装に入る前から先生は活動してたんですよね」
"あ、ああ。まあな"
エリザにむにむにと揉まれているのにやや戸惑いながらセンセイは応える。
「ほら! やっぱり大丈夫なんですよ! アルトくんも触ってみてください!」
大丈夫なんて保証があるのか疑問ではあったが、エリザに言われたので仕方なく俺は身を乗り出して、エリザに掴まれているのと反対側のセンセイアームへ手を伸ばした。
まあ何の興味も無かったかというと嘘になる。二の腕フェチとかそんなのではない。女傭兵の知り合いは、肘の内側に酒瓶を挟んで筋力で割っていてすげーと思った。そんな感じの興味だ。
俺のごつい手からすれば、片手で掴んで親指と中指が付きそうなぐらい細っちいセンセイの二の腕。
むにっと握ってみた。
"んんっ……♥"
「……」
「……」
俺とエリザは絶句して固まった。
しかしマイアームは自動的にそれを揉んでみたようだ。
"待っ……♥ あ、ん……っ"
喘がれた。
「アルトくん!!」
「痛ぇ!?」
バシィと伸ばしていた俺の腕をチョップでエリザが攻撃してきた。
そこまで痛くなかったが、びっくりしてセンセイの腕を離し引っ込める。
エリザは唾を飛ばしながら俺に向かって非難してくる。
「なんで先生にセクハラしてるんですか!!」
「お前がセンセイの腕触ってみろっつったんだろ!?」
「指先で触れるだけでいいじゃないですか! なんで揉んでるんですかエロですね! 女の子の二の腕は、胸と同じ柔らかさって言われてるんですよ! つまり胸を揉んだに等しいギルティリアン!」
「なん……だと」
二の腕=オパイとかそんな情報は今伝えないで欲しい。いや知ってたけど言われると、つい。
ああほらエリザの顔が真っ赤になって気づいた。
「あ゛ー! 今先生に向けてた視線を若干下げましたね!? どこ見てるんですか!!」
「仕方ねえだろ!? 無意識なのー! 男子はそういう生き物なんですー! 大体二の腕だったらお前のも揉んだだろうが! やーいエリザのおぱい揉んでやったー!」
「えっ!? い、いやっあのっ……あたしっ……ぷしゅー」
俺のやけくそのような小学生エロ悪戯トークでエリザをショートさせてやった。これが大人の駆け引きってやつだ。キリッ。
お子様はともかく、センセイに意識を戻すと。
彼女は自分でも変な声を上げたことに驚いたようで、顔を真っ赤にしたまま目と口を開いて固まっていた。
やばい。
可愛い。
"そ、その……だな"
「おう」
"別に変な……あれではなくて。単に、男の人にああして触られたことがなかったから、くすぐったくて……だな"
「そういうのはだな……あまり男に言わない方が」
男に免疫が無いわけじゃないのだろうが。普段の会話は問題ないから。
しかし男との接触に免疫が無いですって自分で明かすなよ。俺は紳士だからいいけど、悪い男に引っかかるぞ。俺は紳士だからいいけど。
なんか知らんが妙に頭が痒くなってぼりぼりと掻きむしる。
"だから決してその……不快だったわけじゃないのだが……びっくりしてしまったのだ。聞かなかったことにしてくれ"
「わかったから」
俺は頭を押さえながらゆっくりと立ち上がった。
とりあえずこの微妙な空気は毒だ。毒は抜かなくてはならない。
「俺メシの前に風呂入ってくるから」
"わかった。あ、まだ火を入れていないから水風呂だったが……"
「大丈夫」
爽やかな笑みで頷いて、俺は風呂場へ向かうのであった。頭を冷やすには丁度いい。
風呂場の扉を閉めて、センセイの腕を握った手をわきわきと動かす。
声に驚いたが、その感触はしっかりと覚えている。そしてエリザのいらん知識からの連想でセンセイの色々アレな膨らみの記憶が喚起される。
とりあえずどうにか気分を落ち着けるために。明後日の方向に向かって、
「やわらけー!」
叫んだ。声が反響して何回か聞こえて来た。
なにやら椅子から転げ落ちる音が聞こえたが、まあ少し落ち着いた。風呂に入るとしよう。
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