二十六、特別捜査員







「先生。あのね、レオカディアが酷いこと言うの。あたしの物を盗っておいて」


「盗んでなどいません。こちらの腕輪は弟が、そして蝶の髪飾りはエルミニオ王太子殿下からいただいた物です」


 すかさず教師にすり寄り、甘えた声で言うピアに、レオカディアは凛とした姿勢で返す。


「分かりました。授業中ですので、今はこれまでとしましょう。そちらの四人は、放課後私の部屋に来るように。因みに、私のことをご存じですか?」


「先日、歴史学の特別講師として着任された、ナルシソ・ガラン教諭とお見受けします」


「流石、殿下です。では、後ほど」


 レオカディアを護るよう、前に出たエルミニオに冷笑を浮かべたナルシソは、ピアを促しその場を離れて行く。


「先生!あたしの腕輪と髪飾り」


「同じ物を、贈ってもらえばいいではないですか。これからに期待、なのでしょう?」


「あ、そうでした!」


「焦りは禁物ですよ」


「はあい」


 遠ざかるふたりの会話に、残されたレオカディアは不安を覚え、エルミニオ達は不快に顔を歪ませた。


「何だ、あれ」


「まるで、指導者のようですね。あの様子から察するに、既に彼女と話をしたうえで、こちらを敵認定している可能性が高いかと」


「そうだな。注意して臨もう」


 締めるように言ったエルミニオに、ヘラルド、セレスティノと共に頷いたレオカディアは、小さく息を吐いて腕輪と髪飾りにそっと手を触れた。


「でも良かった。理不尽に渡せと言われなくて」


「当然だ。これは、僕がレオカディアに贈った物なのだから」


 そのレオカディアの手に自分の手を添えて、エルミニオがやわらかに笑む。


「そうだぞ、レオカディア。ブラウリオだってそうだ。今のことを知ったら『ぼくがねえ様に贈った品を盗む気か!』と、激怒するに違いない」


「抜剣しかねないな」


「僕だって、この場で剣を持っていたなら・・・いや、何でもない」


 言いかけた言葉を止め、わざとらしく咳払いをするエルミニオに、セレスティノとヘラルドが生暖かい目を向けた。


「殿下。ブラウリオは、レオカディアの弟です」


「安心しろ。殿下のレオカディアへの想いは、よおおおく、知ってっから」


「う、うるさい。別に競ってなんか・・・ああ、もう」


 言えば言うほど、と、エルミニオはくしゃっと強く前髪を掴んで乱す。


「安心してください、エルミニオ様。絶対に、エルミニオ様からいただいた物を奪われたりしませんから」


 『死守してみせます』と笑顔を見せ、そっと手を伸ばしてエルミニオの前髪を整えるレオカディアに、虚を突かれたようなエルミニオが小さく笑みを零す。


「頼もしいな」


「お任せください」


 ふざけた様子で言うレオカディアの、その瞳に不安の色を見つけたエルミニオは、そっとレオカディアの肩に手を置いた。


「さあ、ディア。教室へ行こう。送って行くから」


「え?大丈夫です。ひとりで行けます」


 当然のように言うエルミニオに驚いたレオカディアは、遠慮しますと両手を胸の前で振る。


「いいから行くぞ、レオカディア」


「そうだぞ。また可笑しな奴に絡まれたらどうすんだよ」


 しかし、セレスティノとヘラルドも、送るのが当然といった様子で、さっさと歩けと手で示す。


「・・・ありがとうございます」


 剣術の授業中、抜け出して来てくれた三人を思えば、心配を増やす必要もないかと思い直し、レオカディアは有難くその申し入れを受け入れた。








「それにしても、あのレース編みには驚きました。有能と名高いアギルレ公爵令嬢にも、苦手なものがあったのですねぇ」


 落ち着かない気持ちで、放課後になるのを待ちかねるように、その日を過ごしたレオカディアは、エルミニオ達と共にナルシソ・ガラン教諭の待機室を訪れ、いきなりの嫌味攻撃を受けていた。




 ああ、レース編みね。


 確かに私の弱点だわ。




「先生。あれは、味のある作品だと言うのです。同じ物を編んでも、一枚として同じ形にならない。四角に近いか、三角に近いか、それとも楕円に仕上げるのか、完成するまで分からない。それこそが、ディアの個性です」


 レース編みだけは如何ともし難いと、遠い目になって話を聞いていたレオカディアの隣で、真剣な眼差しのエルミニオがそう言い切った。


「っ・・・殿下。真顔で仰るのが凄いです」


 思わず、というように噴き出したナルシソが『愛されていますねえ』とレオカディアを見る。


 そこには、先ほど見せた冷たさは微塵も無く、レオカディアはおやと首を捻った。


「ありがとうございます。殿下は、あばたもえくぼを地で行く方ですので」


「アギルレ公爵令嬢ご本人は、ご自身のレース編みの才能について、ご理解されているということですか」


「もちろんです。ですから、先生のように忖度せずに評価くださる方は、とても信頼がおけると思っております」


 『そういった方は、公正な判断をなさいますので』と挑戦的な目を向けるレオカディアに、ナルシソが目を細めた。


「刺繍はそれなりになさるのですから、レース編みが出来れば完璧だったでしょうに」


「完璧より、苦手な物のひとつもあった方が、愛嬌があっていいじゃねえか」


「先生。その言葉はつまり、レオカディアの人を見る目を誉めているということですか?核心を突いていると」


 繰り返すナルシソに、不快さを隠すことなくヘラルドが言えば、セレスティノも厳しい目になってナルシソを見やる。


「・・・なるほど。側近の信頼も厚く、王太子殿下も未来の王太子妃も有能で次代も楽しみ、というのは、どうやら本当のようですね」


 そう言うとナルシソは、おもむろに立ち上がって、貴族の礼をとった。


「ドゥラン男爵令嬢が所持する危険薬品の件で、学院に着任いたしました特別捜査員のナルシソ・ガランです」


「特別捜査員」


 国王から直々に命じられるという、その部署について習ったことはあるものの、実際にその任務に就いている人物と会うのが初めてのレオカディアは、しみじみとナルシソを見つめてしまう。




 さっき、ヒロインと一緒にいた時とは、全然雰囲気が違う。


 これが、特別捜査員の実力ってこと?




「組織はもちろん知っているが、実際に行動している人物と遭遇するのは初めてだ」


「必要が無ければ、名乗ることもありませんからね」


「つまり今回は、必要があるということか」


 エルミニオの言葉に、ナルシソが静かに頷きを返した。


「その通りです。今回検出された禁止薬剤は、飴という子供でも口にするような菓子を媒体としていました。回収された飴は、すべて出所がドゥラン男爵令嬢ということで、彼女がどれほどの飴を所持しているのか、どこから禁止薬剤を入手したのか、接近して確認する必要があると、上が判断しました」


「そんな面倒くせえことしねえで、さっさと捕かまえればよくねえ?」


 心底面倒くさいとヘラルドがため息を吐けば、セレスティノの眉がぴくりと反応する。


「ヘラルド。あの女ひとりの犯行とは考えにくいから、その背後にいるだろう黒幕を暴く、と言っていたのを忘れたのか?」


「忘れてねえけどよ。それだって、あの女を捕かまえて吐かせりゃいい話だろうがよ」


 鑑定結果が出た際、そのように情報を共有したはずと、強い声で言うセレスティノに、ヘラルドが両手を軽く挙げて見せた。


「捕かまえずとも、吐かせることは出来ますよ。その役目を担うのが、私ということです」


「それは先ほどのように・・その、味方としてドゥラン男爵令嬢に近づくということですか?」


「そういうことです。アギルレ公爵令嬢。ですので、彼女の前での私は、皆様、特にアギルレ公爵令嬢にきつく当たります」


 飄々と言い切られ、レオカディアはため息と共に頷きを返す。


「承知しました。任務、お疲れ様です」


「いえいえ。殿下に委ねるという案もあったのですが、事が事なだけに、アギルレ公爵令嬢よりドゥラン男爵令嬢を優先し、その時間のほとんどをドゥラン男爵令嬢と過ごすなど殿下には難しいだろうと、早々に結論付けられました」


「なんか、すみません」


 にこにこと揶揄うように言われ、レオカディアが小さくなる横で、エルミニオは堂々と胸を張った。


「当然だ。ディアへの想いを疑われるような行為は、絶対にしない。任務というのなら、別の手を考える」


「そうだな。そんなことをすれば、少なからずレオカディアが傷つく」


「作戦を先に教えたとしたって、周りの反応もあるし、何よりレオカディアが嫌な思いすんだろ、そんなの」


 エルミニオに続き、セレスティノとヘラルドも、そんな作戦は有り得ないと言明したことで、ナルシソの笑みは益々深くなる。


「愛されていますねえ」


「ええ。私もみんなのこと、大事に思っていますから!」


 先ほどより揶揄いの深くなった瞳と声に開き直ったレオカディアは、叫ぶようにそう言った。



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