[10]どんより気分です。


 魔王城・謁見の間だった場所。

 玉座につく魔王アーデルトの前に、全身に包帯を巻いたデュラが姿を現していた。

「魔王様、単刀直入に言うわ。どうして、アリシアを巻き込んだの」

「むっ……」

「いくら魔王様の命令でも、あの子が魔王の真似事をする必要は無かったはずよ。魔王様が生きていたのなら尚更にね」

「それは……そうかもしれない、しかし魔界を守るためには必要なことだった」

 デュラは足を引きずりながら、アーデルトのもとへ近づく。

「いいえ、アリシアはただのメイドよ。荒事とは無縁の存在、あの子が傷つく必要はないわ」

 デュラは自らの顔をアーデルトの顔に近づける。

「アリシアを傷つける奴は絶対に許さない。それが誰であろうと、たとえ魔王であっても。私が、必ず殺す」

「貴様……」

 デュラとアーデルトは睨み合う。


「はいはいはい! 怖い怖い! リラァックス!」


 突如、陽気な声が響く。

 玉座を周るようにして踊るコッツの登場だ。

「魔王ちゃんもデュラちゃんも怖い顔しちゃノンノン! 楽しんでイキなきゃダメよぉ~!」

 デュラはコッツに懐疑的な視線を向ける。対するアーデルトも眉間を抑えるようにして顔に手を当てている。

「そうそう! さっきアリシアちゃんが中庭の方に行ったわよ~! 歩けるようになって良かったわ~!」

「そう、それなら私はアリシアのところに行くわ」

 デュラはアーデルトを睨みつつ離れていった。アーデルトはため息をついて背もたれにうなだれる。

「魔王ちゃんがため息なんて珍しいんじゃな~い? 気を張りすぎよ~!」

「コッツ、いくらお前がすでに隠居した身とはいえ、少々はしゃぎすぎだ」

「あら、若い子の世話を焼くのがジジババの役目よ~? もちろん、魔王ちゃんもねっ」

 コッツはアーデルトに投げキッスをする。アーデルトは嫌そうにそっぽを向く。

「やだ! アタシったら自分で自分のことをジジババだなんて! 歳を取ったわぁ~!」

 コッツは再び踊り出す。


(……ため息の原因はきっと、お前だよ……)


 ◆


 帝国城・作戦指令室本部。

 城内は異様な空気に包まれていた。

「ガツッ……! ハグッ……!」

 一人の男が、円卓に広げられた大量の料理を貪り食らっている。

 喉を鳴らし、決して綺麗とは言えない食事の様。

 周囲の兵士たちは男を囲むように立ち、携える剣に手を乗せている。


「ねね、あの人とへッちゃん、いい勝負しそうだね?」

「それ、どういう意味? あたしとあいつじゃ、あたしの方が強いに決まってるでしょ?」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ……」

 料理長のユウリはDr.ヘックスと横並びになり、男の様子を窺う。

「でも、身なりを整えたら案外イケてると思わない?」

「えぇ……へッちゃんってばああいう人が好みなの……?」

「違うよ。好みじゃなくて、あたしのペットとしてってこと」

 二人が見守る男。この男こそ最凶の竜狩りの剣士ドラゴン・スレイヤー、ジーク・ムントである。

 腰まで伸びていた髪は首回りまでの長さに整えられ、顔には赤い痣が広がっている。

 全身には金色の鎧を纏う、まさに剣士の見た目。

「足りない……もっと寄越せ……」

「は、はいィッ! ただいまァッ……!」

 ジークがカラになった皿を兵士に向けて差し出すと、怯えた兵士が皿を受け取ってそそくさと行ってしまった。

「みんな、ビビりすぎじゃない?」

「むしろ、へッちゃんが落ち着きすぎなんだよ……」

 Dr.ヘックスは、ジークが動くたびに周囲の兵士が身構えるのが可笑しくて仕方がないようで、言葉の節々に笑いを含んでいる。


 そんな中、ジークは貧乏ゆすりをしながらおかわりを待つ。

 途端に皿の上に残った骨に手を伸ばし、骨を嚙み砕き食べ始める。

 「まだ足りない……血だ……血を寄越せ……」


 ◆


 魔王城・中庭。

 アリシアは階段に座り、庭園の中央に植えられた大きな木を眺めている。

「アリシア、こんなところでどうしたの?」

「デュラちゃん……」

 アリシアの隣、デュラが並んで階段に腰掛ける。

 デュラの視線はアリシアの頭に生えるツノに向く。先の戦いで、片方のツノが欠けてしまっている。

「わたし、ちゃんと魔王をやれてたのかな……」

「アリシアはただのメイドよ、魔王になりきる方がおかしいの」

「そうだけど……そうじゃないっていうか……」

 アリシアは俯く。

 デュラはアリシアの頬に手を伸ばし、優しく触れる。

「あなたは優しいから、一人で抱え込んでしまうところがあるわ。もっと、私を頼ってもいいのよ」

「デュラちゃん……」

 アリシアの表情は晴れない。デュラは頬から手を離し、憂いを見せる。

「この数日で、魔王様がどれだけ凄い存在なのかわかったんだ。魔界のため、みんなのために命を懸けて戦っていることを知った。もちろん、デュラちゃんのことも凄いなって思った」

 アリシアは膝を抱え、服を掴む両手に力が入る。

「だから余計に、わたしの無力さを知ったっていうか……わたしに出来ることなんて、無いんだって思い知らされた」

「そんなことっ……」

「わたし、どうしたいんだろう……わからないんだよ。こんな状況の中でわたし、何が出来るのかな……」

 デュラはアリシアの肩に手を伸ばす。しかし、その手はアリシアに触れることを躊躇する。

 アリシアの嗚咽。デュラはただじっと、アリシアの隣に座り続ける。


「……アリシアは私を助けてくれたじゃない。今回だけじゃなく、ずっと私の味方でいてくれる」

「え……?」

「私はアリシアに救われているの。だから、アリシアは弱くない。私にはあなたが必要だから……」

 デュラは膝を抱え、空を見上げる。

「覚えてる? 私、小さい頃よくいじめられていたでしょう?」

「えぇ? あれ、どっちかって言うとデュラちゃんがいじめてたみたいだったよ……?」

 アリシアの脳裏に浮かぶ過去の情景。

 いじめっ子を逆に、ボコボコにして返した幼少期のデュラを思い出す。それは、半殺しに近い状態にされたいじめっ子が泣いている様を目撃した瞬間だった。

「きっかけは相手の方よ、私は悪くないわ」

「いや、やり返す方もやり返す方で手加減は必要だと思うよ……」

「所詮は子供のケンカよ、今更何?」

「でゅ、デュラちゃんが話を振ったんだからねっ……!」

 アリシアは顔を真っ赤にして必死に反論する。その様子に、デュラは笑みを溢した。アリシアも吹き出して互いに笑い合う。

「あなたは笑顔が一番よ。その笑顔が私にとって、とても大切な宝物なの」

「何それっ! デュラちゃんって、たまによく分からないこと言うよねっ!」

 二人は一通り笑い合い、落ち着きを取り戻す。

「アリシアのおかげで私はここにいるの。だからもう二度と、何も出来ないなんて言わないで」

「うん……ごめんね、デュラちゃんの言う通りだよ。励ましてもらっちゃったね……」

 アリシアは潤んだ目元を擦り、両手で顔を叩く。

 ぺちんっと音を立てた後の頬には、赤く手のひらの跡が浮かび上がる。


「ねぇ、アリシア……」

「うん? 何?」

 デュラは考え込み、間を置いた。

「……いえ、何でもないわ」

「?」

 デュラは立ち上がり、アリシアに背を向ける。

「そろそろ行くわ、次の襲撃の準備をしないと」


 ◆


 帝国城・Dr.ヘックスの執務室。

 応接室として使われる部屋で、窓際にはDr.ヘックスの机、中央には長テーブルを囲む形でソファが配置されている。

「あなたとは誰も一緒に行きたがらないみたい。当日は一人だけど、大丈夫そう?」

「……」

 Dr.ヘックスは机越しに、ソファで腕を広げて座るジークに話しかける。しかし、ジークは毅然とした態度で一切の反応を示さない。

「ふーん、別にいいけど。ところで、魔王について教えてなかったね」

「魔王……」

 ジークは閉じていた目を開け、真っ直ぐに虚空へ睨みを利かせる。

「この竜血の持ち主。最強の魔竜とか言ってたっけ……」

 Dr.ヘックスは懐から血の入った小瓶を取り出し見せる。


「全ての竜はオレが殺す。その次はオマエだ」

「いいね。やれるものならやってみなさい」

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