第3話 義兄リシャルト

 お祝いの言葉を掛けてくれたのは、二歳年上の義兄、リシャルト・アルテナ公爵だった。


「いつもお美しいですが、今日はいっそうお綺麗ですね。ドレスも宝石も本当によくお似合いで見惚れてしまいます」

「ありがとうございます。お兄様こそ、今日もとても素敵です」


 イレーネの返事にリシャルトが柔らかな笑顔を浮かべる。華やかな金髪とアイスブルーの瞳、そして中性的な美貌の持ち主である彼が微笑むと、まるでそこだけ陽だまりができたかのように明るく光が差して見えて、誰もが目を奪われてしまう。義妹であるイレーネもつい息を呑んでしまったが、すぐ横でつまらなそうな溜め息の音が聞こえてきた。


「私に挨拶は無しか?」

「まさか、とんでもない。皇帝陛下にお目にかかれて大変光栄に存じます。この度、妹のために盛大な生誕祭を開いてくださったこと心より感謝申し上げます」

「……皇后のためではなく、皇室の権威のためだ」

「左様でございますか。皇后たる妹の力が、この先何十年にもわたって皇室に繁栄をもたらすことでしょう」


 イレーネの立場を顧みないオリフィエルの言葉にリシャルトが落ち着いて言い返す。するとオリフィエルは機嫌を損ねたのか眉をひそめてリシャルトを睨みつけた。


「……では、ここで長話は迷惑でしょうから私はこれで。──イレーネ、またあとで話そう」


 最後にくだけた口調でそう言うと、リシャルトはホールの奥へと下がっていった。


(お兄様、私を庇ってくださったのね……)


 リシャルトは数年前にイレーネが公爵家の養女となったときからずっと優しく接してくれ、今では本当の家族のような存在だった。イレーネが皇后になってからもよく手紙をくれたり皇后宮まで会いに来てくれ、その度に辛い心が慰められた。


(お兄様のためにも、皇后としてしっかりしなくては)


 イレーネが皇后の役割をしっかりと果たしている限り、その後ろ盾である公爵家、そしてリシャルトに利益がもたらされるはず。自分ができる恩返しは今のところそれくらいのものだ。


 この生誕祭もつつがなく終えられるよう気を配ろう。そう思いながら、イレーネは祝福を述べに来た次の来賓に笑顔を向けた。



◇◇◇



 ──それから生誕祭は何事もなくお開きとなった。

 皇后宮に戻ったイレーネが、侍女に着替えをさせられながら今日の出来事を思い返す。


 短い時間ではあったものの来賓の貴族全員と会話できたし、趣味の合いそうな令嬢も見つけることができた。今度お茶会を開いて招待すれば、もっと仲良くなれるかもしれない。新しく楽しみなことが増えて、思わず口元が緩んでしまう。


(それから……お兄様ともゆっくりお話できてよかったわ)


 リシャルトは朝にも皇后宮宛にプレゼントを届けてくれたのに、生誕祭でもこっそりと別の贈り物をしてくれた。


『イレーネ、実は皇后宮に送ったのとは別にもうひとつプレゼントがあるんだ』

『えっ、もうひとつ?』

『ああ、何だと思う?』

『ええ……? 何でしょう……』


 すでに貰っているプレゼントは素敵なティーセットだった。有名工房の人気シリーズのカラーをイレーネの瞳の色に変えた特注品で、一目見た瞬間すっかり気に入ってしまった。


(もうあんなに嬉しいプレゼントを頂いたのに、他に何があるかしら……?)


 一生懸命考えてみるが全然思いつかない。すると、リシャルトがくすくすと可笑しそうに笑ってイレーネの眉間に優しく触れた。


『考えすぎて可愛いおでこにシワが寄っているよ』

『あっ……』


 今日は常に優雅に振る舞おうと気をつけていたのにうっかりしていた。どうやらリシャルトの前だとつい気が緩んでしまうらしい。恥ずかしさに頬を染めていると、リシャルトが「揶揄ってごめんね」と謝って、胸ポケットから一本の鍵を取り出してみせた。


『ほら、これがもうひとつのプレゼントだよ』

『鍵? 一体なんの……』

『我が家のイレーネの部屋の鍵だよ。内装を新しくしたんだ。イレーネが寛げる部屋になるようにね』

『ええっ、そうなのですか?』

『前の部屋はイレーネの好みを知らないまま用意した部屋だったから、あまりしっくりこなかっただろう? 今度はちゃんと好みに合う家具を揃えたから見においで』


 何ということだろう。もうイレーネは結婚して皇后宮で暮らしているため、公爵家の部屋はなくしてしまっても構わなかったのに、イレーネのために残すどころか好みの部屋に改装までしてくれていたなんて。


 イレーネは今でもちゃんとアルテナ公爵家の家族で、いつでも歓迎して迎える用意ができている──そう言われているようで胸が温かさな気持ちでいっぱいになる。


『お兄様、本当にありがとうございます……。最高の誕生日プレゼントです』

『イレーネに喜んでもらえてよかった』


 そう言って微笑むリシャルトの眼差しには妹を想う優しさが溢れていて、イレーネは思わず泣きそうになってしまったのだった。

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