第18禍 この歌知りませんか?

「探している歌があるんですけどねぇ」

 その60歳ほどの御婦人がCDショップの店員である僕にそう聞いてきたのは10年ほど前の秋のことだったか。

 そう、まだ町に「CDショップ」が普通にあった時代だ。


「ええと、バラードで…歌詞に『レッツ』て入ってて…メロウで…」

 もちろんこんな説明でわかりっこない。

「あの、すみません。お恥ずかしいかもしれませんが、少し歌ってみてくださいませんか?」

 おそるおそる聞いたが、その御婦人はかえって目を輝かせて…「その曲」のサビを歌い始めた。


 ひどい曲だった。

 とてもプロがリリースしたとは思えない。

 歌詞も幼稚…厨二感がひどい。


 吐き気がした。


 それはその曲が稚拙にすぎたせいではない。


 その曲が、僕が中学生の時にこっそり作ってカセットテープに録音した自作曲だったからだ。

 吐き気と恥ずかしさとおぞましさ、それよりなぜこの御婦人がそんな誰にも聴かせていない曲を知っているのか!?

 思わず口を抑え、視線を御婦人に運ぶと。


 彼女はニタニタ笑っていた。目を半月のようにして。

 僕はバックヤードまで走って店長に早退します! と叫んで店から逃げた。


 幸いにしてその御婦人はその後姿を見せなかった。

 僕は心配になり、実家に電話した。

「僕の学習机はまだあるかい?」

「引き出しの中にカセットテープがないか見てほしい」

「くれぐれも見つけても再生せずに捨ててほしい」

 そうまくしてる僕に、母は告げた。

「あの学習机…廃品回収業者に出したわよ…?」


 しまった。

 そう言えば去年暮れに「捨ててもいいか」という電話に「ああ」とだけ答えてしまった…。


 じゃああの御婦人はどこかで机を手に入れ、テープを聴き、それが僕の自作曲だと探り当てて、関東の僕のバイト先まで来た…?


 バカな。

 それこそ妖怪じみている。

 そもそも目的はなんだ?


 だが、幸いなことに御婦人はもうバイト先には来ていない。

 忘れよう。

 アパートのベッドに横になった僕の耳に、のろのろ走りのトラックから流れてくるメロディが聴こえた。

「なんだ? まだ灯油売りには早いだろ?」


 途端に。


 そのメロディが僕の作った「あの曲」に変わった。

 驚いてベランダから外を見る。

 のろのろ走りのトラックの運転席に、目を半月状にしたあの御婦人がいた。

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