第15禍 今際の声

 その日、Kさんは聞こえるはずのない妻の声を聞いたという。

 時刻は5時。残業もなく退勤できそうなことに安堵しつつ会社からの帰り支度をしていると


 はるか10駅先の自宅にいる妻の声が聞こえた。


 胸騒ぎがした彼はすぐに家に電話したが誰も出ない。メッセージに既読もつかない。

 急いで帰宅した彼が目にしたのはリビングで胸を刺され死んでいる妻の姿だった。


 葬儀を終え、一段落すると、ごく親しい人に「声」の話をした。

「あの日、妻が亡くなったであろう時間に遠くの会社にいる自分に妻の声が聞こえた」と。

「不思議な話だね」

「夫婦の絆だね」

「あなたを想って声を届けたのよ」


 だが彼はけしてその「声」の内容までは口に出さなかった。

 小学校の頃からの腐れ縁である、僕以外には。


 その「声」の内容を聞いて、僕は総毛だった。

 それを知っているかどうかで、その「声の奇跡」の印象はまるで変わってしまう。

 それほどにその内容は邪推を生むものだったからだ。

 僕はKに「その声のことは絶対に他の人には言わない方がいい」と伝えた。


 やがて。


 別件で逮捕された男が取調べ中に、Kの妻の殺害を自供し始めた。

「彼女とは前から知り合いだった」

とも

「頼まれごとをしていた」

とも。


 邪推は邪推ではなかった。


 Kが聞いた声は次のものだった。


「違う! 私じゃない!」

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