第44話「孤塔の鐘と、“響き合う未来”」

 翌朝。

 ルセアの砂回廊での出来事を胸に、ミサとレティアは北西の山岳地帯へと足を向けていた。


 目的地は《ヴェルトの孤塔》。

 そこには、かつて“未来を鳴らす”と言われた鐘がある。

 だが、その音は百年以上も鳴らされておらず、今では“未来が失われた場所”として封印されていた。


 「聞いたことがあるわ、この塔の鐘は“契約の鐘”って呼ばれてた。鳴らす者の魂が“未来を選ぶ覚悟”を持っていなければ、音は響かないって」


 ミサの言葉に、レティアは少し顔をしかめた。


「……つまり、それは“選ばなければならない”ってことだよな」


「うん。でも……いまのわたしたちなら、きっと鳴らせる」


 それは希望というより、祈りに近い想いだった。


 山を登る途中、ミサはふと立ち止まった。

 その横顔に、ほんのわずかな迷いが見えた。


 「ねえ、レティア。わたし、あなたと旅をしてきて、本当にたくさん救われたの。

 だけど、同じくらい、怖くなるときがあるの。もし、あなたを巻き込んでしまったらって……」


 レティアは無言でミサに近づき、肩を包み込むように抱いた。


 「……あんたが選ぶ道なら、私は迷わずついていく。

 あんたの“選ばない覚悟”も、“選びたくない弱さ”も、私は全部受け止める」


 ミサの胸の奥がじんわりと熱くなる。

 心の奥で、何かが静かにほどけていくようだった。


 数時間後。

 ふたりはついに《ヴェルトの孤塔》へとたどり着いた。

 崩れかけた石階段を登りきると、塔の頂に大きな真鍮の鐘が吊るされていた。


 ミサはゆっくりと鐘の前に立ち、手を差し伸べる。


 その瞬間——視界が白く染まった。


 《誓焔の契り》《慰音の契約》《遺響の契約》が一斉に共鳴を始めたのだ。


 空間が開き、ミサの前に“未来の扉”が現れる。

 そこには、幾重にも折り重なる魂の声が刻まれていた。


 “この鐘が鳴るとき、世界は再び“選び直す”ことを許される”。


 「ミサ。行けるか?」


 レティアが隣で問いかける。


 ミサは振り返り、その手を強く握った。


「うん。今の私は、“あなたと未来を選びたい”って心から言える」


 そして——

 鐘を鳴らす。


 ゴォォン……


 低く、深く、温かな音が塔の中に響き渡った。


 その音は、空を震わせ、風を震わせ、地を震わせ、

 やがて、遠くにいるはずの誰かの魂さえも、静かに揺り動かしていく。


 契約進化。


▶ 特異契約:《未来契約(プライマル・プロミス)》を獲得。

 ——交渉の軌跡を未来へ繋げ、“今を選ぶ力”を誰かに与える能力。


 塔の中に、夕陽が差し込んでいた。

 ミサとレティアは、鐘の下に並んで立っていた。


 「……鳴ったな」


 レティアの声に、ミサは小さく笑った。


 「うん。……わたしたちの声は、届いたよ」


 レティアはミサの手をとり、その頬に口づけた。


 「未来がどうあっても、あんたが選ぶ今を、私は一緒に抱きしめていく」


 ミサの瞳が潤む。


 「わたしも。あなたとなら、怖くない」


 ふたりは、深く抱き合った。

 この瞬間が、誰にも奪えない確かな現在であることを、肌で確かめるように。


 夜空に、鐘の音の残響が淡く広がっていく。


 その音は、まだ語られていない未来へと、ゆっくりと紡がれていった。


(つづく)

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