第24話「調停者との再会と、“選択の門”」
リュネ村を離れ、三日目の朝。
霧の立ちこめる森の中、ミサとレティアは、静かに歩いていた。
新しい交渉地を求めて旅を再開したものの、心の中にはまだ“あの村”で感じた温度が残っていた。
沈黙も、安心だった。
ふたりの距離はすっかり馴染み、時折視線を交わすだけで、何を考えているかがわかるようになっていた。
「レティア」
「ん?」
「……ねえ、またキスしていい?」
レティアは驚いたように目を見開いたが、すぐにふっと笑った。
「唐突すぎ。でも……いいよ」
小さく唇を重ねる。
森の静寂に包まれた中、ただひとつの“確かな繋がり”を確かめるように。
唇を離したあと、ミサはそっとつぶやく。
「こうしてるとね、世界が優しく見えるの。あなたの隣にいるだけで、全部が信じられる気がする」
「なら……このまま、どこへでも行こう。あんたの進む方角が、私の行く場所だ」
ミサはそっとレティアの手を握り、歩き出そうとした。
——その瞬間だった。
空気が凍ったような冷たい気配が、森の奥から漂ってくる。
(……この気配……!)
次の瞬間、霧が裂け、闇のような気配が広がる。
そして、そこに現れたのは——
「また、会いましたね、交渉者」
リュミエル。
あのときと変わらぬ漆黒のローブに、灰色の無表情な瞳。
ミサは即座にレティアの前へ出た。
「何のつもり? 今はまだ“選択のとき”じゃないはず……!」
「確かに。ですが——“あなたの影響が、ひとつの歪みを生み出した”ことを、伝えに来ました」
「……歪み?」
「リュネ村。あなたが“感情を解き放った”ことで、本来静かだった村に、“新たな交渉の連鎖”が始まりました。
それは決して悪ではない。けれど、調整なしに続けば、必ず“破綻”を招く」
ミサの表情が強張る。
「それでも、私は“沈黙した痛み”を、見過ごせなかった」
「それが“偏り”です」
リュミエルはゆっくりと歩み寄る。
「交渉者は、誰かの心を拾い上げる。その行為そのものが、世界の理を動かす。
だからこそ、“あなたの心が向く方向”が、未来を歪める可能性がある」
「……でも、私は信じてる。“言葉”には意味がある。誰かを救う力があるって」
「ならば——試してみましょう」
リュミエルの背後に、“門”が現れる。
それは異空間への通路。契約と調停が交わる“狭間の空間”。
「この《選択の門》の先に、あなたが愛した者と似た存在を置きます。
そこで、交渉か、調停か——あなたが何を選ぶか、私に見せてください」
「愛した者と似た存在……?」
「“完全な模倣”ではありません。ただし、あなたの感情が揺れるように設計された試練です。
それは、あなたの“判断”を視るための場」
「ふざけないで……!」
レティアが叫ぶが、ミサは手を差し出して制した。
「……受けるよ。その試練。
あなたが私を見極めたいなら、私もあなたに“見せてやる”。交渉の意味を」
その言葉に、リュミエルの瞳がわずかに揺れた。
「——ならば、来なさい。交渉者」
選択の門をくぐった瞬間、視界が白く染まった。
そこは、“夢のように”懐かしい場所。
転生前の、あの無機質なオフィスの風景。
薄暗い蛍光灯の下、PCの画面が光り、隣には——レティアの姿をした“彼女”がいた。
違う。
このレティアは、あの“本物”じゃない。けれど——
「ミサ。帰ろう。全部やめて、私といればいい。戦いも、責任も、契約も、もう終わりにしよう」
甘く、優しく、すべてを肯定する“声”。
でも、それは“停滞の甘さ”だった。
ミサは静かに彼女に近づいた。
「ありがとう。私の中の“逃げたい心”を、こうして形にしてくれて。
でも、私はもう進むことを選んだ。誰かの痛みに手を伸ばして、“つながり”を選ぶと決めた」
「……あなたがそれで壊れたら?」
「壊れても、また立ち上がる。レティアが……私を支えてくれるから」
その言葉と共に、偽りのレティアの姿がゆっくりと光に溶けていく。
同時に——選択の門が消えていく。
現実に戻ったミサの前で、リュミエルは目を細めた。
「……なるほど。“愛”を動力とする交渉者か。脆く、しかし底知れぬ強さを持つ」
「私はあなたの敵じゃない。でも、“調停”だけが正義じゃないことも、知っててほしい」
「……ならば、私は調停者として、あなたの存在を監視し続けます。
あなたの“選択”が未来を歪めるとき、私は必ず、あなたの前に現れる」
それだけを残し、リュミエルは再び霧の中へと姿を消した。
夜、ミサはレティアの腕の中で静かに目を閉じていた。
「私の中には、“逃げたい心”があった。あの空間で、それと向き合ったの」
「でも、戻ってきた。私のところへ」
「うん……あなたがいるから。あなたの“リアル”が、私の支えだから」
キスは長く、ゆっくりと重なった。
その夜ふたりは、愛を深く交わし、肌を重ね、心の奥に“確かな絆”を刻んだ。
(つづく)
これにて《第1部:契約の目覚め》編は終了します。
次回より、《第2部:調停の刻(とき)》編へと突入。
交渉者と調停者、ふたつの力が交錯する中、世界の本質がついに明かされていきます。
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