『ユニークスキル【交渉の極意】で異世界転生しましたが、なぜか剣も魔法も最強でした』
あらやん
第1部:契約の目覚め
第1話「ブラック企業の墓標」
朝の空気は、コーヒーの香りとタバコの煙で濁っていた。
窓の外では雨がしとしとと降り続いているが、そんな天候さえ気にする暇もない。
「
甲高い声が飛んできた。デスクに並ぶモニターの前で、
心の中で何かがぷつんと切れる音がしたような気がした。
時計は午前4時12分を指している。
「……はい、もう少しで終わります」
自分でも驚くほど擦り切れた声だった。
彼女は都内の広告代理店で働く30代のOLだった。見た目は派手ではないが、細く整った眉と切れ長の瞳が印象的で、年齢を感じさせない透明感のある美人だ。
だが、誰とも深く関わらず、必要最低限の人間関係だけを保っていた。
それには理由がある。
彼女は——恋愛経験がまったくなかった。中学、高校、大学、そして社会人。すべてを「良い子」として過ごし、期待に応えることでしか生き方を知らなかった。
友達も少なく、男性と二人きりになれば緊張でうまく話せない。
そうやって気づけば30代、そして今、ブラック企業で文字通り命を削っていた。
胃が痛い。背中も熱い。手が震える。
それでも、マウスを動かす。キーボードを叩く。
「迷惑をかけないように」。それが美咲のすべてだった。
だが——その夜、ついに限界は訪れた。
資料を提出し終えたその瞬間、視界が霞み、ガクンと椅子から転げ落ちた。
誰かが叫ぶ声が聞こえた気がする。
遠ざかる意識の中で、ひとつだけ確かなのは——ああ、ようやく、終わったんだなという安堵だった。
***
……どこか遠くで風が吹いていた。
優しく、柔らかく、春の匂いがする風だった。
「……ん」
重い瞼を開けると、そこには見たことのない青空が広がっていた。
美咲は驚いて跳ね起きようとしたが、身体に違和感が走った。
白いシーツ。木造の天井。窓の外は緑の丘。
(……病院? でも、こんな……)
立ち上がろうとして、ふと鏡のある棚に目が行く。
その瞬間、彼女は硬直した。
「……誰……?」
鏡に映っているのは、自分ではない。いや、顔立ちは似ている。だが、髪は絹のように滑らかで、目は澄み切った湖のような蒼。肌は陶器のように白く、どこか人間離れした美しさがあった。
パニックになる前に、ドアが開いた。
「あ、気がついた? よかった〜、本当に目を覚まさなかったらどうしようかと!」
飛び込んできたのは、小柄な少女。腰まで届く銀髪、くりくりとした赤い瞳。そして頭にぴょこんと生えた猫耳——いや、マジで猫耳だ。
「あなたの名前は? 記憶はある?」
「え……あの、私は——」
「ここの人たちは“ミサ”って呼んでたよ。どうも、異世界から来たっぽいってギルド長が言ってた。スキルも調べたし!」
(スキル? 異世界? ギルド?)
あまりにも状況が異常すぎて、美咲——いや“ミサ”は言葉を失った。
少女は彼女の手を取り、にこっと笑う。
「私はフェリス。あなた、転生者なんだよ。しかも、超レアな“ユニークスキル”持ちってやつ!」
「ユニ……ーク?」
「うん、見てみる?」
そう言って、フェリスが掌を空中に翳すと、文字が浮かび上がる。
ミサの目の前にも、突然、薄い青いパネルが現れた。
《名前:ミサ》
《年齢:推定32歳(転生時)》
《職業:交渉人(商人)》
《ユニークスキル:交渉の極意》
《スキル効果:あらゆる人間・魔物・精霊との交渉時、成功確率が飛躍的に上昇。契約の発生率+500%、心理状態解析+1000%、失敗時のデメリット無効》
「……なに、これ」
「すごいスキルだよ! その気になれば、王様に城を売らせることだってできるってギルド長が言ってたもん!」
(意味がわからない……でも……)
奇妙なことに、この世界のことが、すっと頭に入ってくる。
まるで、長年住んでいたかのように。
ミサはゆっくりとベッドから降りた。
「どこか、働ける場所はありますか? 商人として、でいいので」
「え!? 働くの? 今起きたばかりじゃん!」
フェリスは目を丸くしたが、ミサはかすかに笑った。
「……働いてないと、落ち着かないんです」
フェリスが肩をすくめる。
「まあ、変な人って言われるかもだけど、ギルドに紹介してあげるよ! お礼にご飯おごってね!」
こうして、異世界でのミサの新たな人生が始まった。
だが、彼女がまだ知らないことがあった。
この世界では「ユニークスキルを持つ者」は、国にとっても、組織にとっても、金塊以上の価値を持つ。
そして、狙われる存在でもあるということを——
ミサの穏やかな商人生活は、次の瞬間から、剣と魔法と血の匂いに満ちた戦場へと巻き込まれていくことになる。
それでも彼女は、心に誓っていた。
(今度こそ、自分のために生きよう。誰にも、すがらずに)
そう、これは美しき交渉人の、戦いと恋と再生の物語の始まりだった。
(つづく)
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