第32話 魔族令嬢は、王妃の企みを聞き出したい

 一つ嘘をつく。そう提案すると、エドワードはほんの少し眉間にシワを寄せた。


「危険な嘘ではないな?」

「はい。エドワード様が夜にヴィアトリス王妃の部屋へ向かうのを心配していたので、国王様を喜ばせるお茶会の相談をするためと説得した。とするのです」

「なるほど。私に気を遣っている妃を演じるのか」

「おそらくですが、ヴィアトリス王妃は私とエドを引き離す、あるいは、エドの弱みを握りたいと考えてるでしょうから。あなたに気を遣う弱い妃を演じた方がよいかと」

「……私の弱み、か」


 ぼそりと呟いたエドワードは、私をじっと見ると「そう簡単に、くれてなどやるものか」と呟いた。


「どういう意味ですか?」

「……さて、それはさておきだ」


 明らかに話を逸らしたエドワードは、デイジーをちらり見た。


「昼間、デイジーに探りを入れてもらったんだが、この夜会には数人の令嬢が呼ばれている。そうだな、デイジー?」

「間違いありません。侍女たちからそれとなく聞き出しました。どのご令嬢も、王妃様と懇意にされていない諸侯のお嬢様だそうです」

「……ヴィアトリス王妃と懇意にしていないの?」


 デイジーの報告に違和感を感じ、首を傾げた。

 私室で開くお茶会に親しくしていない令嬢を 招くなんておかしいわ。それも、夜に開催なのよ。王妃の誘いとあれば、どの令嬢も断りなんてしないだろうけど。

 ヴィアトリス王妃はなにを企んでいるの?

 私を囲い、エドワードの弱みを聞き出すことが目的なのかと思っていたけど。それだけじゃないような気がしてきたわ。


「夜のお茶会には、なにか他に目的があるのかもしれないわね」

「そうだな……ローレンス、招待状の贈り先はわかるか?」

「はい。招待状の内容に目的はわかりませんが、招待状が贈られた先を調べることはできました」

「ローレンス、それはどこだ?」

「パスカリス侯爵家、ノーブル子爵家、セルダン子爵家です」


 すらすらと出てきた家名を聞いたエドワードの眉が少し釣り上がった。


「エドワード?」

「……なるほど。彼らを取り込もうとしているのか」

「どういうことですか?」

「彼らは、王妃に屈していない貴族だ。しかし、ノーブル家とセルダン家は最近財政が厳しいと聞く。パスカリス侯爵は、地方貴族の繋がりが多いゆえ、王妃としては味方につけたいのだろう。娘たちを使って侯爵たちに罠を張る気か」


 あるいは、もう令嬢たちはなにか弱みを握られているのかもしれない。

 だとしたら、私をお茶会に呼ぶ意味はなにかしら。私を罠に嵌めるだけなら、すでにヴィアトリス王妃の手に落ちている令嬢を揃えた方が手っ取り早いはずよ。そうしない理由は──考えても、まったく思いつかないわ。

 小さくため息をつくと、エドワードが私の手を握りしめた。

 

「ローレンス、侯爵たちに送る書状の準備を急ぎで頼む」

「書状の内容はいかほどに」

「貴殿の忠誠と国の未来を守るため、酒を酌み交わしたい。娘と共に登城するようにと」

「かしこまりました」


 一礼するローレンスに、エドワードは「それと」と声をかける。


「当日、ローレンスも私と共に同席するように」


 エドワードの指示に、ローレンスは小さく「御意」と返した。


「それから、リリアナの側には──」

「エド、当日なんだけど、連れて行くのはデイジーだけにするわ。サフィアは、あなたの側に仕えさせてほしいの」

「リリアナ様!?」


 私の言葉に声を上げたのはサフィアだった。


「侍女を二人も連れて行ったら、ヴィアトリス王妃に警戒しているといってるようなものでしょ?」

「ですが……」

「それに、サフィアはエリザ様の侍女だったのでしょ。よけい警戒されると思うの」


 きっと、ヴィアトリス王妃はサフィアのことも覚えている筈だわ。エリザ様の側にずっといた侍女なんだもの。そんな彼女がお茶会に姿を表したら、どう思うか……


「デズモンドの話を聞きたいといっているのだから、デイジーを連れて行くことに不自然さはないでしょ?」

「……わかりました。お力添えができず、申し訳ありません」


 そういったサフィアは唇を少し噛むと俯いた。その肩を、デイジーがそっと触れるけど、どうしていいかわからないようで、おろおろとこちらを見ている。


「謝らないで、サフィア。あなたの力が必要よ。用意して欲しいものがあるの」

「なんでございましょうか?」

「エリザ様が夜の茶会に着ていったドレスよ」

「……え?」

「全く同じでなくてもいいわ。それを思い出させるものでいいの。お茶会まで十日しかないけど、出来るかしら?」


 私のお願いに、拳を握りしめたサフィアは「お任せください」と告げた。


「どうするつもりだ、リリアナ?」

「ヴィアトリス王妃に、エリザ様の亡霊を見てもらいます」

「……また怖いことをいうな」


 驚いた顔をしたエドワードが、私の手を握りしめる。


「あまり無茶はしないでくれよ」

「大丈夫です。デイジーが側にいますから。ね、デイジー?」

「はい! 全力でリリアナ様をお守りします」

「心強いことだが……危険と思ったら、二人とも逃げることを考えてくれ」


 逃げることをといわれ、視線を城の見取り図へと移した。たぶん、それは難しいわね。

 ヴィアトリス王妃の怒りを買わず、話を聞き出すことが出来ればいいのだけど。

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