第51話・古井戸

 マスク越しだというのに土の匂いを感じる。


 一歩一歩前に踏み出すたびに、エアの気持ちは強くなっていた。


 空気は乾き切っているのか皮膚がかすれている。

 口の中の唾液を巡回させると、粘っこさと一緒に砂の味が広がった。


(高濃度の魔力がここまで重いなんて)


 感じ取れば感じ取るほど身体への重みを感じる。

 未体験の重圧に、エアの足取りは確実に鈍っていた。


 魔力は一部例外を除き万物に存在している。

 それは空気においても例外ではない。

 含有量があまりにも少ないため、誰も気に留めていないのである。

 無論害がないことは子供ですら知っていることだ。


(きっつい)


 が、大気に含まれる量が違うとなると話が変わってくる。

 感じ方に個人差はあるだろうが確実に言えることは、魔力を持たないエアにとっては厳しいといえる環境だった。


(頑張れアタシ!)


 重い足を懸命に動かし少しでも前に進もうとする。


 大気汚染の結果、魔力濃度が濃くなったのか。

 はたまた魔力濃度が濃くなった結果、空気が汚染されたのかは分からない。


 少なくともエアの心を折るまでには至っていない。


(なら、アタシはまだ舞える!)


 鼻から酸素を取り込みほんの数瞬呼吸を止めた後、口から吐き出す。

 これで多少は身体が軽くなったが、それでも肩におもりが乗っているような倦怠感が上回っていた。


「ギュシランさんは辛くないですか?」


 隣でけろりとしている青年に問い掛ける。


「多少はきついがそこまでだな。訓練生時代にやった水中訓練に比べたら大したことねーよ」

「水中訓練?」


 聞きなれない単語の登場に、ついついそのまま返してしまう。


「あー、人一人が通れるかギリギリの水路を潜って進むんだ。大した距離じゃないが顔を水面に出せるほどの余裕はなくてな。まあ言ったら、圧迫感と前の見えない恐怖に耐える訓練だな」

「それを聞いただけで機械術師としての修業が可愛く思えてきました……」

「それは人によるだろ。俺はお前みたいに未知の遺物に対して夢中になれないからな」


(それもそうか。人だもん。得手不得手はあるよね)


(アタシの場合は機械の道を行かざるを得なかったっていうのもあるけど)


 頭を上下に軽く振りながら進む。

 他愛の無い話をしている時だけは、身体に掛かる重圧がほんの少し気にならなくなっていた。


「あ――」


 ふと息を整えた時、視界の片隅に懐かしい存在が見えた。

 それは紛れも無く子供の頃に自分が居た村。


 大した護りにもなっていないレンガの柵に石造りと家。

 しかし活気に溢れていた村には、遠目から見ても人影がない。

 家畜の世話の為に広く取られた広大な放牧場にも、ヤギ一匹いやしない。


 変わっていないが変わっている。

 それがエアが最初に抱いた感想だった。


(みんな……)


 身体に伸し掛かる重圧など忘れて駆け出そうとする。


(ダメ。冷静に冷静に)


 村に到着したからといってそこが終わりではない。

 むしろ着いてからが始まりなだけに、無駄な体力を使ってはいられない。


(やきもきするなぁ)


 必死に熱量を抑え込み進む。

 そしてようやく村の門が見えたその時だった。


「待ちなさい」


 突然背後から声を掛けられた。


 咄嗟に振り向いた先には白いローブをまとった妙齢の女性。

 そしてその後ろには同じような年頃の男女が合わせて4人いた。


「私達はギルドの依頼でこの付近の調査と、村の護衛を任されている冒険者です。失礼ですが貴女達はどういう目的でしょう?」


(ふむふむ)


 やはりそんなところだろうと、エアは一瞬目を細めた。

 野盗の類いであれば、リティやメイズが黙っちゃいないのだから。


「アタシ達も同じです。ギルドの依頼を受けて調査に来ました」


 バッグからクエストの受領書を取り出し披露する。

 紙っぺら1枚だが、ギルドの押印はある。


 相手の代表は少しの間目を細めると、柔らかな表情でエアを見てきた。


「確認しました。どうやら本物のようね」


 今度はリティの方へと視線が向く。


「こういうことが発生した時、火事場泥棒を働く愚か者がいるものだから。ごめんなさいね」

「いや、当然の対処だ」

「アタシもです。気にしてません」


 二人の反応を聞いたローブの女が柔らかい笑みを見せる。


「見たところ魔術師のようには見えないけれど、お二人の専門は医術かしら?」


 問いに対してまずは首を振る。

 そうして間髪入れずに口の筋肉に力を入れる。


「機械です。アタシは機械術師で、彼はアタシの護衛です」


 身分を明かした途端、僅かに沈黙が走る。

 相手パーティーの代表も唇の端を引きつらせて――、


「すっごい!? うぇ、本当に!? 私初めて見たわ!」


 いなかった。

 まるで珍しい生き物を見るような熱量でこちらを見てきた。


「機械術師って国に全然いないんですよね!」

「あ、はい。アタシを含めて7人のはずです」

「それは凄い! おーい、生の機械術師さんだよ!」


(そんな珍獣を見たみたいな)


 代表の呼び掛けにより続々とパーティーメンバーが集まってくる。

 ただ、ローブの女ほど昂ぶってはいないようで。


「何? 機械術師ってそんな凄いのか?」

「聞いたことはあるぐらいかなぁ。知らんけど」

「王都だと結構有名よ? 工房もあるぐらいだし」

「へぇ。興味ねーわ」


 と、まあこのような調子である。

 リーダーが盛り上がっている分、逆に他の面子の気分の低さが気になった。


「もうこの人達はっ! こんなに凄い人を知らないなんて、なんて嘆かわしい!」


 ローブの女性が世界を呪うように俯き、右手で顔を包み込む。

 機械術師の認知度の低さに憂いてくれているのはいいものの、傍から見ると少し怖いくらいである。


(まあ悪い気はしないけど)


「あのー? アタシ達そろそろ」

「あっと、ごめんなさい。置いてきぼりにしてしまいましたね」


 現実に戻ってきた淑女が背筋を伸ばし、凛とした目を向けてくる。


「申し訳ありませんが、医療従事者でなければ村への立ち入りは禁止となっています」

「え? どうしてですか?」

「だれそれ構わず村への出入りを許可していたら無用の争いが起きる可能性がありますからね。おかげで私達も村の中には入れません」


 両腕を曲げ、降参といった素振りを見せてくる。


(それもそうか。病気に対して何もできないひとがいても邪魔なだけだもんね)


 ほんの数秒頭を回転させ、少し頷いてから前を向く。


 専門家には活躍する舞台が与えられる。

 医療関係者が必要とされる場所が患者のいる村だとするならば、今機械術師が大事な場所は何処か。


(うん。アタシの行くべき場所は村じゃない)


「分かりました。アタシ達は村の周囲を調査することにします。教えて頂いてありがとうございました」

「はい。私達はこの辺りにいるので、困ったら声を掛けてくださいね」

「はい! 行きましょう、ギュシランさん」

「あ、ああ」


 元気の良い声を上げ、エアとリティはその場を後にした。


「弱ったな。村に入れないとなると、どうする気だ?」


 隣を歩いていたリティがいつもと変わらぬ表情で話し掛けてくる。

 まったくもってあての状況だというのに、彼の落ち着いた声を聞いているだけでこちらも穏やかな気分になるようだった。


「村の人達のことはお医者さん達に任せます。アタシはアタシのできることをしようと思います。MAIDSメイズ

「応答。何でしょうエア」

「ここら一帯で魔力濃度の濃い場所は分かる?」

「確認します。38秒ほどお待ちください」


 相棒の返答を耳に入れ、得意気な顔を彼へと向ける。


「こういうことです」

「なるほどね。悪くないな」


 エアは機械術師なのだ。

 使える機械は何でも使うことも、機械術師にとって求められる能力だろう。


 そんなことはエアと衣食を共にするリティもまた理解していることだった。


「調査完了。見つかりました」

「何処? すぐに向かおう」

「はい。ですが、これは」


 珍しくMAIDSメイズが言い淀む。

 これには四六時中MAIDSメイズと一緒にいるエアも眉をひそめた。


「どうしたの?」

「失礼しました。何でもありません」

「お前らしくないな。本当にどうした?」

「何でもないと言っているでしょう。しつこいです」

「む」


 リティへの厳しい言葉を前に、エアは「あはは」と形だけ笑って流そうとする。

 まさかこんなところで喧嘩を始めるほど愚かではないだろうが、先手を打っておいて損はない。


「左に45度回転してください。そちらから濃い魔力濃度が確認できます」

「はーい」


 軽くクルリと回る。

 向いた先はやはり荒野で、これといって目印になるものもなかった。


「1時間ほど歩いた先に古井戸があるはずです。そこが目印です」

「古井戸」


 急に背中に悪寒が走る。


 村の近くにある使い古された井戸。

 エアはその存在に心当たりがあった。


「まさか魔力が濃い場所って」

「はい。本端末とエアが出会った遺跡から感じます」


 相棒の発言に、エアは急激な唇の渇きを感じた。

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