第38話・ギュシランさん、結構乗り気です?
「こんな盗み見るような真似して本当に良いのかなぁ?」
「当然。依頼者であるモールが望んでいるのです。我々が気にする必要は無いでしょう」
「それはそうだけどさー」
(どうもモヤモヤする)
気になるは気になる。
もちろん親友の幸せは心から願っている。
だが遠目からとはいえ人の恋路を覗くというのは非常識ではないかと、疑ってしまう自分もまたいた。
これでは機械術師ではなく探偵である。
(ま、いっか。深く考えないことにしよ)
エアは柱の陰からそっと顔を出すと、街の入口で今か今かとそわそわしているモールの方へ顔を向けた。
門の下。何度も前を向いては前髪に触れるを繰り返しているあたり、相当緊張しているようである。
商業都市ヘータは人通りが多い分そこまで目立たないものの、これがアルフ村であれば不審者間違いなしだ。
(大丈夫かなぁ)
「目標の接近を捕捉。モールから伝えられた容姿と一致します」
「え、どこどこどこっ!?」
すると人込みの中から親友に近づく一人の男性が視界に映った。
「わぁ……。すっごい綺麗な人」
トンガリ帽子から見た目の情報は聞いていたものの、思わず息が漏れる。
エアの瞳には、遠目にも分かるほどの美形が友の真横にいた。
風に吹かれさらさら具合が際立つ金髪。
童顔とも呼べるほど顔の作りが柔らかいにも関わらず、身体から発せられる大人の雰囲気によって年上であることが理解させられる。
彼女が言っていたことは事実であり、恋に恋する乙女が漏らした薄っぺらい情報ではなかったのだ。
(モールさんはああいう人が好みなんだ)
確かに綺麗だが、格好良いというよりも可愛いが勝っている。
エア個人としては頼れる男の方が好みだった。
「それにしても、何処かの貴族の生まれかと思うくらい綺麗な人」
「反論。容姿に身分は関係ありません。どちらかといえば親の遺伝子が一番関係して――」
「分かった分かった。移動するみたいだからアタシ達も行くよ」
「話しているのを無理に
小言を発する
(うえぇ。人が凄い)
対象を見失わないように目を光らせながら、市民や旅人、そして行商の波をぬって歩いていく。
ふと後ろを見ると、まるで障害などないようにリティがついてきていた。
澄ました顔の至る所に小じわが見られる。
彼と同居しているエアだからこそ分かる含みのある顔つき。
「何故俺がこんなことに付き合わないといけない」という文句が伝わってくるようだった。
「エア。近付き過ぎです、停止を」
「おっと」
対象の二人が雑貨屋の前で立ち止まったところで、慌てて建物の影へと滑り込む。
「ありがとう
「いえ、エアのためなら当然のことです」
「ちょっと慌てちゃったけどバレてないよね? まあ、尾行にされてることに気付かれたところで何かあるわけではないと思うけど」
「回答。問題ないでしょう。対象の男はモールとの会話に夢中のようですから」
「だといいんだけどね――とと」
再び動き出したモール達に気付き、再度歩みを始める。
これを幾度か繰り返したところで、彼女達は口の動きを止めることなく喫茶店へと入っていった。
ヘータで1、2を争うほどの有名な店であり、飾り気のない造りとは裏腹に、お茶やケーキは凝ったものを出すことで親しまれているらしい。
「ここまでは
「当然です。本端末の計画に一点の曇りもありません」
「こうなるとアタシ達はしばらく暇だね。どうしよっか」
遠くから見ても喋りっぱなしの現状を考えるに、1時間は出てこないだろう。
逆に言えば、エア達見守り組の自由時間が1時間増えたことになる。
「アタシ達も何処かで時間を潰す?」
「いや、この場を離れるのはよしたほうがいい。予想よりも早く出てきた時に対応できないからな」
今の今までただ後ろを付いてきた青年から初めて声が飛んだ。
「ギュシランさん?」
「やるなら中途半端はやめろ。それがどんなにくだらないことでもな」
「ギュシランさん、結構乗り気です?」
「んなっ!?」
虚を突かれたリティがたじろぐ。
そして思わず一歩後ろに下がったことで、背後を歩く老人と接触してしまいそうになっていた。
「ギュシランさん!」
急いで腕を伸ばし同居人の腕を掴み引き寄せる。
「だ、大丈夫です……か?」
思いの外力が入ってしまったようで、予想以上に相手との距離が近くなる。
おかげで心配する声が上擦ってしまっていた。
「悪い」
「い、いえ。アタシが変なことを言ってしまったせいですから」
(なんか頬が熱いかも)
思いもしなかった出来事に、体中の熱量が顔に集まってきたかのような錯覚を覚える。
こんなことは前にもあったことを思い出す。
確か二人で温泉に向かった時で、あの時は山道を滑って落ちそうになったエアがリティに助けられたのだ。
ちょうど前とは立場が逆になった形である。
「いいって。それより俺達も中に入ろうぜ」
「え? それだと尾行がバレる恐れが」
「別に感づかれたところでなんかあるわけじゃねーんだろ?」
「それはそうですけど」
別にモールからお金を貰っているわけでも脅迫されているわけでもない。
依頼時は彼女の好意により金銭による関係が生まれそうになっていたが、そこはしっかりと断っているのだ。
そういう意味ではモールに対して果たすべき責任は無いと言える。
「でも、その、なんというか」
「真面目に考え過ぎなんだよ、お前は。別に知らんぷりしてりゃあ気になんねーって」
(んー。そんなもんかなぁ)
いつまでも煮え切らない態度を取るエア。
「ちょ!? ギュシランさん!?」
「いいから行くぞ。こんなところでずっと待ってられるか」
だが、監視役の手によって文字通り引っ張られることになった。
連行先は友が入っていった喫茶店。
腕に掛かる力は強いものの不思議と痛みは感じず、逆に宙に浮いているような気持ち良さが込み上げて来た。
「警告。エアから手を離しなさい野蛮人。エアが困っています」
「うるせーな。嫌がってはいねーだろうが」
「そんなことはないでしょう。エア、ガツンと言ってやってください」
「ええっと」
左目からきつい要望が飛んでくる。
(どどど、どうしよう!)
青年の言う通り、引っ張られることを辛いと感じてはいない。
むしろ謎の高揚感により、頬が緩んでしまうくらいだ。
「それに『仕事手伝ってもいいんですよ?』って、言ったのはこいつだぞ」
(そういえばそんなこと言ったかも!)
うじうじと考えているうちに、とうとうリティが店の扉を開く。
すると空調を整える魔法を行使しているのか、外の生温い空気とは異なるひんやりとした風が頬を叩いてきた。
「いらっしゃいませー。お二人ですか?」
「ああ、二人だ」
「あちらの席にどうぞー」
(あー、とうとう入っちゃった!)
流されるままにゆっくりと店内へと侵入する。
中は情報通り木の上手く利用した単調ながらも落ち着いた空間に仕上がっている。
特に壁の濃い目の色合いは、見ているだけで自分も大人の世界に足を踏み入れたような気持ちを抱かされた。
(あ、モールさんだ)
馴染みの無い空間に意識を奪われている中、視界の隅に見慣れたトンガリ帽子が目に入る。
彼女はこちらに気付いたようで、一瞬さらりとこちらに笑みを向けてくれた。
(本当に気にしてないみたい。良かった)
「いつまでも呆けてないで座るぞ」
「す、すみません」
せっつかれたことで、慌てて彼の後を追う。
そして案内されたテーブルに揃って椅子を引いた。
「どうだ? 向こうもあんま気にしてないだろ」
「そうですね。アタシの考え過ぎでした」
再びちらりと標的の方を見る。
現在進行形で話に花を咲かせているようで、男の方は少しもこちらを気にしていないようだった。
「大胆なことばっかやってるから気が付きにくいけど、お前基本は慎重派だよな」
「それ師匠にもよく言われました」
「だろうな。何にする?」
早々に決めてしまったのであろうリティから品目が記載された紙を渡される。
(げっ!?)
「な、中々良い値段しますね」
ついつい顔を強張らせるエア。
紅茶のみでも、アルフ村なら1日分の食材が買い込める値段だった。
「心配すんな。この前温泉に連れてってもらった礼だ。ここは俺が払ってやるよ」
「そんな申し訳ないですよー」
「気にすんな。どうせ村にいてもさして使い道のない給料だ」
「でも……」
「商売が軌道に乗ってきたお祝いだ。これぐらいさせろ」
ぶっきらぼうに言い終えるなり、リティが店員を呼び始める。
(ちょっと心残りだけど、折角だし甘えよっか)
自分の気持ちにケリをつけ、対面に座る青年へと目を向ける。
エプロン姿の店員が来るなり紅茶とケーキを頼む彼は、何処か満足気な様子だった。
「お前はどうする?」
「そうですねー。それじゃあアタシも同じのをください」
「かしこまりました」
(ふふっ、お揃いにしちゃった)
「それにしてもあいつ等ずっと楽しそうに話してんな」
「解析。それだけ本端末達が考えた作戦が上手くいっているということでしょう」
人目が多い場だというのに
逆にこれだけの人がいれば、少しくらい妙な声がしたところで問題無いと判断したようである。
「だといいがな。しかしな」
「何か心配でも?」
意味深な顔つきをするリティに尋ねる。
彼は頬杖をつき目を細めると、楽し気な会話の渦をすり抜けるように重い声色を放った。
「上手くいきすぎだな」
「と、いうと?」
「普通、たいして面識のない相手であんなに会話が繋がるもんか?」
(言われてみれば。でも、モールさんはアタシじゃないし――)
そういう人間だっているだろう。
また二人の相性が物凄く良ければそういうこともあり得る。
エアは「うーん」と唸るなり、顎に右手を当てた。
「もう少し観察しましょうか。不審な点があればひっそりとモールさんにお伝えします」
少し前までのエアであれば「気にし過ぎでは?」と、返したことだろう。
だがそう言わなかったのは、機械術師として行動してきたことで思考を停止させることの危うさについて身をもって学んだからだ。
「
「承知。任せてください、エア」
この世で一番信用出来るエアに声を掛けてから数十秒後。
お盆の上に紅茶とチーズケーキを乗せた店員がエア達の元にやって来た。
アルフ村では考えられない煌びやかさを目にしているというのに、エアの胸の中は妙にぞわぞわする不安で一杯になっていた。
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