第27話・普通です
「遠方に行くって言ってなかったっけ?」
「やめた!!」
(なんて屈託のない笑顔)
意気揚々と言い放つ友にお茶の入ったカップと、お茶菓子を差し出す。
最低限の机と椅子、それに機械が並ぶ静かな仕事場も、彼女が居るだけで愉快な場のように感じられた。
「商人がそんな計画性の無さで大丈夫なの?」
「そこは機転が利くと言ってほしいなー」
トンガリ帽子の少女は、エアが出したアオ芋のタルトを手に取り口の中に放り込む。
折角スプーンを付けているにも関わらず、女子とは思えないほど豪快な食べっぷりである。
「美味しーこれ!! もしかして手作り?」
「うん。お菓子作りも結構好きなんだ」
「これきっと売れるよ? 王都でも通用するかも」
「無理無理。そこまでの物じゃないよ」
味には自信がある。
だがお菓子は見た目の美しさも重要であることを考えると、エアが作るものはどれも田舎っぽさで溢れていた。
「意見。美的センスが加わればすぐさま誰もが認めるお菓子に昇華するでしょうが、このままでは集落の酒場で出すぐらいの物でしょう」
「悪かったね。美的センスが無くて」
「いたっ。暴力反対です」
左目の機械に向かってデコピンを放つ。
少し前までは気落ちした様子だったのに、すっかりと何時もの調子に戻ってしまっていた。
(それはアタシも同じか)
モールの前に座ってエアもまたお茶を啜る。
数日前まで、エアは
そして自分の存在を不要だと思い凹んでいたのだ。
(本当、人生って難しいね)
「どうしたの、エア?」
「うんん、何でも」
さらりと返し、家族のことを気に掛けながらタルトを口に運ぶ。
ただ気が済むまで話しただけ。
たったそれだけで、深く会話するだけで嫌な気分など消え去ってしまった。
それも機械の方から取った行動だというのに、最後の方はそんな些細なことはどうだってよくなっていた。
(これからも一緒だよ)
「んで、お前は何しに来たんだ?」
「おっとそうだった。てかギュシランさんもおひさー。元気だった?」
「別れてからそんな時間経ってねーし、何ならさっきも挨拶したろ」
「あれ? そうだっけ?」
仕事場前の廊下を磨いていたリティが会話に入ってくる。
それも呆れ顔で。
扉を開けっ放しにしていたおかげでエア達の会話は筒抜けだった。
「エアとの同棲生活はどう? 何か面白愉快なことはあった?」
「どうせっ!?」
(何、馬鹿なこと言ってるの、この人はっ!)
突然の爆弾発言にお茶を吹きそうになる。
ちらりとこの場に居る男性に目を向けると、まったく気にしていない様子だった。
(これはこれで傷付くなぁ)
元々二人で暮らすことを提案したのはエアの方である。
そういうこともあって、エアが気にするのもおかしなことなのだ。
だが、これっぽっちも気にされないというのは、女としての
「冗談はいい。さっさと本題に入れ」
「相変わらず固いねー。まあいいや」
と、トンガリ帽子が大きなカバンから何かを取り出し始めた。
(あれ良いなぁ)
見た目をかなぐり捨てた、どちらかと言えば無骨なカバン。
しかし収納力はありそうで、個々が大きく場所を取りがちな機械部品や工具が多く入りそうだった。
「これなんだけど」
「何これ? ポーション?」
机の上に並べられた小瓶を見て呟く。
透明な色合いであるものの、見た目はよく知る薬品そのものである。
「うんん、日焼け止め」
「日焼け止め?」
言われてみればそう見えなくはない。
少しばかりサラサラ感が強い気がするものの、納得はできる。
「日焼け止めって何だ?」
首を傾げていたリティから質問が飛ぶ。
「肌に直接塗り付ける美容品ですよ。お肌が太陽光で焼けちゃうのを守ってくれるんです」
「男の人はあんまり気にしないかもだけど、女は見た目に命を掛けてるからねー」
「同意。
うんうんと、頷く女性陣に対し、唯一の男がポリポリと頬をかいた。
あまりピンとこなかったらしい。
「俺には理解できん世界だな」
「もちろん熱意の差は人に寄りますが、大多数は気にしてると思いますよ」
(王都の化粧品店なんていくつあるか分かんないぐらいだし)
「ふーん。お前もか?」
「うぇ!?」
急に振られるとは思ってもみなかっただけに、手の中で転がしていた瓶を落としそうになる。
「アタシは、その、人並みですね……」
「訂正。人より遥かに疎いです。まともな化粧などした経験はありま――」
「
馬鹿なことを言おうとした左目を
(急に何を言うの、このアホ機械は! これじゃあまるでアタシが女の子らしくないみたいじゃない!)
そりゃあ確かに機械尽くしの生活だった。
機械の勉強が出来ればそれで良く、身だしなみなど二の次だった。
でもだからこそ今があるのだ。
エアは心の中で言い聞かせると、左手の覆いを外した。
「今はまだ、化粧なんて必要ないもん」
少女から負け惜しみが漏れる。
どれだけ自分に言い聞かせたところで、喋り終わるにつれ語気が弱くなっていた。
「うんうん。ボクもそう思うよ」
「ぇ?」
「化粧は必要になってからすればいいよ。エアは若いし可愛いから、素のままで問題ないない」
言って、商人が一気にお茶を飲み干した。
心から満足したにこやかな笑みを浮かべているあたり、本当にそう思っているようである。
「賛成だ。徹夜で機械弄りをして明け方顔を洗いながら寝るような奴に、化粧が必要とは思えん」
「むぅ。同じ援護でもギュシランさんのは悪意を感じる」
「本当のことだろうが。悔しかったら必要のない徹夜をやめろ」
「賛成。女性は早く寝るべきです。夜更かしはお肌に良くありませんよ」
「むぅ」
指摘の嵐についつい片方の頬を膨らませる。
(そんなことアタシだって分かってるし、もう)
「はいはい、エアのお話はおしまい。本題はこの日焼け止めでしょ!」
わざと大声を出して、
責められていたエアにとって、心遣いが胸に染みた。
「その日焼け止めがどうかしたのか?」
「エアに品質を見て貰いたくてさ」
「? どういうこと?」
(アタシ専門家じゃないんだけど?)
「実はこれ、王都に来ていた北方の人達から仕入れた商品でさ。ビビッときて即決で買っちゃったんだけど、ちゃんと確かめておきたくて」
「自分では使ってないの?」
「もちろん使ったよ。悪くなかった」
「それならいいじゃん」
エアが結論を述べるや否や、「チッチッチ」とモールが人さし指を震わせる。
「突発的な商品を売るには、分かりやすい付加価値が必要なの。たとえ良い商品でも、理解して貰わないと誰も買わないよ」
「そういうもんか?」
「思い返してみてよー。選択肢があったら新しいものより、慣れ親しんだものに手が伸びるでしょ」
「そうかも」と、エアが漏らす。
王都に暮らしていただけに、これはリティも納得したように頷いていた。
「商人が売ってるからって、買ってくれるわけじゃないのが辛いところであり、商売の面白いところ」
(うーん、アタシには一生理解できそうにないかな?)
友の笑顔を見ながら残ったお茶を一気に飲み干す。
残った器には、お茶っぱのカスが底にへばり付いていた。
「それで
「ちょっと近い近い!?」
鼻息を荒げたトンガリ帽子が急に距離を詰めてくる。
よほど商品に自信があるようで、瞳までもがぎらついていた。
「どう
「応答。成分解析中。完了まであと7秒」
「うんうんうんうんっ!! それでっ!」
モールの顔が更に近付く。
視界の隅では、我関せずといった風にリティが窓を見ながらお茶菓子を口に運んでいた。
「解析完了。評価します」
「うんうん! どう? やっぱり良い商品でしょ!」
「判定」
次に繰り出される桃色の未来を期待して、トンガリ帽子がまじまじと機械術師を――。
より具体的にはエアの左目を今か今かと見ていた。
そして冷めた音が羽ばたき始める。
「普通です」
「え?」
「だから普通です」
刹那、希望の未来に満ち溢れていた友の顔から生気が抜けていった。
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折角戻ってきたのにこの扱い。
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※次の更新は6/29(日)を予定しています。
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