第25話・アタシ、ポンコツなのかな……

 エアのお悩み相談所のお客様第一号。

 それはボーカ家の長男だった。


 第一印象は、弱々しいの一言。

 農家の息子とは思えないほど細身の体格で、彼の父親とは比較にならないほど華奢きゃしゃだった。


 年はエアよりも少し上だろうか。

 酷く緊張している様子のせいで分かり辛いが、素朴で人当たりが良さそうな人である。


「それで人生について教えて欲しいとのことですが」


 仕事場の机を境に、依頼人と向かい合ったエアが切り出す。

 当の相談者はというと、緊張しているのか体中を強張らせていた。


「は、はいッ!」


 男の口から裏声が放たれる。


(ここまでソワソワされると、こっちまで気まずくなってくるなぁ)


 拠点を構えてからの初めての正式な依頼。

 初っ端から失敗するわけにはいかないと、エアは背筋を正した。


「ここにはアタシとアイちゃんしかいませんし、どうか楽にしてください」

「は、は、はい! あり、ありがとうございます!」


 言って、彼は机の上の果実水が注がれた容器の中身を一度に飲み干した。


(こりゃあ難しそうだねぇ)


 困惑するエアの正面で、男がふぅっと息を吐く。

 多少は収まったようだが、まだまだ右手が小刻みに揺れていた。


「ぼ、ぼくの名前はチャット・ボーカ。ご存知の通りロイ・ボーカの息子です」

「エア・ブラウジングです」

「アイ・ボーカだよ!」


(かわいいっ)


 自己紹介の波に、隣で文字の練習をする女の子もまた乗ってくる。

 顔を合わせる大人二人は頬を緩ませると、本題に入るべく話を続けた。

 妹の介入により、心なしかチャットの身体の震えが更にしずまっているようだった。


「それで人生についてとは?」

「あ、すみません。緊張して変なこと言ってました。ぼくの人生相談に乗って欲しくて」


 なんだそういうことか、と小さく頷く。


「ぼくの家は農家です。兄妹はぼくと妹の二人なので、どちらかが将来農家を継ぐことになると思います」


(うんうん、よくある話だね)


 跡取り問題は何処にいたって話題に挙がる。

 対面する彼にとっては初めてのことでも、エアは幾度も同じような話を耳にしていた。


「つい最近までは長男であるぼくが継ぐものだと思っていました。ですが最近、ふつふつと外の世界に出てみたいという思いも湧いてきまして」


 と、表情をくもらせるチャット。


「ふむふむ、何か他にやりたいことでもあるんですか?」

「いえ、まったく?」


(何も無いんかい!)


「え? 何かやりたいことや目的があるから村の外に出たいんじゃないんですか?」

「本当に何となくなんですよ。たまに外から来る行商の人と話していると、面白そうだなって思う時があって」

「そ、そうですか……」


 つい言葉をにごしてしまう。

 はっきり言って、エアには対面する少年の考えていることが理解出来なかったのだ。


(どうしよう。何て言えば良いんだろう)


 エアの人生はいつも目的が付随ふずいしていた。

 それは自分がやりたいという思いよりも、生きるためにそうせざるを得なかったという背景があったからだ。


 彼のように自分の思うがままに決定できる立場ではなかっただけに、この相談はエアには少々荷が重かった。


「質問。私用で村の外に出たことはあるのでしょうか?」


 今度はMAIDSメイズの横やりが入ってくる。

 MAIDSメイズと自己紹介を交わした幼女は目を輝かせていたものの、初めて機械の声を聞く兄は道化のような表情をしていた。


「あ、今のはアタシを支える機械の声なので、あまり気にせず普通に接してください」

「あー、そういうものですか。そっか、エアさんは機械術師ですもんね。機械を使っててもおかしくないのか」

「ええ、はい」


 作り笑いでさらりと流す。

 本当は機械術師であってもMAIDSメイズのような存在を扱わないだろうが、エアは異論を唱えることはせず相棒が作った風に乗り始めた。


「どうですか? 普通に村の外に出たことは?」

「いえ、一度も無いです。物心がつく前は親父に連れられて王都に行ったことがあったそうなんですが」

「ほうほう。本当に村の中だけで生きて来たんですね」

「そういうことになりますね」


 ばつが悪いと感じたのか、男の声が尻すぼみになっていく。

 自分の経験の無さ再確認したことで、悲しんでいるようでもあった。


「提案。それでは一度村から離れてみてはどうでしょうか」

「村からですか」


 チャットが座る椅子が鈍い音を立てる。


「肯定。過程は何であれ、自分が知ること以外のことに興味を持てたのは、貴方にとってそれは大きな進歩と言えます」


MAIDSメイズの声を聞く度に青年が大きく首を縦に振る。

 彼の妹もまた、字を書く手を止めMAIDSメイズの発言に耳を傾けていた。


「貴方はまだまだ若いのですから、焦って将来を決める必要ないでしょう」


 淡々と助言を送り続ける相棒。

 説得力のある言葉の連続に、この場にいる誰もが固唾かたずを飲んで聴いていた。


「不透明な未来に不安になることもあるでしょう。失敗することもあるでしょう。ですが、若いうちは何度だってやり直すことが出来ます」


MAIDSメイズ……)


 まるで自分に向けられているような錯覚を覚える。

 エアは膝においていた両手を無意識に揃えた。


「結論。焦って今すぐ答えを出す必要はありません。気になる悩みを潰したあとから考えることを、はお勧めします」


(あ……)


 相談者に対して力になれなかったエアを気遣ってくれたのだろう。

 MAIDSメイズが単独で出した意見だというのに、主人も含めてしまっていた。


(嬉しい。けれど情けない)


 機械を使う立場にいながら、ただただ助けられるのはよろしくない。

 せめて自分から相方に相談するようにしなければ、エアの居る意味が無くなってしまう。


(アタシも精進しないと)


 人知れず奮起するエア。

 しかしながらその他の人間は、機械の圧倒的な相談力に身震いしていた。


「ブラウジングさん!!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 突然立ち上がったチャットに両手を掴まれる。


(なにごとっ!!)


「凄いっ!? 凄いです! ぼく感動しました!」

「な、何がです?」

「またまたご謙遜を! 機械術師なんて胡散臭い存在だと思ってましたが、ここまで凄いなんてっ!」

「うん! エアお姉ちゃんは本当に凄いんだよ!」


 目を白黒させるエアを余所に、兄妹達が謎の盛り上がりを見せる。

 それもお祭りで踊っているような能天気な舞まで披露している。


 文字通り何もしていないエアには、彼らの喜びようがかえって辛かった。


「ぼく、今度行商が来た時に乗せてってもらいます。それで村の外を見てみるんだ!」

「あ、はい。とても良いと思います!」

「わたしもわたしも! わたしも見る!」


 目をキラキラさせる兄の横で自己主張する妹。


「アイちゃんにはちょっと早いんじゃないかなぁ」

「むぅ! お兄ちゃんだけズルい!」


 ぷくっとアイが頬を膨らませる。


「そうと決まったら出かける準備しないと」


 と、エアの手を離したチャットが部屋から出ていこうとする。

 急に現れた自分の将来に、すっかりと舞い上がっているようである。


「あ、といけない! 相談料はいくらですか?」

「そうだん……りょう?」


(そうだこれ仕事だった!?)


 目的を忘れていたことに気付き、慌てて思考を巡らせる。


(どうしようどうしよう。チャットさんの欲しい答えは出せたけど、アタシが考えたものじゃないし。それにボーカさんのご子息だし、うーん)


 困った。

 大変困った。


 何を選んでも後悔しそうな気がするのだ。


(どうするアタシ? 機械術師としてどれぐらいの報酬を貰えば?)


 考えれば考えるほど迷宮に迷い込んでいく。

 背筋に冷たい汗が流れているのに、額は温室にでも入っているかのように熱がこもっていた。


(アタシ。アタシは――!?)


「回答。お金は結構です」


MAIDSメイズ!? 何を!?)


「え? でもそれじゃあボクの気が」

「対価といってはなんですが、今回のことを村の人達。並びに村の外に出た時に周知して貰えると助かります」

「たったそれだけでいいんですか?」

「肯定。問題ありません」


 理解不能だった。


 相手はボーカ家の身内。

 だが大したお金や食べ物を得られないとしても、依頼者が満足する結果を残した以上、形に残る成果は受け取るべきだ。


 少なくともエアはそう思ってしまった。


「そうですか。ではそのようにします!」

「お、お願いします」

「はい、ありがとうございました!」


 とはいえ、チャットの前では堂々と聞けるはずもない。

 エアは理由もわからぬまま返すと、笑顔で去っていく青年の姿を見つめた。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「うんん、別に。何でも、ないよ」


 浮かない顔をするエアを不審に思ったアイが疑問を投げてくる。


 まったく何もできなかった自分に嘆いているなんて、言えるはずもなかった。

 ましてや純粋な目で見ている子には。


(アタシ、ポンコツなのかな……)


 相方の真意を確かめることもせず、エアはただただ下を向いた。


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優秀な身内がいると、自分がダメダメに感じる時あるよね。


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※次の更新は6/23(月)を予定しています。

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