第3話・きかいさんをしんじる
「キミ! 大丈夫か! キミ!」
(う、ん?)
男の人の声の激しい叫びにより、エアの意識は覚醒状態へと戻ってきた。
「しっかりしろ! 生きているのなら目を開けてくれ!」
(だれ……?)
聞き覚えのない男性の声かけのおかげで、目を
そしてエアが重い
「おにいさん、だれ?」
「私は機械術師のルエル・エムエ――、いや私のことなんてどうでも良い! キミは自分の名前を言えるか?」
(なまえ? えっと)
「えあ・ぶらうじんぐ」
「そうか、エアというのか! 何歳だ?」
「6、さい」
エアの返答を聞き、白髪の青年は安心したかのように肩の力を抜いた。
対してエアは、何故そんなことを聞くのだろう、と思った。
「良かった、脳に異常は出ていないようだな」
「う、ん?」
(どういうこと?)
エアを置いてきぼりにし、ひとり正面で納得するルエルという名の男。
(あれ?)
エアは視界に映る顔が白く霞んでしまっていることが気になり、左手で目元を擦ろうとする。
だがまるで体は言うことを聞かず、腕はただ震えるだけだった。
(うん?)
今度は上半身を起き上がらせようと腹筋に力を入れる。
刹那、
「いっ、ああっ!?」
全身を針で刺されたような激痛が走った。
あまりのショックに、歯を食いしばり小刻みに呼吸しなければ、意識が持っていかれるほどの衝撃だった。
「動かない方がいい。私は医者ではないが、君が重症なのは分かる」
「あたし、どうなって、ますか?」
痛みに耐えながら必死に言葉を紡ぐ。
思ったよりも傷は酷いのか、舌が上手く回らなかった。
青年は一瞬視線を外すと、眉間に
「左腕と右足の骨は間違いなく折れているな。皮膚の変色具合から察するに、腹部の内臓も損傷している可能性が高い」
「あたし……しんじゃう、の?」
彼の言っていることが理解出来ず、つい自分が欲している情報を尋ねてしまった。
ルエルは柔和な表情を作り口を開く。
たったそれだけで、エアを安心させようとしていることが分かった。
「安心したまえ。このポーションを飲めばすぐに楽になるさ」
言って、白髪は懐から緑色の液体が入った小瓶を取り出し、ぽんっと木製の蓋を開けた。
ポーションは人間が持つ
エア自身は口に含んだ経験が無かったものの、昔大怪我をして動けなくなった友達が、ポーションによってすぐに回復した瞬間を目にしていた。
だからこそ、ルエルが口元に瓶を近付けてきたことにエアは抵抗しなかったわけで。
そして彼の方も、まさか妨害が入るとは考えもしなかった。
が、それは突然巻き起こった。
「警告。
「なっ!?」
第三者の声に、驚きを露わにした機械術師がポーションを持つ手を引く。
(なに? いまの?)
「繰り返します。対象から物体を遠ざけてください」
右手。
エアが握る右手の中から、芯の入った女性の声が響いてきた。
「キミの手の中にあるものはまさか機械か!?」
(ふぇ?)
目を大きく見開いたルエルは、エアの反応を待たずに彼女の右手に触れようとする。
「命令! 本端末に手を触れないで下さい! 救護対象の生命維持が困難になります」
「何? どういうことだ?」
「回答。本端末は生命維持活動が困難となった対象の補助を行っております」
男は機械の返答を聞き息を呑む。
「本端末は救護対象に流れる微弱な電気を利用しているため、密接している必要があります」
(うん、ん? なにいってるか、ちっともわかんない)
しかし青年の方は理解が出来るのか、ぶつぶつと何か呟いていた。
話にまったくついていけないエアは、ただただ鈍い視界の中で白髪の動向を追った。
「分かった、お前には何もしない。だが、ポーションを飲ますなとはどういうことだ?」
傷付いた少女から右手の機械へと目線を移した青年が問う。
「説明。救護対象には
「なんだ、と!?」
今度は深刻な表情を浮かべ、青年はエアの顔を見た。
そして額に汗を浮かべながら一言。
「エア。君に
「え、あ。うん」
思わず小さく
先程よりは少しばかりマシだったものの、それでも思い切り転んだ時のような痛みがした。
「ならばこいつの言う通りだ。このポーションは効かない」
「肯定。救護対象には適切な医療行為を行使することをお勧めします。このままでは対象の生命活動に支障が発生します」
「とは言ってもな……」
言葉を濁らせる青年。
医療の心得があるならば既にやっている、と言わんばかりに。
「提案。本端末を救護対象に密着することが出来れば、更に効果的な生命維持が行えます。都合の良いことに、対象の左目には眼球がありません」
「……何が言いたい?」
「結論。救護対象の左目に、本端末の装着を行うのはどうでしょうか?」
(え?)
会話に置いていかれているエアとは異なり、男は状況を把握した上で言葉を失っていた。
彼の戸惑いは約十数秒ほど続く。
その間、ちらりとルエルの後方に意識を向けると、一緒に転落したはずの魔物がいなくっていることに気付いた。
「仕方ないか」
ルエルが左手を強く握りながら呟いた。
そして彼は、意を決したように小さく息を吐いた。
「エア」
「は、はい」
(なん、だろう?)
穏やかだったルエルの眼光が強くなったことで、胸がキュッとした。
「このままいけば、この機械の補助に関わらずキミは死ぬ」
ド直球に告げられる。
しかしながら、そんなことは自分が一番理解していた。
「よって選択肢は2つだ」
そのままルエルが左手の人差し指を立てる。
「まずはこのまま近くの街まで運び、医者の力を借りる。これならキミは今まで通りの生活を送れるだろう」
魅力的な意見。
だが彼は「しかし」と続けた。
「キミを背負ってとなると、私の足では街まで1日以上掛かってしまうだろう」
(たぶんむり)
今だって意識的に呼吸しているぐらいなのだ。
到底命が保つとは思えなかった。
「それまでキミの体力が持つ可能性は限りなく低い」
(しってた)
「次に第二案」
今度は中指を立ててきた。
「キミの左目にこの機械を埋め込む」
(これもしってた)
「正直言って、機械術師である私でもどうなるかは分からない」
「反論。必ず助けてみせます」
黙っていた機械が急に介入してきた。
意地になるあたり、思いの外人間くさい無機物である。
ルエルは一瞬顔をしかめつつも話を続けた。
「仮に助かったところで、普通の人間のような未来は無い。確実に将来は1つに限定される」
青年が呼吸を挟む。
「さあどうする? どちらを選んだとしても全力を尽くすことを、私はキミに誓おう」
白髪の機械術師は真っ直ぐな視線で告げてきた。
(こたえなんて、きまってる)
分かりやすく説明してくれたが、こんなものは無いも同じだ。
どうせ二つとも不確実なのなら、少しでも可能性の高い方に賭ける。
例え将来が確定するのだとしても。
(あたしはいまを、いきたい!)
「きかいさんをしんじる」
エアは対面する相手と同じく瞳に意志を乗せて応えた。
「そうか」
「もちろん……。きかいじゅつし、さんのことも」
「ふっ。これは期待に応えないとな」
「同意。気合を入れましょう」
機械に喝を入れられたルエルが大きく深呼吸をする。
そして改めて、エアの右手へと手を伸ばした。
「うっつ!? あぁ!?」
手の中の異物が消えたと思った瞬間、悲鳴が零れるほどの激痛がエアを襲った。
数秒前までの苦痛など比較にならない。
死んでしまった方が楽だと思えるぐらい辛かった。
(だめ……。もう、むり……)
「告白。必ず助けますので待っていてください、エア!」
痛みによって意識が闇へと崩れていく中、温かな想いが心が刺激した。
(いき、る。いき、たい)
視界どころか頭の中も漆黒に染まったことで、エアは虚無へと落ちていった。
生への渇望を残して。
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