【三題噺】砂と星とフリクションペン
本日の三題:夜の砂漠、フリクションペン、触る
ジャンル:逆ハーレム
夜の風が、砂の海をなぞるように吹き抜けていく。
夜の砂漠という言葉が、これほど現実味を持つ場所に来たのは、もちろん初めてだった。
私は旅団の荷車に揺られながら、星空を見上げていた。明かりも街もないここでは、空があまりにも近く、息を呑むほど美しい。
だが。
「お嬢様、夜風は肌に悪い。こちらに」
真紅の外套をひらめかせ、ミラージュが膝掛けを差し出してくる。その仕草は相変わらず過保護すぎるけど、従者としては完璧だ。
「気をつけないと、触れた瞬間に熱を取られますから」
そう言って彼は、さらりと私の肩に手をかけた。指先から少し冷えた体温が伝わってくる。
この人は、昔から“触る”という行為に対して、迷いがない。
「俺だったら、そんな遠回しにせず、直接抱き寄せるけどな」
砂の向こうからひょいと現れたのは、褐色肌に金の瞳の戦士、サリム。
「それは警戒されるって、前にも言ったでしょ」
私はため息をつきながら、手帳を取り出した。そして胸ポケットから、お気に入りの筆記具——青い軸のフリクションペンを引き抜く。
魔法も契約も記録も、この一本に収めてきた。旅の記録。誰かの言葉。自分の心。
「まだ書いてるのか。そんなに“記録”って大事か?」
サリムが問うと、隣から別の声が重なる。
「大事だろう。“記録されないもの”は、砂と一緒に風に消える」
今度はカーラ。文官であり、元王族の教養担当。肩にかけた書巻と眼鏡がトレードマークだ。
「でも、フリクションって消せるじゃない。記録なのに、矛盾してる」
「“消せる”から、書けることもあるの」
私の言葉に、三人は黙る。
それぞれの顔に、少しだけ違う意味の理解が浮かんだ。
——風が吹く。
砂を運び、熱を引き、星を揺らす風。
私は、手帳に一行書き足した。
『星が近い夜。砂の温度を伝える手。』
「またポエム書いてる」
「ちがっ……これはその、観察メモ!」
言い訳の途中で、サリムがぐっと私の手首を引いた。
「なら、俺のこともちゃんと観察しろよ」
近い。砂の熱と、香辛料の匂いと、体温の強さが迫る。
「……彼女を困らせないでくれ」
ミラージュが間に割って入る。
「お嬢様は、誰のものでもありません」
「それは、“まだ”だろ?」
男たちの視線がぶつかる。
……またこれか。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!? ここ砂漠だよ? 夜だよ?」
私は叫びながら、フリクションペンを高く掲げた。
「争ったら、書くよ! 全部記録するからね! 恥ずかしいセリフも態度もぜーんぶ!」
その瞬間、ぴたりと動きが止まる。
サリムは頬を掻き、カーラは視線を逸らし、ミラージュは……なぜか嬉しそうだ。
「なら私は、なるべく多く触れさせていただきます」
「その情報量いらない!!」
夜の砂漠に、笑い声が混じる。
星が、今日も遠くで瞬いていた。
私は手帳に、そっと書き足す。
『この旅路、彼らの想いが砂に刻まれませんように。消えるインクでも、私だけは覚えている。』
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