p o l t _ r _ _ i s t
到着 F国交通センターA棟
7
渋滞を引き連れて走行すること、2時間弱。
「三ツ目さん、あの荷物の製造者は死罪に値するよ」
「完全に同意」
ストレスを通り越して悟りの境地に達していたワカバが運転する運送事業用小型トラックは、送り先の交通センターに向かっていた。
正門で待機していた警備員に三ツ目が証明書を見せるとまもなく門は開かれる。難無く敷地内に入ることが許された。
一般道路でも例の不自然かつ理不尽に発生している渋滞に巻き込まれていたが、渋滞の列から外れてセンター内に通された途端、それまでのことが嘘だったかのような静かな風景の中に放り出されていた。
青々とした葉を茂らせた木々が立ち並ぶ道路は完璧に整備されていて、少しの振動も感じることがなかった。それまでの2時間、定期的に嫌がらせのような異音と振動に襲われていたワカバは、むしろ何もないことに恐怖を感じていた。機関の敷地内ということもあって速度制限が設けられていることもあったが、何が起こるか分からない不安がさらに車の速度を落とすように仕向けてくる。
「まずは僕らの荷物だけ届けてこようか」
「そうだね」
敷地内の案内板に従って進むと白塗りの建物が見えてきた。白さが際立つ建物の側面にはAと書かれている。車を走らせていたワカバは横長の箱を伏せたようなシンプルな外観を見上げて「ついたぁ」と喜びの声をあげた。
「わたし仮眠とっていい?三ツ目さんひとりで運べる?」
「駄目」
「鬼だなぁ」
「帰りは運転代わるから。ほら、降りよう」
駐車場に車を停めて降りた三ツ目は、荷物を首尾よく台車に積み替えていく。
その隅で腕を回していたワカバは、あっという間に空に近い状態にされた荷台を覗き込む。安藤から預かった荷物はパーキングエリアで積み込んだ時と同じ状態でぽつんと取り残されていたが、警戒して息を潜めているようにも見えた。
交通センター A棟2階鉄道管理本部
情報課 205-3号室
F国路線管理担当者
「いつもありがとうございます。今回も助かりましたよ。よかった」
ワカバと三ツ目が本部の備品空き部屋へ荷物を運び終えたところで、路線管理担当者という肩書きを持った匙山がまたしても「ああよかった」とお礼を繰り替えしていた。
よほど依頼したことへの責任を感じていたのか、受付窓口から姿を現したときには目が赤く腫れていた。ワカバが荷物を建物に運び込んでいる間も、隙を見つけては背広の上着からハンカチを取り出して目頭をごしごしやっていた。
「いつもお世話になっていますけれどね、毎度のことながら目立ったトラブルもなく配達いただけるので助かってます」
「そんな、光栄ですよふふふ」
仕事途中だというのにあれよあれよと言う間に応接間に通されて、気付けばワカバは労いの言葉と褒め言葉で揉みくちゃにされていた。数時間前までは心を殺してハンドルを握っていたというのにそうは思えない笑顔で、匙山から緑茶やらジュースやらお菓子やらを腕いっぱいになるまで渡されていた。誰がどう見ても子ども扱いされているのは明らかだった。
「実は鉄道事業部で働いている者から連絡がありまして、随分と大変だったそうじゃないですか」
匙山は隣室の給湯室から出てくると、正面のソファに座った。
「ご苦労様でした」
「たいしたことありませんよ」
ワカバが上機嫌に笑って返すと、隣に座っていた三ツ目が疑い深い目で彼女を見下ろした。「調子にのるな」と目に圧をこめていたがワカバは気付かない。
「おかげで先の納期にも余裕を持つことができそうです。実はあの荷物は製造工場からお誘いを受けて始めた連携事業の試作品なので慎重に扱ってもらわないと何が起こるか分かったもんじゃ――いや」
なぜか言葉が濁されたが、キラキラとした眼差しで相づちを打っているワカバは褒められて有頂天になっていた。ほとんど耳に入っていない。一方で会話に入る気がない三ツ目はワカバの両手にできあがった菓子の山に手を伸ばしていた。
「あの試作に興味がありましたら遠慮なく担当の者にお声がけください。事業に参加しているのは調整課といって、F国内の路線状態を調整しているところです。調整課の者にも配達物があることを連絡したのですが」
話している途中で、応接間のドアが小さく叩かれた。匙山が「あら」と言って詫びながら席を立ってドアを開けると、そこには同じ部署の職員と思われる女がいた。匙山、そしてワカバと三ツ目に向かけてきびきびと一礼すると、真剣な面持ちで匙山と言葉を交わしていた。聞き耳と立てるつもりはなかったが、会話は自然とワカバのもとまで聞こえてくる。
「
女の声。
「強風で止めたらいいじゃないか。いつも通りに」
匙山が踵を返しながら告げると、女は縋り付くような勢いで「それが今回は難しいと言われました」と続ける。
「時間がかかるとのことでたしかに目標車両の発車のほうが早いです。東ノ側職員からはこの情報課で時間調整だけでもお願いしたいそうです」
「惜しいな。ちょうど例の試作が届いたから実地テストができたというのに」
「そ、そうでしたか。ですが今は緊急です。別の手立てはありませんか」
「路線の爆破です!」
突然、廊下から現れた職員が女の背後で声を上げる。
「爆破しましょう!すぐにできますよ。いつでも準備整ってますから。このキーを押したら吹き飛ばせますよ」
掲げたノートパソコンを振り乱している。
「あそこに敷かれた線路が消滅することで大分理想的な景観に近づきます」
「誰の理想だね」
「わたしです」
別の職員が現れる。
その背後からさらに別の職員が現れると口々に、「あの路線が消えると
匙山は面倒臭そうな顔で職員らを片手で制す。そして「猫を送れ」と静かに言った。
「猫だ。それも見かけたら写真を撮らざるを得ないような、絶対に無視できないほど可愛らしい猫を駅構内に送り込んで列車の発車時刻を遅らせよう。線路内に追い込んだあとは、必ず目撃者が非常停止ボタンを押すようにする。必要時間分遅延でき次第現地スタッフは即時撤収。猫の回収も忘れないように」
「今回も猫ですか」
「今回も猫だ」
「すぐに手配します。とりあえず不要な事故も死傷者も出さずに済みそうですね」
「ああ。それに誰も猫を責めないだろう。なんてったって人間は猫が好きだからな」
「奴ら、猫の動画とか画像とか見つけた途端はしゃぎ散らしますからね」
理解できないという風に眉をひそめた女は周囲の職員と揃って一礼する。そして「猫を用意だ」と指示を飛ばしながら退出した。
ワカバは職員らが向かっていった方向へ身を乗り出す。これから行く部署のことを思い出していた。外からの光が入り込んで透き通るように明るい廊下には、すでに誰の姿も見当たらない。
忙しない現場へ荷物を届けることになりそうだが、調整課は大丈夫だろうか。肩に落ちてきた髪を耳に掛け直しながら気を紛らわす。
隣でバウムクーヘンをむさぼっていた三ツ目は口を動かしたまま「忙しそうですね」と乾いた口調で、部屋に戻ってきた匙山に声をかけていた。
「ええ、仕事柄、F国の平日にあたる日はバタバタさせられますね」
匙山は大げさに肩をすくめると、テーブルに置かれた伝票を手に取った。
「最近はこの手の注文が増えましたから余計に」
ついでに上着の内ポケットから別のハンカチを取り出してまたしても涙を拭っている。生地には銀のスプーンがパターンとなってプリントされていた。ド派手。
「今では電車一本で大勢の運命を変えることができます。神々とって遅延は使い勝手がいいのでしょうね」
「はあ。神の権威も安くなりましたね」
三ツ目の毒のある一言に匙山は軽く声をもらして笑っていた。匙山の言う通り、今はクリックひとつで運命を調整する時代にある。
やり取りを聞いていたワカバは何も言わずに、固く口を結んで窓の外に目をやった。窓の形に切り取られた空は、F国をはじめとした世界で「そらいろ」と称された通りの色を正確に表している。だが、この場所から見る限り、理不尽や混沌を知らない無知な青さを見せつけられているようだった。
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