空気清浄機が異世界召喚されたら、世の中から天災が消えちゃいました。

ぐにゃぐにゃ

一章、清浄の聖女

第1話 なんか部屋の隅にあって白いやつ

 仕事では、私はいつも一人だった。オフィスの一室、その隅でひっそりとその身を置くだけの木偶でくの坊だった。はっきり言うと、役に立っているのかどうかさえわからない。


 このまま、何も為せずに一生を終えていくのかな~。

 ……む? 深夜の筈なのに、なんか光が……。うわ! なんか来る! 来た! うお、まぶしっ!


 ぬお~……。別に目は痛くないけど、びっくりした。何だったんだろ?


 あれ? なんか明るいし、風がすごい。そして、花粉がすごい。まっ黄っ黄すぎて遠くが見えない。空もまっ黄っ黄だ。


 ここ……いつものオフィスじゃないな? どこなの? っていうか私もしかして……されちゃった?


「ごほっ……! 今ここに現れまするは、我々をお救いくださる転移者様──!」


 そんな声と共に、めちゃくちゃ大勢の人がこっちを見てくる。なんだ~? 私がそんなに珍しいか?


はこ?」

「白い、はこ……?」

「何故そこではこッ……!?」


 驚愕のご感想をいただいた。はこで悪かったね!? とにかく、私は場違いだったみたい。なんじゃい。私の事ぱちっておいて、挙句、邪険に扱って。プラスチックハートが傷ついたんだけど!


 はあ~……。だる。……んお? 誰かこっちに来るね。ぶかぶかでひらひらした服の女の子が、おっかなびっくりした様子で私をのぞき込む。


「えーと……何か刻印がされてる? 運転、停止。加湿、風量……いったい、なんなんでしょう」


 あなた、海外の人っぽいけど日本語読めちゃうんだ。


「エレティナさま、なにかわかりますか?」「いえ……」問いに、目の前の女の子は困惑した声音で応じた。ほうほう。この子の名前はエレティナちゃんって言うんだね。


 そして彼女はしゃがんで、私の見守り用カメラをまじまじと見た。へへん。いーでしょ。これで外出中にペットとかの様子を見れるようにって搭載されてるんだ。


 そんでもって、エレティナちゃんの顔もよく見えた。ぱっちりおめめで、明るく優しい顔立ちで、まさにザ・可憐な少女って感じ! 酸いも甘いもかみ分けてない無垢な子っぽくて、ずるいタイプの可愛さだな~。


「後ろにもなにか書いてあります。VBMG-X60Z7……」


 それ、私の製造番号っすね。多分後ろに貼ってあるシールを読んでるね。これ。 


「空気清浄機……?」


 はい。呼びました? 何を隠そう私は空気清浄機! じゃっじゃーん! ぶいぶい! いや~テンション上がっちゃうな。名前を呼ばれるとやっぱうれしいよね。


 けど、なんかご立腹な人もいるみたいで。その中の一人が、苛立ちを足取りに乗せて、ずかずかと歩いてくる。

 そして「なんなのだそれは!」とエレティナちゃんの胸ぐらをつかんでひっぱった。


「異界より転移者様が現れて、我らを救ってくださるのではなかったのか!」


「わ、わたしにもわからないのです! こんなことは前例になくて……」


「わからないとはなんだ! 貴様が召喚したことだろう!」


 うわ。やめてよね。どうやら私はお呼ばれではなかったかもだけど、だからって女の子に当たる? さいてー。せめて私に当たってよ。


「この砂塵が如き花粉の嵐は、我々の目を蝕み、呼吸さえも殺し、挙句の果てには、我々の村でさえ埋もれさせようとしている!」


「お気持ちはわかります。だからこそ我々教会は、秘法によってこの状況を解決できる転移者様を──」


「こんながらくたに命運を託せと!? 司祭殿は、我々を舐め腐っているのか!? 高い寄進を出させて、このような結果で……!」


 あ……。なんか切羽詰まった状況っぽい。整理すると、村は花粉だらけで大変なことになってて、その問題を解決するためにエレティナちゃんは司祭として派遣されてきた。たぶん。彼女の服、なんか他の人とは違うし。


 そして教会の秘法とやらで転移者様っていうのを呼んで、なんとかしようとしたんだけど……。出てきたのは空気清浄機よくわからんへんなのだったってことね。


「見ろ! この有様を!」


 ものすごい顔して男の人が言う。彼の見た先では、大勢の人が首元に手を当てて苦しんでいた。


「げほっ、ごほっ、はっ……くしゅん! か、は……息が、苦しい……! うっ……!」


 その中の一人の女性が、涙と鼻水まみれになりながら倒れこむ。花粉症だ……。めちゃくちゃ苦しそう。


 その女性に「っ! お母さん!」と、少女が駆け寄る。


 話を聞いてる限り、この空気を黄色にしちゃうほどの花粉をなんとかするために、私は呼ばれたんだよね。


 でも、私にはこんな大量の花粉をなんとかするなんて、できないよ……。職場の隅っこで稼働してただけの、なんの変哲もない空気清浄機だよ。職場の人間たちにしょっちゅう馬鹿にされてたもん。


『聞いた? 空気清浄機導入したって』

『こんなことに金使うなら、給料上げろよな』

『どうせなら、職場の雰囲気を良くしてほしかったぜ』


 私なんて。結局どこからも、誰からも求められてないんだ。そうやって一生同じ景色を見ながら、ひとりぼっちになってただけ。


「どうして、世界はこんなに残酷なの……!」


 でも、みんな泣いてる。傷ついてる。息が出来なくて、空気に困ってる。


 そして私は空気清浄機。その名の通り、空気をきれいにするために生まれてきた。


 だったら……! 動け。電気はないけど動け私っ! 空気で困っている人を助けられないのなら、何のために私は生まれてきたんだ! 役立たずのままで邪険にされて、馬鹿にされてたまるか!


 私は、空気をきれいにするために生まれてきたんだあああっ!


 ばちばちっ。私の中で電流が駆け巡った。もしや、電源が入った!? きたきたきたきたーっ! 運転、開始ぃっ! ぶおおおおっ!


 お? お? 私の吸い込み口おしりがめっちゃ空気吸い込んでる! 吸い込みすぎて、軽く突風引き起こしちゃってるよ!


「何の風なのだこれは!?」

はこが動いて……! この方は、やはり転移者様……!」


 こうなったら、やれるだけやったるもんね! 人を苦しめる花粉なんて、みんなまとめて清浄じゃーいっ!


 うおおお! 私の吹き出し口おくちから繰り出されるきれいな空気を食らっちゃえ! イオン入りだよっ!


 ぼふんっ! 私の吐き出したブレスが、天すらも穿っちゃう。花粉の真っ黄色はまとめて吹き飛ばされて、青空が波紋のように広がってお目見えした。


 目の前の景色が、徐々に色を取り戻していく。色とりどりの草花。石造りの古風な家々。そして、人々の顔色も。


「花粉が、消えた……!?」

「空が、見える……!」

「あ、ああ……! 転移者様が、救ってくれた……!」

「もう花粉に苦しまなくてもいいんだ!」


 うおーっ、と大歓声が響いた。

 私、みんなの役に立てたのかな? ちょっと低めのテンションでみんなを眺めていると、エレティナちゃんがひしっと抱きついてきた! うおっ!?


「空気の清浄って、こういうことだったんですね! やりました! やったんですね! 転移者様! ありがとうございます!」


 いや絶対違うよ!? 空気の清浄って! でも……なんかこういうの、はじめてだな。褒められるって、されたことない。だって機械はやって当たり前だから。なんか涙出てきそう。そんな機能ないけど。


 でもこうやって、誰かに必要とされるなら……なんかやる気出てきたかも! これからもみんなのこと、助けてみたいな! そんでそんで! いっぱい褒められちゃうんだ!


 そんな、るんるんな私の横で、エレティナちゃんは何か決心した顔で言ってきた。


「まさに現人神ならぬ現物神あらものがみ! 私、決めました!」


 いったい何を決めたの?


「まだまだこの世の中には、空気に困っている方々がたくさんいらっしゃいます。どうか貴方様のお力で、救っていただきたいのです! そのための旅を、私と一緒にしていただけませんか?」


 いいね~それ! ずーっとオフィスで同じ景色見てるだけだったし! 同意の証として、湿度の表示を十四いーよーパーにして、モニターランプを青くして、ちかちかっと点灯させる。伝わるか心配だったけど、彼女はぱあっと顔を明るくしてくれた。よかった~! 意思疎通大成功!


「ありがとうございます! 空気清浄機さま……だと、ちょっと言いにくいかも……」


 確かに。じゃーいっちょ良い名前考えてよ!


「せいじょう……セイジョーさま! どう、でしょうか……?」


 いえーい! 今日から私はセイジョーちゃん! またまたモニターランプを青くさせちゃうもんね!


「ふふっ。気に入っていただけたようでなによりです! セイジョーさま! では、参りましょう!」


 こうして、私とエレティナちゃんの旅が始まったのだった! なんちゃってね!

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