第1話 噂の恋文代筆人 ⑪
「面白い、表現?」
「ご令嬢が文面で、部屋の窓から見える風景について触れられているのですが、それが少々珍しかったのです」
ユーディが手を挙げると、リュナが王国の地図を持ってくる。
「日の出の美しい海岸沿いに咲き誇る藤色の花畑と朝日の中を群れで飛ぶ深紅の羽を持つ鳥たち。……あまり見聞きしたことのない組み合わせだったので、少々調べてみたのです。すると、これに該当する場所はミラージュ地方の海岸沿いだけであることが分かりました」
「!」
「流石は貴族様。さぞ素敵な別荘をお持ちなのでしょう。庶民としては羨ましいかぎりです」
それを聞いた瞬間、ヴィンセントはソファーから立ち上がり仕事机に駆け寄ると、ユーディから恋文を受け取る。
問題の箇所を確認し、それが事実だと理解した途端、微笑む恋文代筆人を凝視する。
数多の考えがヴィンセントの頭の中を駆け巡った。
だがそれ以上に、込み上げてくる感情を抑えることができなかった。
「改めて名を聞きたい」
たまたま仕事を依頼した相手としてではなく、ひとりの女性として彼女に尋ねる。
「ユーディとだけ覚えていただければ」
だからこそ、自らも名乗りを上げる。
「ヴィンセント・オウル・ロウワードだ」
その名を聞いた途端、傍に立っていた少年リュナが「びくり」と反応したが分かった。
だがユーディは、「まあ」と少し驚いて見せたといった余裕ある態度で微笑み返してくる。
「かしこまりました、黒公爵様」
自分が誰なのか知ってなお恐れを感じさせない太々しい態度が余計に気に入った。
だからこそ、返してもらった恋文を掲げ、こう告げる。
「この礼は必ずさせてもらう」
ヴィンセントは恋文代筆人の部屋を後にした。
***
礼儀として、ヴィンセントをアパートメントの前まで見送った助手のリュナが戻ってくると、眼鏡を掛けたユーディが呆けていた。
「先生、依頼人がお帰りになられましたよ」
「……リュナ。聞いてもいいかしら?」
「? なんでしょうか?」
「私の聞き間違いじゃないわよね? もしかしなくても、女心の分からない黒い狼ちゃん、というのは噂の黒公爵だったということよね?」
「何を言っているんですか、さっき自分でもそうおっしゃっていたじゃないですか」
するとユーディはカタカタと震え出し、その顔はどんどんと真っ青になっていく。
「……どうしよう、リュナ。これってとってもマズいよね?」
涙目になっている眼鏡姿ユーディを目の当たりにし、リュナは呆れたため息を吐く。
「さっきまでの威勢はどこにいったんですか?」
「仕事モードだったからに決まっているでしょ! 内心では思いっきり悲鳴を上げていたわよ! だって黒公爵といったら、このグラダリス王国一の極悪人じゃない!」
――グラダリス王国には、王家に忠義する4つの公爵家がある。
アクト家、ブルーム家、クレセント家、ユエ家。
だが実際には、王族に次ぐ血統たる公爵家は5つ存在する。
その最後の公爵家こそがロウワード家である。
王国内に広い領地を持つ四公爵家と違い、不義理の誹りを受けるロウワード家は狭い領地しか与えられていない。
にも拘わらず、ロウワード家はグラダリス王国において、王族に次いで強い影響力を持つとされている。
その原因は、ロウワード家の生業にある。
グラダリス王国の建国以来、その地位にあるロウワード家には黒い噂が絶えない。
表向きは伝統ある公爵家。しかしその実態は、王国の裏社会を牛耳るマフィアの元締めなのである。
故に代々ロウワード家の当主となった者は《黒公爵》の渾名で呼ばれている。
そして現在、若くしてその地位に就いた人物こそヴィンセント・オウル・ロウワード。
ロウワード公爵家の歴史において、もっとも非道で残虐な黒公爵と噂される、美しき麗人である。
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