第50話 シウとの時間

咲彩さあや。ご飯持って来たぞ。どうだ今日の調子は。元気にしてるのか」


 扉の前でパパの声がする。……ごめんね、パパ。別にパパのことは嫌いじゃないのに、むしろ持って来てくれて、気にかけてくれて、感謝しなきゃなのに、今日はちょっと残念だなって思う。


 シウに……来て欲しかった。


 昨日は土曜日なのにシウはゲームにログインして来なくて、ご飯を持って来てくれたのもパパで、夜になったら来るかなってずっと待ってたけど、シウは現れなかった。


 そして今日、さすがに日曜日だし昼間に来るかなって期待してたのに……現れなくて。

 

 今までなら、土日の昼間どちらもシウが来ないなんてこと、テスト期間ですらなかったのに……。


 これって、引っ越したからだよね。……誰と……何してるんだろう。


 同じ家になったはずなのに、むしろ部屋は隣のはずなのに、すごく、遠くなった気がする。


咲彩さあや、少しくらいは……勉強も、した方がいいぞ? 家庭教師とかならどうだ? それとも外に出て散歩とか。どうだ、次の休み、父さん咲彩さあやのためなら休み取るぞ?」


 ああ、もう、そういうこと……言わないで欲しいな。プレッシャーに、心が苦しくなる。分かってるんだよ。私のために言ってくれてるって。私だって、そうした方がいいって、分かってるんだよ。


 でも……焦れば焦るほど、苦しくなって、押しつぶされそうになるの。いつかはって思ってるけれど。いつかはそうしたいって思っているけれど……。今はまだ、苦しい。この気持ち、きっとこうなった人じゃないと分からないんだろうなぁ……。


 ああ、でも、シウがご飯持って来てくれた時は、なんかほっとしたなぁ。


 シウは……修吾さんは、私を気遣って、私に向けての言葉をかけてくれたけれど、それ以上のことは言わなくて。不安を煽ることも、パーソナルスペースを脅かしてくることもなくて、決して部屋にこもっていることを否定しなかった。


 だからこそ、後ろ姿が見たくなって扉を開けたのだけど、かっこよかったな。思えば誰かがご飯を持って来てくれてすぐに扉を開けたのは、部屋にこもるようになってからは初めてだったかもしれない。


 ゲームの中のシウだけでも、唯一私が話せる相手でほっとできる相手なのに。リアルのシウまでもがほっとさせてくれる存在だなんて。


 もっと、仲良くなりたい。もっと、修吾さんのことが知りたい。そう思うのに。


 一向に姿を現さないシウに不安になってしまう。


 やっぱり、リアルが忙しくなっちゃったのかな。あんな美女たちに囲まれて、普通の男の人だったら舞い上がっちゃうよね!?



 そう思った時、シウのログイン通知が届いた。


「シウ―!! よかった。今日も来ないのかと思っちゃった」


『ああ、悪い。なんかちょっと立て込んでたんだよ』


 いつものシウの声に嬉しくなる。それと同時に、不安になってしまう。シウは……何してたんだろう。


「立て込んでたって? やっぱり環境変わって大変?」


『いや、それが……聞いてくれよ』


 そうして聞いた内容は、想像以上だった。


 新凪にいなに、抱きつかせてって言われた!?

 しかもその後のお出掛け、実質的にデートじゃん!!


 さらに椎香しいかと、一緒に寝た!?

 そして苺花いちはとも、一緒に寝てた!?


 それだけでもショックなのに、私の知らない幼馴染まで現れて、部屋まで行った上に次回デートの約束までしたなんて。


 ウソでしょ。そんなの……私の入る隙がないじゃん。

 実際、今までのシウなら空いてる時間は全部私とゲームしてたのに、全然来なくなったし。


 けれど私は変な意地を張って、茶化すように言ったんだ。


「うわー。ちょっと一緒に遊んでいない間に、シウがハーレムものの主人公になってる……」


 その時、心のどこかではそれを否定して欲しいなって思ってたんだ。そんなんじゃないよって。なのに。


『ちょ、やめてくれよ。俺は別にそんなのを望んでるわけじゃなくて。ただ、新しい家族と平和に暮らしたいなって思っているだけで……』


 シウは一切否定しなかった。それがなんか……ショック過ぎて。


「へぇー? 幼馴染とデートするのに?」


 私はすごく可愛くない言い方をしてしまった。

 それはたぶん、嫉妬してしまったから。


『それはまぁ、そうなんだけど。幼馴染とのデートは、ただの体験の場って感じで。俺はまだ付き合おうとかそういうことは思ってはな……』


 なのに、シウが『まだ』なんて言葉を使うから、妙に心に突き刺さってしまった。まだってことは、『いつかは、付き合いたい』そう思ってるってことじゃないの!?


 そう思うとつい、話を遮って棘のある言い方をしてしまった。


「まだ、なんだ。じゃあ、いずれは付き合うかもしれないんだ。そしたら僕の相手なんてする暇なくなっちゃって、どうでもよくなっちゃうんだ」


『え、ちょ、ちょっと待てよ、サクア。どうしたんだよ。今日はやけに突っかかってくるじゃん……』


 けれどシウの言葉にハッとした。


「……ごめん。シウがどっか行っちゃうのかなーって思うと、寂しくなった」


 心の中が、不安でいっぱいになっていたんだ。私にはシウしかいないのに、シウにはリアルの世界が広がっていて、そこには……可愛い女の子ばかりがいるんだ。


 ものすごく、自分が無力でちっぽけに思えた。そんな時、またシウは私を救う言葉を言ってくれたんだ。


『いや、待てよ、サクア。こないだも言ったけど、俺にとってはサクアとのこの時間は大切な時間なんだよ。誰と会話する時よりも、サクアと話している時が一番フラットな自分でいられるんだ』


 それがたまらなく嬉しくて。この人を……離したくなくて。


「……そっか。それならよかった。あ、そうだ、シウー。今日はストーリー進めない? 新しく作った武器も試したいし、さ」


 私は出来るだけ気持ちを立て直して言ったんだ。――私には、ゲームしかないから。私との時間を、シウにも楽しいものにして欲しいから。


 そしたらシウは、明るい声で答えてくれた。


『おう! そうだな!! じゃあ、今日はそうしようぜ!』


 だから私も、出来るだけ明るく答えたんだ。


「うん!!」


――神様。シウとのこの時間が……ずっと続きますように。



――――――――――――――――――――――


今日でやっと50話を迎える事が出来ました!

ありがとうございます。


これからも、他の作品ともどもよろしくお願いいたします。

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